荒んだ心の清涼剤、メルシナ
十一月七日、土曜日。
俺は昨日買ったばかりのゲームを遊びつくそうかと気合を入れたのだが、朝っぱらから突然ローラ会長に呼ばれ、家まで迎えに来たシャルロワ家の車で葉室駅まで送られていた。
「今日はスコーピオンさんのグッズの発売日なんですよ~」
と、笑顔で嬉しそうに語るのはメルシナ・シャルロワ。長い黒髪に黄色いリボンをつけ、シックな雰囲気のブラウンのジャケットやプリーツスカートというコーデで、俺と一緒にオタク向けショップの雑踏の中を進んでいる。
「メルシナちゃん、スコーピオンのファンなの?」
「はい、暇があればいつも配信とか見てるんです。すっごくゲームが上手くてかっこいいんですよ!」
ごめんメルシナ、俺昨日その人と一緒にゲームしたんだ。
なんて言うわけにもいかず、俺はスコーピオンを始めとした様々な配信者のグッズを取り扱うフロアでメルシナと一緒にスコーピオンのグッズを買い集めていた。ステッカーとかゲームの周辺機器を取り扱う企業とのコラボ商品、なんかサソリのかっこいいロゴが入ったTシャツに指南書等、何かメチャクチャ種類がある。
他の配信者のグッズを買い集めているお客さんも多かったが、スコーピオンも負けず劣らず多くの人気を集めている。でも女性配信者が大多数だからか全体的に男性客の割合が多い。ネブスペ2の舞台である2015年なんてVTuberなんて言葉が存在するかも怪しいぐらいだし、まだこういう界隈はマイナーなジャンルだった。
「スコーピオンさんはあまり他の方とコラボとかしないんですけど、何だか我が道を行くって感じで良いですよね! メルもそんな人になりたいです~」
メルシナの憧れってローラ会長だからな。あの人はもう孤高って感じの人だけど、メルシナにそんな言葉は似合わない。確かに配信者としてのスコーピオンはクールなイメージがあるが、シャウラ先輩自身はめっちゃ良い人なんだよな……。
そして一通り目的のグッズを買い物かごに突っ込んだ後、長い行列が出来ているレジの列にメルシナと一緒に並んだ。
「他の配信者のグッズはいいの? オリオンとかカシオペアとかもいるけど」
「オリオンさんの配信はちょっと騒々しくてあまり好きじゃないんです」
だってさオライオン先輩。こんな可愛い子にやかましいって言われてるぞ。まぁ気が立ってコントローラーとかキーボードとかモニターとか頻繁に壊す破壊神だからな。度々暴言を吐いて炎上しながらもファンは増えていく謎の人気がある。
「あ、でもオリオンさんの配信にたまに出てくるアルテミスって方、ゲームも上手くて行動も面白いんですよ! 相棒のオリオンさんを突然見捨てたり生贄にしたり、味方なのに罠にはめたりするんです」
「オリオンに何か恨みでも持ってるのかな……」
アルテミスというのはオライオン先輩に仕える従者である銀脇リゲルのことだ。主人であるオライオン先輩に対して結構冷たい時もあるのだが、準レギュラーながら結構な人気があるのである。
とまぁ、第三部に登場するオリオンことオライオン先輩ルートでは、カシオペアこと碇遊星、アルテミスこと銀脇リゲル、そしてスコーピオンことシャウラ先輩の四人の配信者達の戦いになるのだが、他三人のルートとちょっと別世界過ぎる。だって俺や一番先輩が関わってなくてもどうにかなってそうなんだもん。
大混雑の中なんとか目的のグッズを購入して俺とメルシナはお店を出た。すると通りではシャルロワ家の高級車の前で、いつものクラシックロリィタファッションのローラ会長がたい焼きを食べながら待っていた。
「お待たせしました、ローラお姉様!」
「メル、欲しかったものは買えた?」
「はい!」
「なら良かった。あとこれ、近くにキッチンカーが来ていたから買っておいたわ」
するとローラ会長は手に持っていた紙袋からたい焼きを取り出してメルシナに渡した。ホカホカで美味しそうだ。
「ありがとうございます、ローラお姉様!」
「ローラ会長、僕の分は?」
「欲しいなら自分で買ってきなさい」
「ひどくないですか?」
なんで俺の分はないんだろ。いや当たり前のように自分の分も買ってもらえるという甘い考えがおこがましいか。
「でも一応貴方には飲み物を買ってきたわ。はいこれ」
そしてローラ会長が俺に渡してきたのは、月ノ宮名物の激ヤバ栄養ドリンク『ダークマター☆スペシャル』の缶ジュースだった。
「あの、なぜこれを僕に?」
「最近貴方の元気がなさそうだからと思ったから」
「お、お気遣いありがとうございます……」
やっぱりローラ会長、未だに俺のことを嫌ってる節ない? それともこれ会長の冗談? 冗談だとしてもせっかくの貰い物だから飲まないといけないんですが?
朝からローラ会長からの呼び出しがくるなんて一体何事かと思ったが、メルシナの買い物のお手伝いを頼まれただけであった。要は荷物持ちということだが、シャルロワ四姉妹の末っ子であるメルシナは同じく妹属性を持つワキアとはまた違った可愛さがあって俺の荒んだ心も少し癒やしてくれた。ローラ会長に飲まされたダークマター☆スペシャルによって俺の胃は死んでしまったが。
そして次の目的地へと向かおうとした瞬間、俺達の前を通りがかる二人組が。
「あ、烏夜先輩!」
「げっ」
現れたのは、さっき俺達が訪れたショップで販売されていたオリオンのグッズであるパーカーを着たアルタとキルケ。まさかのペアルック姿での登場だ。
「やぁキルケちゃん、アルタ君。まさかペアルックをしているなんて仲睦まじいね」
「こんにちは、シャルロワ会長」
「ごきげんよう」
「あれ、僕のことは無視?」
まさかアルタとキルケがペアルックをしているだなんて意外も意外、というか提案したのはキルケだろうけど、よくアルタが承諾したなこれ。
「烏夜先輩、シャルロワ会長達とお買い物中なんですか?」
「彼は荷物持ちよ」
「というわけだね……」
冗談半分でもこれをデートと言わないあたり、ローラ会長はやはり俺のことをあまり好んでいないようだ。あくまでお見合いを断るための口実という感じか。
にしても結構デートとかしてるんだな、この二人。アルタは俺にペアルックを見られたのがすごい嫌そうだが、キルケは照れくさそうに顔を赤らめて笑っている。すげぇ幸せそうじゃんキルケ。
そんなキルケに、俺はちょっと悪いことを吹き込んでみる。
「キルケちゃん、アルタ君とはもう手を繋いだ?」
「は、はい!」
「なら次は腕を組むんだよ! アルタ君の腕を組めば彼もメロメロさ!」
「純情なキルケに変なこと吹き込むのやめてくれませんか、烏夜先輩」
でもキルケの反応を見るに、大星や美空のようにそんなハイスピードで進展しているわけではなさそうだ。まぁネブスペ2第二部のヒロイン達がアルタに対してちょっと邪悪な感情を抱いていたから攻めが強かっただけで、キルケはそういうのなさそうだし……いや意外とあったりするのかな。アルタって総受けだしキルケにも負けてそうだ。
アルタ達と別れた後は葉室市内のショッピングセンターやブティックを転々としながらメルシナの買い物に付き添い、車にどんどん荷物が増えていく。ダークマター☆スペシャルを飲まされた俺は半ば死にかけていたが、メルシナから元気を貰って帰途についた。
「朧お兄様、今日はありがとうございました! メルが月学に入学した時はよろしくお願いしますね」
「メルシナちゃんに喜んでもらえたなら何よりだよ。でも意外だったよ、メルシナちゃんがゲームの実況とか配信に興味があっただなんて」
「メルはあまりゲームは上手くないですけど、スポーツとかも色々見る方が好きなんです」
「ちなみにローラ会長はゲームの配信とかご覧になるんですか?」
「いえ、全然」
俺は助手席から後部座席のローラ会長に聞いてみたが、まぁ絶対そういう文化に触れ合ったことないよなこの人は。ローラ会長が遊ぶゲームってせいぜいトランプぐらいだろ。
「でもオリオンの名前なら知っているわね。とても愉快な子よ」
と、ローラ会長は意味ありげな笑顔を浮かべて言った。
オリオンことオライオン先輩は、同じ配信者仲間である碇先輩や従者である銀脇先輩以外にはその正体を明かしておらず、本人もバレてないと思っているのだが……何故かローラ会長はその正体を知っているはずだ。だからその件でオライオン先輩をいじることもある。
「ならローラお姉様、今度メルと一緒に見ませんか? 今度色々な方々が集まった大会が開催されるんですよ!」
「フフ、メルに頼まれたら仕方ないわね」
ローラ会長がそう答えるとメルシナは嬉しそうに笑顔を浮かべ、そんな彼女をローラ会長も優しい笑みを浮かべながら見ていた。
何あの後部座席の和やかな雰囲気。ねぇ運転手さんどう思う? 俺の隣のシャルロワ家の運転手さん、まるでロボットかってぐらい無表情で何も喋らないんだけど。
だが、メルシナと接している時のローラ会長の雰囲気はやはりいつもと違う。ローラ会長は生徒会長として振る舞う時もいつも笑顔を絶やさないが、それはまるで仮面のように張り付いた笑顔というだけで、今は本当に心の底から笑えているように思える。
ローラ会長、ロザリア先輩、クロエ先輩の三人は結構ギクシャクした関係だが、末妹のメルシナのおかげでその関係が崩壊せずに済んでいるように思える。ローラ会長にとっても数少ない信頼できる相手なのだろう。
しかし第三部の共通ルートの最後のイベントで、メルシナは事故に遭うのだ。奇しくもその原因にローラ会長が関わってしまう形で。
防ぐ方法があるならそれが一番だが、また違った運命でメルシナに死の危機が迫る可能性だってある。もし俺がその場に居合わせたなら、俺は迷わず庇いに行くしかないだろう。
死という運命を知っていながらメルシナを見殺しにしたくないし、シャルロワ姉妹が崩壊するのを見たくないからだ……あと朧お兄様って呼ばれるの、何だか心地良いからずっとそう呼んでいて欲しい。
少しでも面白い、続きが読みたいと思ってくださった方は是非ブックマークや評価で応援して頂けると、とても嬉しいです!
何卒、よろしくお願いします!




