……わ、わぁ。
十一月十五日、日曜日。
今日はいよいよ待ちに待った修学旅行の出発日だ。予定では新幹線で京都に到着して市内を散策している頃──俺は京都ではなく、自分の部屋のベッドで横になっていた。
「ぶぁっくしょい!」
熱を測ってみると三十九度。うーん、見事に風邪を引いちゃったぜ☆
……うん、風邪引いたわ、俺。
「だ、大丈夫兄さん?」
「あぁうん、少しはマシになったよ」
出発が早朝のため早起きしたのだが、信じられないぐらいの倦怠感や寒気に襲われて熱を測ってみるとかなりの高熱で、一先ず学校にもう修学旅行は無理ですと連絡を入れてから病院へと向かった。
まぁ原因はわかりきっている。どこからか風邪をもらった覚えがあるかとお医者さんに聞かれて、恋人と雨空の下で傘も差さずに踊ってましたと答えたら、「青春を楽しむのもほどほどにしときなよ!」と笑われた。
というわけでせっかくの修学旅行は台無しとなり、俺は家で寝込む羽目になった。スピカ達はかなり心配してくれて自分達も月ノ宮に残ろうとしてくれていたが、流石にそれは断った。俺が不在でも関西を楽しんできてくれて。
まぁ今日は日曜で学校もなく、妹の夢那がつきっきりで看病してくれてくるからとても助かっている。
「ゲホッゴホッ」
「兄さん、本当に大丈夫?」
「う、うん。夢那も風邪がうつるかもしれないから、そんなつきっきりじゃなくてもいいんだよ」
「いや、兄さんが思ってるよりもボクには辛そうに見えてるよ?」
修学旅行はキャンセルになった上に中々に風邪をこじらせてしまったから結構しんどいが、それでも俺は昨日のことを後悔していない。
いやぁ、今思い返しても何だか楽しいイベントだったなぁ。原作にあんなイベントなかったけど……あのラスボスを攻略するのも悪くないなぁとか思う。いや、それは流石に気の迷いかもしれない。
熱は少しずつ下がっていたが倦怠感が酷く、昼を過ぎてからもずっと俺は自分の部屋のベッドに横になっていた。一方で修学旅行中のムギから断続的に京都の画像が送られてくるのを俺は横になりながら眺めていた。楽しそうだなぁ。大星と美空がイチャイチャしてる写真しか送られてこないけど。
なんてちょっと寂しさも感じていると、家のインターホンが鳴った。俺の代わりに夢那が出てくれて、一時してから俺の部屋へ近づく足音が聞こえてきた。望さんが心配して帰ってきたのかと思いきや、俺の部屋のドアを開けて入ってきたのは、シックな雰囲気の白いブラウスと黒のロングスカートというファッションのローラ会長だった。
「え、ローラ会長?」
「ごきげんよう、昨日ぶりね」
「ど、どうしてここに?」
「どこかのおバカさんが雨の中傘も差さずにダンスを踊って風邪を引いたと聞いたから、看病してあげようと思って」
いやアンタも俺と一緒に踊ってただろうが。なんでローラ会長は俺みたいに風邪引いてないんだよ。
「でもこれで証明できたわね、バカは風邪を引かないという言い伝えが出鱈目ということが」
自分はバカじゃないとのたまいますか、この方は。
夢那は俺の看病に必要な薬や食材を買いに出かけたため、家には俺とローラ会長だけが残された。ローラ会長は俺のベッドの側に座って俺の手を握って微笑んでいるが、落ち着かないよこんなの。ローラ会長のことだから何か裏があるんじゃないかと勘繰っていたが……特に何か嫌味や皮肉を言ってくるわけでもなく、俺が寝付けるまでただじっと俺の手を握ってくれていた。
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「バカは風邪を引かないってのが妄言ってのが証明されたな」
ベッドで横になってゲホゲホと咳き込む黒髪の少女を前にして、俺は笑いながらそう言った。すると少女は恨めしそうな表情で言う。
「入夏だって私と一緒に雨に打たれてたのに、どうして風邪引かないのさ……」
「そりゃ俺の方が頭良いからだろ」
「成績は私と一緒ぐらいのくせに……」
大体、もう真冬だって近いのに雨の中で一緒に踊ろうって誘ってノッてきた方も悪いだろう。せっかく元気がなさそうだったから元気づけてやろうと思ったのに……まぁ俺のせいで彼女は風邪を引いてしまったわけだが。
「でもさ、わざわざ私のこと看病しに来るとか、私のこと好き過ぎ?」
「お前が風邪を引いた原因の半分は俺にあるからな」
「もう半分は?」
「お前がバカだってことだな」
「うるさいやーい」
流石にもう受験前なのに風邪を引かせてしまったのは俺でも悪いと思っている。彼女のご両親ともすっかり顔見知りだから後はよろしく~って軽いノリで看病を頼まれてしまったし。
「それよりさ、入夏の家は大丈夫?」
「何の話だ?」
「入夏のお父さんとお母さんのことだよ」
「自分が風邪引いてるのに他人の心配してる暇あるのか?」
今もまぁまぁ熱もあるし苦しそうに咳き込んでいるのに、どうして今も俺のことに構うのか、こいつは。
……。
……俺の両親って何かあったっけ? こいつは何の話をしているんだ?
そもそも、この女の子は誰だ──。
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何だか風邪を引いた誰かの看病をしている夢を見たような気がする。今は自分が看病される身だというのに。
目を覚ますと大分倦怠感も楽になっていて、体の熱っぽさも少し引いたように感じた。そういえば俺のことを看病してくれていたローラ会長はどこに、とふと視線を下げると──俺の手を握ってくれていたローラ会長がスゥスゥと寝息を立てて、俺のベッドにもたれかかりながら眠っていた。
「ろ、ローラ会長?」
俺が呼びかけてもローラ会長が起きる気配はない。どうやら俺がいつの間にか眠っていた後に彼女も同様に眠っていたらしい。
……何だか、ローラ会長の寝顔、すげぇ可愛い。いつもは大人びた雰囲気でどこか近寄りがたい雰囲気すら醸し出している人だが、寝顔は偽りようのない素顔だ。いつもはラスボスだと思って俺も内心怖がりながら接していたが、この人も……ただの人間というか、一人の女の子だったのかと気付かされた。
「んぅ……」
ローラ会長の寝顔を眺めていると、少しして彼女も目覚めたようだ。そして俺に見られていたことに気づくとすぐにキリッとした表情に戻って姿勢を正した。
「これは失敬。こんなところで寝てしまうだなんて、私も少し疲れていたみたいね」
「……可愛かったですよ、寝顔」
「貴方に褒められなくてもわかっていることよ」
これって会長照れてる? 照れてます? いやわかんねー!
熱を測り直すと微熱程度に下がっていて、食欲も何とか戻ってきたようだ。お粥の食材は夢那が買いに行ってくれているはずだし、もうそろそろ帰ってくる頃だろう。
「体は大分楽になった?」
「まだ少ししんどさはありますけど、快方に向かってると思いますよ」
午前中に病院に行って薬は貰っているし、安静にしていれば明日には治っているだろう。
するとローラ会長は何やら考え込んでいて、一時してから不気味な笑顔を浮かべて口を開いた。
「ならもう一押しってところね。じゃあとっておきの薬を処方してあげるわ」
するとローラ会長は何を思ったか、いきなり俺が寝ているベッドの上に乗ってきて、そして俺の頬を両手でしっかり掴むと──何の前触れもなく突然口づけをしてきた!
「か、会長!?」
唇を解放された俺は何事かと会長に問い詰めようとしたが、会長は不気味な笑みを浮かべたまま言う。
「ほら、キスをすれば風邪が早く治ると言うでしょう?」
「それローラ会長に風邪がうつることになりますよ!?」
「大丈夫よ、私はそんなものに負けないから」
そして俺に物を言わせずにローラ会長は俺にもう一度キスをする。なんでこんなに躊躇いないのこの人!?
こんなロマンチックの欠片もない口づけに俺が戸惑っている中、俺の部屋のドアが開いた。そこには二つの人影が。
「……わ、わぁ」
なんとそこには、深緑のややギャップのあるシックな雰囲気の私服姿のワキアと。
「ぼ、ボク達、邪魔しちゃったかな……?」
買い物袋を下げた夢那の姿があった。
あぁ何だかとんでもない場面を見られてしまったなぁと俺が絶望している一方、ローラ会長は俺のベッドの上に乗ったまま二人に笑顔を向けて口を開いた。
「あらごきげんよう、二人共。ワキアも彼の看病に?」
「わぁ……」
おいあまりの衝撃でワキアがぶっ壊れてんだけど。流石にワキアには刺激が強過ぎたか。
「あ、あの、ボク達は家を離れるので、ごゆっくりどうぞ……」
「待つんだ、夢那! お腹空いたからご飯食べさせて!」
朝から殆ど何も食べていなかったため夢那とワキアにお粥を作ってもらい、その間に場をかき乱していったローラ会長は満足そうな様子で帰っていってしまった。
「シャルロワ会長って、結構大胆なことするんだね……」
「わぁ……」
「ワキアちゃんが意味のある言葉を発せなくなってるんだけど」
「わぁ……」
「ちなみにワキアちゃんも風邪を引いた兄さんを襲えないか画策してたよ」
もしあのタイミングで夢那達が家に帰ってきていなかったらどうなっていたのやら。たまたま今日はローラ会長の機嫌が良かっただけなのか、何かを企んでいたのか……未だにローラ会長の本心が見えないため、恐怖と情欲によるドキドキにずっと苛まれていた。
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