いや霊能力とか占いとか全部オカルトだし
ローラ会長やメルシナとのお出かけを終えて帰宅した後、夜になってテミスさんが家を訪れてきた。
忙しいテミスさんのスケジュールの合間を縫っていつもお世話になっているが、今日はテミスさんが助っ人としてとある人物を連れてきた。
「ま、魔女だ……!」
テミスさんが連れてきた女性を見て、俺も夢那も同時にそう呟いた。テミスさんも黒のローブを羽織ってフードを被っているから魔女っぽいが、テミスさんが連れてきた女性は黒髪に青いグラデーションを入れていて、黒いローブを羽織って頭には黒いとんがり帽子を被っていて、何に使うかもわからない木の杖を持っている。
うん、完全に魔女。もう童話とかに出てくるレベルのテンプレ魔女だ。
「紹介するわ、この子は私の仕事仲間のミールちゃんよ」
「ミネルヴァ・ローウェルです~ミールって呼んでいいよ~」
ミネルヴァ・ローウェル……ミネルヴァ!? この人初代ネブスペに出てくるキャラだ!?
「ミールさんは魔女なんですか?」
「いやいや、魔女なんて現実にいるわけないっしょ。ウチは霊能力者だから」
「それも大概現実的じゃないと思うんですけど?」
ミネルヴァ・ローウェル、太陽系の惑星がモチーフになっている初代ネブスペで『冥王星』をモチーフにしたキャラだ。ミールってあだ名は多分旧ソ連の宇宙ステーションからだと思う。
初代ネブスペが発売された頃には冥王星が準惑星という扱いになっていたからミールも攻略可能なヒロインではなくモブという扱いだったが、後に発売されたアペンドディスクでヒロインに昇格している。
テミスさんとミールさんをリビングに招いて茶菓子としてサザクロで売られているクッキーを用意すると、ミールさんはとんがり帽子を脱いでパクパクとクッキーを食べ始めた。
「ウチ、俗世に出てきたの結構久々で~こんな明るい世界に出てくるとマジ干からびそうになるね~」
「ミールちゃんは普段は霊山の洞窟で生活しているのよ」
「仙人なんですか?」
「いやいや、こんなチョベリグな仙人なんていないっしょ~」
まぁこの通りミールさんは初代ネブスペの頃からギャルっぽい、しかもまぁまぁ古のギャルっぽい口調で霊能力者という謎の組み合わせのキャラだったが、コガネさん達と同級生であり初代ネブスペでも結構重要な役回りである。
そもそも初代ネブスペの主人公が恋していたメインヒロイン的存在が開始時点で既に亡くなっているのだが、ミールさんは霊能力者として主人公に色々助言を与えるのだ。
……初代ネブスペの頃はまだ普通の学生だった気がするのに、なんでこんな魔女みたいな風貌になってんだろう。霊能力者と魔女は違うだろ。
「どうして霊能力者のミールさんがここに?」
「私とはちょっと手法が違うけど、ボロー君を助けるために手伝ってもらおうと思ったの」
「よろちくび~」
何かちょっと不安だが、まさかテミスさんとミールさんの間に親交があるとは思わなかった。
そしてまずはミールさんに今の俺に迫る危機を説明するために、この世界がNebula's Space2ndというエロゲの中の世界であること、そして烏夜朧というキャラに迫る運命、さらにはネブスペ2と世界観を共有している前作初代ネブスペについても説明し、ミールさんはその初代ネブスペに登場するヒロインの一人であることも説明したのだが──。
「いやー、ありえないっしょ。マジノーリアリティ」
この人霊能力者なのになんでこんな考え方が現実的っていうかオカルトに興味ないの?
「コガネとかナーリアが欲にまみれてるのはなんとなくわかるけど、ウチがそんなゲームのヒロインとかマジ信じられない。そんなゲームの世界に転生とかフィクションっしょ」
「なら僕が証明してみせましょう。ミールさん、貴方は月学時代に天野という男子を占ったことがありますよね?」
「え、なんで知ってんの?」
「そして貴方は見たはずです。その天野という男子が貴方に──」
「ちょ待って、ストップ。君の話を信じるから、その話はマジ勘弁」
ミールさんが初代ネブスペの主人公を霊能力で占った時、主人公が霊に取り憑かれていることを暴いたと同時に、どういうわけかその主人公とミールさんが行為を致しているという謎の光景を見てしまうのである。
どうやら俺の前世の知識でミールさんは納得してくれたようで、今の状況をおさらいする。
「ってわけでウチはこの子が事故死した後に霊能力で見ればいいの?」
「違うわミールちゃん。彼の命を救う方法を一緒に探してほしいの」
「いやー無理っしょ。だって完全に死ぬ運命しか見えないもん──あいたっ」
ド直球な発言を俺に食らわしたミールさんはテミスさんに頭をゴツンッとげんこつを食らっていた。そうなんだ、霊能力者視点でも俺ってそんな死にそうに見えるんだ。
「何か彼の言うゲームの話はよくわからんぴだけど、別に悪霊とかが取り憑いているわけでもないし、霊的なものは一切感じないね。
それにさ、それでゲームが進むんだったら君が死んだ方が良いんじゃない──ごふっ」
今度はテミスさんがさらに強めのげんこつをミールさんに食らわせていた。
まぁ、ミールさんの言うことは人道的なものを無視すれば理にかなっている。本来ネブスペ2第三部は共通ルートで烏夜朧が死ぬことで物語は進んでいくのだから。
だが、そんな結末を望まない人もいる。
「ボクは、兄さんが死ぬのなんて絶対に嫌です」
俺だって死ぬのは嫌だし、夢那のように俺の死を悲しむ人だっていてくれている。そのために俺が生き残る方法、そして俺が庇うはずのメルシナも助ける方法を探したいのだ。
「ソーリー、軽率な発言だったね。でもウチには彼に何か変なのが取り憑いているようには見えないよ。彼が言っている『前世の人』の魂ぐらいだね、強いて言うならば」
「どういうことですか?」
「君は自分自身を同一人格かと思ってるかもしれないけど、烏夜朧というキャラと前世からやって来た君は全くの別人ってことね。転生ってものが現実にあるとは思えないけど、君のは転生ってのとはちょっと違うんじゃないかな」
「じゃあ何?」
「うーん、冥界に迷い込んだ子羊的な感じ」
ミールさんの例えはよくわからないが、俺ってこの世界に転生したんじゃないの?
いや、だが確かに前世でネブスペ2というエロゲをプレイしたという記憶以外殆ど覚えていない俺は自分の死因とか最期もわからない。
まぁこんな世界に迷い込むぐらいってことはそれこそ死の淵を彷徨っていそうだが。
「やっぱりボロー君の前世のことが気になるわね。もしかしたらボロー君みたいにこの世界にどこかから子がいるかもしれないのよ。霊能力で探れないかしら?」
「霊能力ってそんな万能なもんじゃないんすよ。でもこの子と一緒ぐらい変なのを見つけることは出来るかも」
するとミールさんは突然俺の頭をガシッと掴んで何かを念じ始めた。
俺は霊能力というものは全然わからないというか、むしろ怪しい雰囲気を感じてしまうのだが、彼女の霊能力が本物であることは初代ネブスペで証明されている。でも確かミールさん自身は全然オカルトに興味ないというか、幽霊とか霊能力とか存在するわけがないと証明するために霊能力者になったとかいう経歴があるからな。逆にその存在を証明してるけど。
念仏とか神事でも聞いたことのないような呪文を唱えていたミールさんは、突然咳き込み始めると俺の頭を離して手で口を押さえた。そしてミールさんが口から手を離すと、その手にはベッタリと真っ赤な血が付着していた。
「み、ミールさん!? 大丈夫ですか!?」
「いやー、こんなのよくあるから平気平気」
「こ、これも霊能力の影響なんですか?」
「いやいや、霊能力なんてものが作用するわけないっしょゲボォッ!」
「ミールちゃーん!?」
口から吐血し、さらには鼻血まで出ているから俺達はかなり心配していたが、よくあるからと言ってミールさん本人は至って冷静で平気そうにしていた。
そして落ち着きを取り戻して血をティッシュで拭うと、ミールさんは口元を少し歪めながら口を開いた。
「君って親しい女の子がいた?」
「あぁ、いたらしいですね」
「その子って死んだ?」
「いや覚えてないですけど」
「そーなんだ。何かね、君の古い知り合いにとんでもない生霊がいる気がするんだけど気のせいなのかな」
いや何その怖い話。悪霊とかじゃなくて生霊ってことはこの世界に生きている人が俺に対してとんでもない怨念を持ってて化けて出てきたってことか。ヤバい、手当たり次第女性を口説いていた烏夜朧なら前科が多すぎて全然誰なのかわからない。
「そって今の兄さんにとっての古い知り合いなんですか? それとも前世の兄さんの?」
「そこまでは流石にウチもわからんぴ。別にこの子を恨んでるってわけじゃなくて、何か色んなマイナスのものを抱えてる子がいる気がするんだよね。今の知り合いに病んでる子とかいる?」
「今一番病んでるとすればボロー君かもしれないわね」
ネブスペ2にはそんな極端なヤンデレとかメンヘラなキャラは出てこないが、今一番病んでるとすれば誰だ? ベガとの交際をきっかけに、その猛アピールを拒否することになってしまったスピカやムギ、レギー先輩達には辛い思いをさせてしまったかもしれないし、もし彼女達なら俺は大人しく報いを受けるよ。
「君の前世も気になるけど、まずはクリスマスイブを乗り越えないといけないってわけだよね? ちなみに君が庇うって子を助けないって選択肢はないのん?」
「ないです」
「そんなに大事な子なの?」
「僕が生き残ったとしてもバッドエンド確定ですね」
ローラ会長、ロザリア先輩、クロエ先輩を繋ぐ役割を果たすメルシナがいなくなってしまっては、俺が生き残ったところでそれぞれのバッドエンドがほぼ確定してしまうだろう。何気に結構重要なキャラなんだし。
「他に兄さんに協力してくれそうな人はいないかな?」
「望さんとかなら話をしたら協力してくれそうだけど、あの人もあの人で忙しいからね」
まず第三部の主人公である一番先輩やローラ会長達ヒロイン勢には流石に話せないことだ。変な行動をされてしまっては困る。既に重要なシナリオが終わっている第一部・第二部の登場人物達なら、レギー先輩を除いて第三部のシナリオに殆ど影響が無いだろうが……一つ大きな不安がある。
「ただ僕が一番怖いのは、僕の幼馴染や恋人だった子達のように、またこの世界から誰かが消えてしまうことです」
まだ乙女やベガがこの世界から消失してしまった原因は究明できていない。もう彼女達の痕跡は殆ど残っていない、強いて言えば二人が持っていた金イルカのペンダントぐらいだ。もしメルシナが消えてしまった場合、俺達の努力は水の泡となってしまう。
「それが一番の謎ね。記録からも抹消されてしまうだなんて気味が悪いわ」
「それってゲームのバグだったりしないのん?」
「流石にそんなバグはないですよ」
バグ、か。
俺はこの世界に生きているからそんなことを考えたことはなかったが、確かにゲームには少なからずバグというものが存在する。ノベルゲームにはあまり無いが、進行不能になったりセーブデータが破損したりと、他のゲームでもよくあるバグが起きることはある。流石にキャラが消えるだなんていうバグはなかったが。
結局、俺の命日となる十二月二十四日までにどんな対策を打つか結論は出ないまま今日はお開きとなった。
テミスさんやミールさん、そして夢那が協力してくれているのは嬉しいが、あまり多くの人に協力を求めるとシナリオの進行に影響が出てしまいそうだ。
「大丈夫だよ、兄さん」
テミスさん達が帰った後、センチな気分でソファに座ってボーッとしていた俺の隣に夢那が座ってきてそう言った。
「もしかしたら、シャルロワ会長が兄さんの運命を変えてくれるかもしれないから」
ネブスペ2原作と異なる点、それは俺がローラ会長と付き合うことになったこと。
だが……ラスボスという異名を持つあの人が俺の救世主になるという未来は想像できなかった。
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