地球に小惑星が衝突する以上の衝撃
十一月一日、およそ五十年ぶりに観測されたネブラ彗星は世界中から注目を浴び、その観測のための探査機打ち上げなど様々な計画が世界各国で発表されていた。前回ハレー彗星が地球へ接近した際もハレー艦隊と呼ばれるほどの探査機の集団を日本を含めた各国が打ち上げていたし、今回もネブラ艦隊と呼ばれるかもしれない。
ネブラ彗星の接近を受けてアメリカへ出張していた望さんも、ネブラ彗星の接近をいち早く予見していたためか記者会見なども開いていて、久々にあの人がちゃんと仕事しているところをテレビ越しで見ることとなった。
今もネブラ彗星は星河祭の夜のような明るさこそ失ったものの、今も地球から観測できる位置にある。そのため天文台も設置されている月研は大忙しで、アメリカから帰ってきたばかりの望さんもサボる暇なく働かされているのである。
んで、俺はそんな望さんにおつかいを頼まれてサザクロで買ったケーキを所長室まで届けに来たのだが──所長室には先客がいた。
「あ、朧君じゃないか」
「遅かったわね、朧」
相変わらずとっ散らかった所長室のデスクで椅子にもたれかかる望さんと、そのデスク前のわずかなスペースに置かれたソファに座る月研の副所長であるトニーさん、そしてその隣にはローラ会長の姿があった。ローラ会長は俺を見ると小さく微笑んでいたが、こんなところに会長がいるなんて珍しい。
「どうもどうも……何か重要な話でもされてました?」
「んー、まぁ重要っちゃ重要な話。ネブラ彗星関連の話なんだけど、朧も聞いてく?」
望さんに頼まれたケーキの個数は三つだったが、俺はしれっと自分の分のケーキも買っていたため、ついでに話を聞いていくことにした。トニーさんやローラ会長にケーキを用意して、俺も椅子を出してそれに座った。
「ネブラ彗星は天文学的に見て結構面白い天体だから研究のしがいがあるけど、アメリカとかが危惧していることが二つあるの。
まず、地球に衝突する可能性。別に今すぐ衝突するわけじゃないけど、今回も結構地球に接近する可能性があった。でももしかたら、次に地球に接近する五十年後に地球にかなり接近する可能性も否定できない。だから正確な軌道を計算しないといけないわけ」
「もし衝突したらどうなるの?」
「地球のどこに落ちても詰みね。原初の地球に戻ると思うわ」
何そのリアルア◯マゲドン。それどっかの石油採掘会社から選りすぐりのメンバー集めて核爆弾を埋めに送り込まないといけないやつじゃん。
まだ半世紀先の話だが、この世界ってそんな危機が迫ってたの? 確かにネブスペ2原作でもその危険性がチラッと示唆されていたけど、でも五十年もあれば色んな対処法が出来てそうだ。
月研の所長であり学者でもある望さんは、ネブラ彗星の軌道の計算とか色々忙しいだろうが、それが地球に衝突するかもしれないというのにさらに面倒くさそうに溜息をつきながら言った。
「んでもう一つ、特にお偉いさん達が危惧していたのが……ネブラ人の宇宙船が地球に飛来する可能性よ」
およそ五十年前、初めてネブラ彗星が観測された直後、地球へ飛来した数機の宇宙船。アイオーン星系を離れて宇宙を旅していたネブラ人達は、まるでネブラ彗星に導かれるようにして地球へやって来たのだ。
つまり今回も、アイオーン星系を脱出した他のネブラ人の船団が同様にネブラ彗星に導かれてやって来る可能性がある。
「こればかりはそもそも他にネブラ人の避難民がまだ宇宙を彷徨っているのか、それにある程度太陽系に接近しているのかわからないから可能性としてはかなり低いけれど、トニー的にはどうなの?」
「この地球に避難できたネブラ人も一部に過ぎないですからね。アイオーン星系、しかも我々の祖先が居住していた惑星から脱出した船団はもっと大規模だったようなので、まだ宇宙のどこかを彷徨っている可能性もなくはない。
ただ……次に地球に飛来するネブラ人の一団が、地球に友好的とは限りません」
最初に地球へ飛来したネブラ人は、幸いなことに地球人に友好的な姿勢を見せ、今こうして普通に地球人と一緒に生活している。それをよく思わない過激派もいる一方で、少なからず宇宙人である彼らを恐れている人々もいる。
そして、ネブスペ2第三部では何もイベントは起きないが、トゥルーエンドの世界線では本当にネブラ彗星に導かれて新たなネブラ人の船団が地球へ飛来するのだ。
「楽観的に考えれば、新たな船団が地球に到着すれば、宇宙船の部品を集めて高性能な新たな宇宙船を作ることも不可能じゃありません。より地球の技術も進歩するでしょう。
しかしアイオーン星系から脱出したのは我々の祖先だけでなく、祖先が住んでいた惑星と大戦をしていた相手側も脱出しているはず。ネブラ人は核兵器よりも恐ろしい武器を開発してしまったから、もしそれを積んでいたら……場合によっては人類を隷属下におくか、最悪人類の滅亡もありうるかもしれません」
核兵器よりも恐ろしい武器って何? でも惑星間で戦争してたって言うんだから、多分ガ◯ダムとかス◯ーウォーズみたいなSF映画チックな戦争をしてたんだろうが、もし宇宙船が武装していたら人類はひとたまりもないかもしれない。宇宙人が地球を侵略しに来る映画だったらアメリカ軍が大体どうにかするような気がするけど。
「じゃあもし、次に地球にやって来たネブラ人が敵対的な姿勢を見せたらどうするんですか?」
「勿論、ネブラ人が対応することになるだろうね」
そう言って、トニーさんは隣に座るローラ会長の方を見た。ローラ会長は目を伏せて黙っていたが、その表情からは一種の覚悟が伺えた。
そうか、この地球のネブラ人の代表的存在だったシャルロワ家当主のティルザ爺さんを継いだわけだから、ローラ会長が今のネブラ人の長ってことなの? いくらなんでも荷が重すぎない?
「でもローラに全て一任するのは負担が大きすぎるから、私が後見人として交渉の場に参加することになるでしょうね。あくまでそれはまたネブラ人が地球へ飛来した時の話ですが」
ローラ会長はトニーさんのことを信頼しているはずだし、この人が一緒にいてくれるなら安心だなぁ。
……いやいやいやいや、それじゃダメなんだよ。トニーさん、こんなイケオジっぽい老紳士なのにネブラ人の過激派を率いてる黒幕なんだよ。しれっとローラ会長を裏切って反乱を起こしかねないぞ、っていうかトゥルーエンド世界線でハチャメチャなことするんだよこの人。
いやどうだろう、ワンチャンこの世界だとトニーさんは本当にただの善良な紳士の可能性ある? 俺は前世の知識があるからそれを疑っているだけで今は何の証拠も持っていないし、持っていたとしても捕まえることは難しい。
まぁおそらく今の世界線だとネブラ人が新たに飛来する可能性は低いから、そんな突然反乱を起こさないとは思うんだが……俺のそんな不安なんて露知らず、望さんはあくびをしながら言った。
「なんか大変な話ね。そんな話のわからん連中が地球を侵略するかもしれないの?」
「あくまで可能性の話ではありますがね。こちらから出来ることと言えば、かつて地球人が打ち上げたボイジャーのように、この宇宙のどこかを彷徨うネブラ人の宇宙船のためにメッセージを送ることぐらいですね」
「ほーん」
なんで当事者の一人なのに望さんは興味ないんだよ。まぁ専門分野が少し違うから望さんには関係ない話だけども、シャルロワ家の現当主であるローラ会長は自分でネブラ人達と交渉しなければならないかもしれないってことか。
ふとローラ会長の方に目をやると彼女と偶然目が合った。するとローラ会長は俺にニコッと微笑みかけると、望さんの方を向いて言った。
「私から、烏夜所長に一つお伝えしなければならないことがあります」
「へ? どしたのそんな急にあらたまって」
「私エレオノラ・シャルロワは、烏夜朧さんと将来的な婚約を見据えたお付き合いをさせていただいております」
あぁ、そうか。俺って両親いないから望さんに挨拶しないといけないのか。もう報告するなんて会長は気が早いなぁ。
……いやいやいやいや! 婚約ですか!? 翻訳やこんにゃくじゃなくて婚約!? 俺そこまで考えてないっていうか、今はまだカップル(仮)みたいな状態じゃないの!?
俺も婚約という生々しい言葉を聞いて驚愕していたが、唐突にそんな話を聞かされた望さんはというと……。
「こ、婚約? 翻訳やこんにゃくじゃなくて?」
いや俺と同じ発想かい。
「はい、婚約です」
「……なんで?」
「私と彼が愛し合うことに理由が必要でしょうか?」
「いやそういう意味じゃなくて、え、何これ? 日頃からサボってる私への恨み辛みが溜まって皆でたちの悪いドッキリ仕掛けようとしてる?」
俺もドッキリだと信じたいが、こうなる運命だったんだよ望さん。あと自覚あるんだったらサボるんじゃないよ、ていうか最近は結構真面目に働いてたでしょアンタ。
動揺する望さん、笑顔を崩さないローラ会長に対し、トニーさんはハァと溜息をついてから口を開いた。
「のぞみん所長、これは嘘やドッキリじゃなくて本当のことなんです」
「ま、マジ? もう夜伽とか致しちゃったの?」
「いずれ」
「いずれ!?」
いや夜伽とか言うんじゃないよ。何か変なこと意識してしまうだろ。
「朧」
「な、何?」
「私早くスローライフ送りたいから、仕送りガンガン送りなさいよ」
「それは望さんが働きたくないだけでしょうが」
「別荘は地中海沿岸とシンガポールとカリブ海に欲しいわ」
「随分と贅沢な夢ですね」
「シャルロワ家の別荘で良ければ招待いたしますよ」
「いやあるんかい」
目玉が飛び出るほど驚きはしたものの意外と望さんの順応性は早く、もう老後のスローライフを満喫しようとしていた。まぁ望さんはシャルロワ家に反感を抱いているわけじゃないし、女遊びの激しかった甥っ子がようやく腰を据えて将来のことを考え始めたと喜んでくれているかもしれない。
だがやはり、俺にはそんな未来は見えなかった。
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