今からそっちに行くね
十一月二十日、金曜日。月学の二年生を対象とした進路調査が始まった。
俺は夏休み明けぐらいに医者になるみたいなことをほざいていたが、俺がその夢を抱く一因となったワキアの病気は完治してしまい、俺がそんな途方もない夢を目指す必要は無くなった。そんな過酷な道を歩みたくないし、多分人の血を見ただけで俺は結構精神がやられてしまうだろう。
烏夜朧は文系選択だが理系科目の成績も悪くない。おそらくは文系学部の方が女の子が多いだろうという下心ありきの選択だったのだろうが、一応第一希望は望さんの母校でもある竹取大学にしておいた。俺も文系の学部のほうが馴染みがあるし、大学生になった世界線の朧も文学部や経済学部で女の子とイチャイチャしていただろう、きっと。
ぶっちゃけ俺は来年を迎えられるかもわからないからあまり将来のことなんて考えられないが……でもいくらお調子者の烏夜朧といえど、多分俺が転生してなくてもなんだかんだ真っ当な人生を送ってそうだ。
「兄さんの将来ってナンパ師とかじゃないの?」
帰り道、シャルロワ家の車に送られながら俺は隣に座る夢那にそんなことを言われていた。前にも言われたな、こんなの。
「夢那は実の兄がそれでいいのかい?」
「ちなみに中の人的にはどうなの?」
「僕を着ぐるみみたいに言うんじゃない」
俺って前世で何してたんだろ。多分エロゲを普通に遊んでるんだから成人していたはずだが、やっぱり自分が何をしていたか思い出せない。やっぱり異世界転生モノみたくトラックに轢かれて死んだのかな。せめて最期ぐらいはトラックに轢かれそうになっている子どもや子犬なんかを庇って箔をつけたいものだ。
そして夜には家にテミスさんとミールさんが再びやって来て、約一ヶ月後に迫る俺の死に向けた対策会議が開かれ、当日である十二月二十四日の流れについて三人に説明した。
十二月二十四日、シャルロワ家、いやローラ会長主催のクリスマスパーティーが葉室市内のホテルで開催される。このパーティーには主催であるローラ会長だけでなくロザリア先輩、クロエ先輩、メルシナといったシャルロワ家の面々だけでなく、オライオン先輩や碇先輩、銀脇先輩に一番先輩など、第三部に登場する主要なキャラ達が勢揃いするのだ。
そしてシャルロワ家の当主であるローラ会長が壇上に立って挨拶をするのだが、突然一番先輩を壇上に呼び出して、そして皆に言うのだ──。
『私、エレオノラ・シャルロワは彼、明星一番とお付き合いしております』
お見合いを断る材料でしかなかった一番先輩との交際を発表する。そして──。
『もし私以上に彼のことを愛している自信があるという方がいれば、私は喜んでその勝負を受けて立ちましょう』
と、一番先輩を狙うヒロイン達へ宣戦布告するのである。
この宣戦布告が大きな分岐点になるかと思いきや、このクリスマスパーティーのイベントはこれで終わりではないのだ。
パーティーが終わって会場の外へ出た際に、ローラ会長達を狙ったと思しき暴走車が突っ込んでくるのだ。ローラ会長達は何とか逃げおおせたが、逃げ遅れたメルシナをその場に居合わせた朧が庇い、メルシナは助かるが朧は息絶えてしまう。
悲しいことにこのイベントは朧が死んだかどうかが重要なのではなく、ローラ会長達の命を狙う勢力の存在が重要なのだ。正解を言うならば彼らはネブラ人の過激派で、そして八年前のビッグバン事件の真相について少しずつ明らかになるのだが……第三部では何となくヒントが出てくるだけで、全てが解決するのはトゥルーエンドの世界線のみだ。
そして今、トゥルーエンドへ辿り着くのはほぼ不可能な状況にある。
「物騒な話ね」
俺の説明が終わると、テミスさんは溜息をついてから言った。ネブラ人の過激派についてはテミスさん達も知っているが、気がかりなのはこの世界だと原作よりも活動が活発化していることだ。
俺と夢那の前には、いかにも魔女っぽい格好のテミスさんとミールさんが座っているが、やっぱりこの光景は異様だ。
「シャルロワ家のパーティーかぁ……そうなるとそのメルシナって子は絶対呼ばれることになるだろうから、事故に遭わなさそうな場所に逃げることぐらいしか出来ないっぽいね」
「それが最善策かもしれないけれど、どうしても彼を殺したい人間がいたらどうする? 別の手段でボロー君を始末しに来るかもしれないわ」
烏夜朧の死が絶対に必要だなんて考えたくないが、ネブスペ2というエロゲのシナリオがそういった強制力を持っていたなら、十二月二十四日のパーティーで事故を回避しても別の方法で死んでしまうかもしれない。
まず、このシャルロワ家主催のクリスマスパーティーを中止にすることは出来ない。ローラ会長の恋人といえど俺にそんな権限はないし、妨害すると余計に面倒くさいことになる。
そしてシャルロワ家の一族であるメルシナはそのパーティーに絶対に呼ばれることになる。これをどうにか妨害するとしたらそれこそ薬を盛ることぐらいしかないが、これもまたリスクがヤバい。
対策を打つならば、メルシナをパーティー当日に事故現場から遠ざけること。車が突っ込んでくるのは会場の外だから、ほとぼりが冷めるまで中に引き留めておけばメルシナは事故に遭わずに済むかもしれない。他の誰かが事故に遭う可能性もあるが。
あるいは、ネブラ人の過激派がパーティーを襲撃する危険性を予めローラ会長に伝えておくか。でもローラ会長は俺達の周囲にもシャルロワ家の私兵部隊を護衛として配置しているらしいし、十分警戒しているはずだ。まぁいくら警備してたって抜け穴はいくらでもあるかもしれないが、俺がわざわざ伝えてもしょうがないだろう。
後はかなり運任せな手段だが、俺が第三部主人公である一番先輩の代わりにローラ会長の恋人となったことで、バタフライエフェクトでこの後の展開が変わることを祈るしかない。余計に事態が悪化する可能性もなくはないのだが、希望はそれぐらいしかない。
「テミスさんって前に兄さんにお守りの人形をくれましたよね? またあんな感じのお守りはないんですか?」
一度目はカペラのバッドエンドを迎えそうになった時、そして二度目はベガと一緒にネブラ人の過激派に襲われた時。何か変なものが憑依したと思しき日本人形はラッキーアイテムというより完全に見た目は呪いのアイテムだったが、あれが俺の命を助けてくれたのは事実。
しかし、夢那の問いに対してテミスさんは首を横に振った。
「難しいわね。あれはそう簡単に手に入る代物ではないのよ。ね、ミールちゃん」
そう言ってテミスさんがミールさんの方を向くと、ミールさんは手に持っていたとんがり帽子をつまみながら言う。
「いやーあれは上手く出来るかどうかは私の気分次第みたいなところあるからね」
「え、あの人形ってミールさんが作ってらしたんですか?」
「そだよ~。ウチも一体どんなのが人形に憑依してんのかはわかんないけど、マジナエポヨの時は魔界から悪魔を召喚しそうになったから怖くて出来ないんだよねー」
あれミールさんが作ってたのか。確かに霊能力者ってそういうの作れそう……いや作れるのか知らんけど。ていうか一歩間違えたら悪魔とか召喚できるんだ。こんな人を野放しにしちゃダメだろ。
「あ、でもミールちゃんのその技術を活かせば、ボロー君に取り憑いてるかもしれない生霊を人形に憑依させることも出来るんじゃないかしら?」
「お、やってみる? ワンチャン生霊の魂が冥界を彷徨って、生霊を出した本人が植物状態になるかもしれないけど良い?」
「いやリスクがでかすぎませんか」
「やっぱそういうのには代償も必要って諭吉の兄貴も言ってたでしょ」
「絶対言ってないですよ」
テミスさんとミールさんがこうして善意で俺に協力してくれてるだけでありがたいから、あまり無理は言えない。本当なら相談料とか色々かかるはずなのに、忙しい合間を縫って今日も俺に迫りくる運命を回避するための対策を考えてくれているのだ。
結局俺が助かるはっきりとした方法は見つけ出せないが、俺の状況を理解してくれている人達がいてくれるだけで心強い。
「さて……後一つ解決しておきたいのは、ボロー君の『中の人』のことについてね」
話が一段落しそろそろお開きかと思いきや、テミスさんがそう口にした。
「あ、僕のことですか?」
「背中にチャックとかあんの? 開けていい?」
「こら、ミールちゃん。ボロー君はこのゲームの世界に転生してきたことは覚えているけど、前世の記憶を殆ど失っているのよね、彼が嗜んだという大人のゲームのこと以外は。
もしかしたら彼以外に別の世界からここへ転生してきたかもしれない子がいると考えると、その子の協力も得たいところなのよ」
俺が前世の記憶を取り戻すよりも前のこと、烏夜朧は乙女や夢那に微かに思い出した前世で出会ったとある女の子について話し、そして乙女は彼女と出会った可能性がある。もしそれが乙女の勘違いだったならそこで話は終わりだが、俺ももう少し詳細に前世のことを思い出したい。自分がどんな人生を歩み、どうしてこんな世界に転生してきたのかわからないからだ。
「さて、というわけでミールちゃんのショータイムが始まるわ」
「よろぴく~」
「あ、お願いします」
「ウチは一応霊能力者って名乗ってるけど、ウチ自身は霊能力っていうオカルトみたいな力は信じてないし~ウチ自身にもそんな力は無いと思ってるから~何か感じてもぶっちゃけ気のせいだと思うんだよねー」
いや何らかの魂を憑依させた日本人形を作ってる時点で絶対何らかの能力は持ってるだろこの人。こんな現実主義な霊能力者がいるかよ。
しかしミールさんは見たこともない文字と魔法陣のような図形が描かれた紙をリビングテーブルの上に広げると、その上に数本のロウソクを立てて火を付け、そして電気を消した。
何だかテミスさんの占いより雰囲気がそれっぽい。ミールさんの格好はまんま魔女だけど。
「ぶっちゃけ霊と交信する方法はいくらでもあるけど~やっぱ手っ取り早く直接話せた方がこっちもハッピーじゃん?」
「いや怖いですけど」
「だから今回はちょっと電話を繋いでみるねー」
……。
……え、電話? 電話を繋ぐって言った今?
するとミールさんは一見すると普通のスマートフォンを取り出し画面を操作すると、そのままスマホを耳に当てた。
「あ、もしもしー? うんうん、ウチだよー。うんそうそう、この前の合コンマジウケたよねー。だって相手が全員女装男子だったもんねー」
何その合コン、そっちの方がメチャクチャ気になるんだけど何があったの? 男性主人公が女装しているというのはエロゲあるあるの一つかもしれないが、じゃあ逆に女の子側は男装してる合コン? 参加はしたくないけどちょっと見てみたい。
「んでさー、また呼びたい子いるんだけオッケー? マジ助かるー、んじゃ今電話変わるよ。
はい」
「いや、それ合コンのお電話では?」
「ううん、今霊界と繋がってるよ」
「霊界と繋がってるんですか!?」
ミールさんは霊界と通信してたの!? 完全に合コンの打ち合わせしてなかった!? 霊界と電話が繋がっているだなんて信じられないが、俺は恐る恐るミールさんから電話を受け取り、耳に当てた。
だが聞こえてくるのはザーッという雑音だけで、かなり電波が悪いように聞こえた。ついさっきまでミールさんは普通に誰かと会話していたようだが……テミスさんや夢那が固唾をのんで見守る中黙って聞いていると、雑音の向こうから誰かの声が聞こえてきた。
『………だ…………れ…………』
電話の向こうから、微かに女の子の声が聞こえる。
『そこ……に……いる……だね……』
「え? 僕が? 君は誰?」
『今からそっちに行くね』
そしてプツッと電話は一方的に切られてしまった。
……え?
「どうだった?」
「あの、何か砂嵐みたいな雑音が聞こえてたんですけど、微かに女の子の声が聞こえてきたんです」
「うんうん」
「あまりはっきりと言葉は聞き取れなかったんですけど、最後だけはっきり聞こえたんです。今からそっちに行くね、って」
最初の方は電波が悪かったのか雑音ばっかりだったのに、最後だけ雑音も混ざらずにはっきりと鮮明な声で聞こえてきたのだ。
今からそっちに行くね──この言葉の意味をそのまま受け止めて良いのかわからず俺はミールさんに聞いてみたのだが、俺からスマホを受け取ったミールさんは見るからに冷や汗をダラダラと流しながら言った。
「ま、まぁあまり気にしなくても良いと思うよ。ほ、ほら、やややっぱりこういうのって所詮オカルトだもんね、ウチの霊能力なんて出鱈目だから、何か変なこと言われなくてもぜぜぜ全然気にしなくていいよ」
いや明らかに動揺してるじゃん。え、やっぱりこれ何か不味いの? 何か今からこっちに来るとか言われたしすんごい寒気に襲われてるんだけど。
俺に襲いかかる状況を察した夢那も怯えた表情をしていたが、テミスさんは冷静な表情で口を開く。
「ボロー君に霊界からお迎えが来るのかしら?」
「わわわわかんないけど、近い内に来るかもしんないね」
「それは兄さんの元にお化けがお迎えが来るってことですか?」
「う、ウチもこういうパターン初めてだからわかんない。もし君にお迎えが来たらマジアガメムノンしとくから」
「アガメムノンってどういうことですか」
余程俺が不味い状況に置かれているのかミールさんはかなり動揺していて、家の中に色々と御札を貼ってからテミスさんと一緒に帰っていった。
やっぱり俺の前世ってそんなにヤバいの?
「……ねぇ夢那」
「兄さん、言いたいことはわかるよ。ボクはお化け屋敷はそこまで怖くないけど、流石に本物は無理かも。だから一緒には寝れないよボクは……」
別に一緒に寝てくれとまでは頼むつもりはなかったが、今日の夜は怖くてとても眠れそうになかった。
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