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シャル・ウィ・ダンス?



 修学旅行の出発を明日に控える十一月十四日、土曜日。荷造りも完璧で、明日の早朝の出発に向けてちゃんと眠れるように備えるぐらいか。

 もしも俺が烏夜朧というキャラに転生していなくてネブスペ2にも出てこないクラスのモブだったなら、あるいは前世の記憶を思い出していなかったなら、もう少しワクワクしていたかもしれない。もしも俺が名前すらないモブだったなら、可愛い女の子達とイチャイチャしている大星達を見て指を咥えて悔しがっていただけだろう。


 とはいえ修学旅行が終われば期末考査もあるし、何なら進路相談だって待っている。

 俺の進路って何? 今年を乗り越えられるかもわからん俺に将来の進路を考えろと? どうせこのネブスペ2の世界に転生してきたならヒロインの誰かと同じ大学とか入りてぇなぁ。今この段階だとローラ会長と一緒の大学に連れて行かれそうなのが怖い。

 そんな将来に怯えながらも机に向かって勉学に励んでいると、お昼過ぎに家のインターホンが鳴った。家主である望さんは昨夜は帰ってきたがまた朝早くに月研に言ってしまったし、夢那はルナ達と一緒にワキアの家に遊びに行っていて、今は家に俺一人しかいなかった。

 何かイベントが起きるのかなぁと軽い気持ちでドアホンのモニターを見て──俺は慌てて玄関へ向かって扉を開いた。


 「あら、ごきげんよう」


 突然家を訪ねてきたのは、なんとローラ会長だった。いつものクラシックな服装の上から黒のトレンチコートを羽織っていて、出迎えた俺に笑顔を向けていた。


 「ろ、ローラ会長!? なんでここに!?」

 「あら、恋人の家を訪ねることがそんなに不自然?」

 「いや、どうして僕の家を知ってるんですか!?」

 「そんなことどうだって良いじゃない。それより寒いから早く中に入れてちょうだい」


 何か随分とローラ会長は図々しかったが、とりあえずローラ会長をリビングまで通して、慌ててお茶の用意をした。戸棚にあった紅茶や茶菓子を用意してリビングまで持っていくと、ローラ会長はコートを脱いでソファに座っていた。そして俺が用意した紅茶に口をつけると一言。


 「安いお茶ね」


 うるせーぶっ飛ばすぞ。


 「あの、ローラ会長? 今日はどういったご用件で?」

 「そうね。明日から貴方が関西へと旅立ってしまうから、貴方と会えない数日間が寂しくて、という理由じゃダメかしら?」

 

 ローラ会長の小悪魔のような笑みに一瞬騙されかけたが、絶対そんなこと思ってないだろこの人。

 そんなことを言いながらローラ会長は優雅に安い紅茶を飲み、そしてティーカップをテーブルに置いた。


 「じゃあ、貴方に一つ恋人としての特権を与えるわ。私のことについて、何か質問したいことはある?」

 

 何その特権。それローラ会長からの許可がないと許されないことだったの?

 そりゃローラ会長に聞きたいことは山程あるが、どうしたものか……ネブスペ2のキャラとしてはローラ会長のことは好きなのだが、ぶっちゃけ怖いからあまりこの人と親密な関係になりたくないという気持ちもある。

 だが、この立場になってしまってはローラ会長のバッドエンドはなんとしても回避しなければならない。


 「ローラ会長は、今の自分自身の立場に納得されてるんですか?」


 ローラ会長はまだ学生ながら、父親でありシャルロワ家の当主だったティルザ爺さんが植物状態になってしまったことで、急遽シャルロワ家の当主に指名された。シャルロワ財閥という巨大な企業群と地球に住まう多くのネブラ人を率いる立場なんて、強制されてやりたいものではないだろう。ローラ会長がそれを望んでいるとも思えないし。

 ローラ会長自身がその重圧をどういう風に感じているのか、その素直な気持ちを聞いてみたかったのだが……さっきまで笑顔を浮かべていたローラ会長の表情が変わり、この場の和やかな雰囲気が一変した。


 「貴方は、私の父親が植物状態にあることは知っているわよね?」

 「は、はい。今もまだお目覚めになりませんか?」

 「もう目覚める可能性は限りなくゼロに等しいわ。もう人工呼吸器に繋がれて、偽りの心臓を使って息をしているだけの死に体よ。

  私はあの人のことが大嫌いだったから、こんなに早く死んでくれてむしろせいせいしているくらいよ」


 なんだろう、やはり自分の身の上を話す時の会長の雰囲気は独特というか、前にも何度かあったが何故かこっちがこの場の重圧に潰されそうになってしまう。

 前に俺のことを見てくれた霊能力者のミールさんが言っていたが、俺の身の回りで一番負の感情を抱いているのはやっぱりこの人だろう。


 「ただ、奇しくもあの人が倒れてしまったから私はシャルロワ家を継ぐことになってしまったの。不思議なジレンマね、早く死んでほしいと思うぐらい憎んでいた父親がいざ死んでしまうと、私はより嫌な立場にさせられる。

  いわば、それは人の不幸を願う者に対する宿命かもしれないわね」


 意外にもローラ会長は素直な気持ちを喋ってくれた、ように思える。

 ローラ会長とティルザ爺さんの関係は決して良好ではなかった。まぁそもそも普通の親子関係ではないし、ローラ会長が愛とか恋に対してうるさいのはティルザ爺さんが原因である。

 ローラ会長はティルザ爺さんに早く死んでほしいと願っているぐらい恨んでいるが、逆に早く死なれてしまうとシャルロワ家の当主としての重責が重くのしかかる……逃げ道はないのか。


 「そんなに当主を継ぐのが嫌だったなら、ロザリア先輩やクロエ先輩達に譲ることも出来たんじゃないですか?」

 

 まぁ儒教世界で根強い家父長制なんかではやはり家を継ぐのは長子だし、世継ぎの男子がいない現在のシャルロワ家においては、外部から誰かを婿として迎えなければならない。ローラ会長が嫌気が差していたお見合いなんかも政略結婚という意図があってのものだろう。

 しかしローラ会長の普段の振る舞いは、いずれ自分に迫りくる運命を分かりっているような、シャルロワ家のご令嬢としてのあるべき姿を自ら体現しているように思えた。が、ローラ会長はやはり笑顔を見せずに威圧感を放ちながら言う。


 「私はシャルロワ家のことが大嫌いだけど、私がシャルロワ家の当主として輝かしい地位を築き上げることが、私にとっての最大の復讐なのよ……あの忌々しき父親へのね」


 そう、ローラ会長はシャルロワ家の長女であり当主として期待される立場ながら、自らが生まれたシャルロワ家に戦いを挑んでいるのである。

 

 「ローラ会長の戦いを、僕が助けることは出来ますか?」


 すると、ようやくローラ会長は微笑んで口を開いた。


 「貴方は、ただ私の恋人として振る舞えば良いのよ」


 いや、それが一番難しいんですが?



 特に世間話をすることなく、結局何が目的だったのかわからないままローラ会長は帰ると言い出してマンションの前まで見送ろうとした。

 いつの間にか外はザアザアと大雨が降っていてさらに冷え込んでいたが、迎えの車はまだ到着しておらず、マンションのエントランスの前で俺はローラ会長と一緒に雨空を眺めていた。


 「貴方、雨は好き?」

 「え、まぁ好きっちゃ好きですよ。夏場はジメジメするので嫌ですけど、雨音を聞いてるのは好きです」


 自分に何か用事がある日だったり洗濯をしたい日に雨が降っているのは嫌だが、雨音を聞いていると不思議と気分が落ち着く。流石に雷とか暴風雨とかはちょっと怖いけど。

 するとローラ会長は雨空を眺めながら少しだけ微笑んで言う。


 「幼い頃、自分と同年代ぐらいの子どもが雨粒に打たれながら外で遊んでいたのを、私は車の中から見ていて羨ましく思っていたわ。裸足で水たまりを踏んで水飛沫を飛ばして、友達と一緒に笑っていて……どんなに楽しいのだろうって。ローザ達や召使い達に言ったらやめておけと止められたけどね」

 

 うむ、わかる。子どもの頃、学校からの帰りに突然の大雨で傘を持ってなくてビショビショになって家に帰ったことがあったが、ある程度濡れると何だか楽しくなってしまうんだ、その非日常感が。

 まぁ親にはこっぴどく叱られるし見事に風邪も引くけれど。


 「結構楽しいですよ、雨の中遊ぶのも。ほら、プールの授業とかもちょっとした雨の中でやることもあるじゃないですか。ローラ会長も長靴で水たまりの中を歩いたりしたんですか?」

 「いえ、全く。そんな低俗なことはするなとしつけられたものだから」

 

 それさえもダメなんだ、シャルロワ家。長靴なんて最早そのためにある履物だと思ってたのに。

 雨の中で遊びたいだなんてある程度年を取るとそんなこと一切考えないというかデメリットの方ばかり気にしてしまうが、俺の隣で雨空を見上げるローラ会長は……幼い頃のその憧れを、まだ捨てきれていない幼気な少女に見えた。

 そこで俺は、エントランス前の屋根の下から傘も持たずに飛び出した。


 「じゃあ、今その夢を叶えましょうよ」


 俺はローラ会長の正面に立ち、無数の雨粒に体を打たれながら彼女に手を差し伸べた。俺の突拍子もない行動にローラ会長は驚いたようで、困惑した表情で言う。


 「貴方、正気なの?」

 「いえ、全然。でも、たまには羽目を外すのも良いじゃないですか。さぁ、いかがですか?」


 ローラ会長は珍しく困ったような表情をしていたが、やがて俺に呆れるように笑うと、黒のトレンチコートを脱ぎ捨てて俺の手を掴み、雨空の下に笑顔で飛び出した。



 ザアザアと打ち付ける雨音をBGMに、俺はローラ会長と手を繋いで水たまりの上でステップを踏んだ。いつも艷やかなローラ会長の長い銀髪が、雨粒に輝いているように見えた。


 「貴方、ダンスは踊れる?」

 「多少なら」


 烏夜朧が女性を口説くために多少ダンスの技術を会得していて助かった。それでもやはり俺がローラ会長にリードされる形になったが、俺とローラ会長がステップを踏む度足元から水飛沫が飛び、あっという間に髪も服もビショビショになっていた。

 しかし、通りすがる人の目も、自分達に打ち付ける雨粒なんて気にせずに俺もローラ会長もダンスを踊り続けた。


 これは、常にシャルロワ家のご令嬢としての姿を強制されていたローラ会長が、初めて一人の少女としての願いを叶えた時だったかもしれない。もし俺が一人で雨の中踊っているだけなら、他の人が見てもまたバカなことをやっていると思うだけだろう。しかし俺がローラ会長と一緒に踊っていただなんて、この現場を見せない限り誰も信じないはずだ。

 そう、今まさにこんなくだらないことをしているのに、今この瞬間を楽しんでいる俺でさえも信じられないほどに、いつも貼り付いたような、あくまでご令嬢としての笑顔しか表現できなかったローラ会長が、ようやく心の底から笑っているように見えた。



 どれだけの時間、雨の中でローラ会長と踊っていたかわからない。やがてシャルロワ家の迎えが来た時に運転手からこっぴどく叱られたが、ローラ会長は全然悪びれる様子もなく、服を濡らしたまま車に乗って去っていった。


 「さっむ……」


 そしてローラ会長が去って我に返った俺は、ビショビショになった体を震わせながら家に帰ったが、不思議と多幸感に満たされていた。


 

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