待ち受ける修学旅行と生徒会選挙
十一月四日。これまで登校する時、俺は安全のため今もシャルロワ家の車に送ってもらっている。ついでに夢那も乗っているが、夢那自身は歩いて登校する方が好きなようだ。
本来は俺とベガが付き合っていたから、ネブラ人の過激派に狙われているベガの関係者ということで一緒に送ってもらえていたのだが、それは今でも続いている。まぁ今度はローラ会長の関係者になってしまったわけだし、俺はまだ危ない立場にいるようだ。
さて、星河祭が終わり段々と冬が近づいてくる中、俺達二年生を待ち受ける一大イベントがある。
そう、修学旅行だ。
そして俺は、この学生生活における一大イベントをすっかり忘れてしまっていた。
「京都と言ったらやっぱりお寺とか神社を巡らないとね!」
「金閣寺、銀閣寺、清水寺、伏見稲荷……」
「他にも西本願寺や知恩院、平安神宮に八坂神社もありますよ」
「流石に全部を周るのは難しいな」
宇宙に関する独自のカリキュラムに取り組んでいる月学は、やはり修学旅行はアメリカの某宇宙センターへ……なんてわけにもいかず、普通に行き先は関西だ。一応希望者には短期留学とか長期休暇中の海外研修なんかもあるが、まぁ修学旅行と行ったら地域にもよるだろうがスキーや関西、北海道や沖縄がド定番というところだろう。
というわけで俺達の行先は関西、十一月十五日から二泊三日の日程だ。一日目に新幹線で京都まで移動し、昼から京都で自由行動。翌日は奈良でちらっと大仏なんかを見に行った後で大阪へ移動し自由行動の後、最終日にU◯Jへと行く計画だ。なんかお隣の葉室市にUniverse・Space・Japanとかいうパチモンテーマパークがあった気がするが気のせいだろう。
「朧っちはどこが良いと思う?」
「へ? 何の話?」
「京都で巡る寺院を絞り込みたいのですが、朧さんはどこが良いと思われますか?」
「琵琶湖とか良いんじゃないかな」
「京都だって言ってんだろ」
「でも良いね琵琶湖。こっそり京都を脱出して琵琶湖で鳥人間コンテストでもしようよ」
「やめとけやめとけ」
そしてまるで運命がそうさせたかのように、俺は大星、美空、スピカ、ムギと同じ班となった。班長は俺と美空の推薦で大星に押し付けられている。
まぁおかげで退屈しない修学旅行にはなるだろうが……他のクラスの生徒達が修学旅行の計画に浮かれている中、俺は全然そんな気分になれなかった。
まず、この修学旅行で俺は丸三日間、月ノ宮から離れることになる。ネブスペ2原作でも朧や大星達が修学旅行を楽しんでいる様子がちらっと描かれるが、第三部のメインは一番先輩やローラ会長達三年生だ。つまり俺が烏夜朧として修学旅行を楽しんでも第三部のシナリオには何も意味がないのである。
俺としては思い出の一つとして修学旅行を楽しみたいのだが、その裏で月ノ宮で起きる第三部のイベントの方が心配だ。第三部の各ヒロインの色んなイベントが起きる時期だし、第二部で俺が記憶喪失になって多くのイベントを逃した時のようにバッドエンドになりかねない。
しかも、本来第三部で一番先輩がローラ会長に告白されるはずなのに、その立場が俺にすり替わってしまった。俺としてはなんとしてでも一番先輩に他三人を攻略してもらいたいから気合を入れたいところなのだ。
「大阪はやっぱりたこ焼きとかお好み焼きとか食べたいねー」
「通天閣や大阪城にも行ってみませんか?」
「あと住之江の競艇場とかどう?」
「修学旅行で競艇に行くバカがいるか」
そしてもう一つ、俺のテンションが上がらない理由は……未だこの現実を受け入れられずにいるから、と言うべきだろうか。
誰かの記憶のどこかに朽野乙女や琴ヶ岡ベガの記憶が眠っていないかと俺は探っているものの、めぼしい成果は出ていない。夢那やテミスさんも協力してくれているが、夢那が一年生に聞き回っても誰もベガのことを覚えていないという。テミスさんは占い師としての本業もあるから忙しいだろうに、合間を縫って俺のことを気にかけてくれているから本当に助かっている。
どうしてこうも上手くいかないのだろうか。例えその後のことが面倒な事態を引き起こすとしても、ネブスペ2の登場人物達が幸せな結末を迎えられるなら俺はそれで良い。この身を投げ捨てるのは流石に最終手段だが、第一部はまだ上手くいっていた方だった。
しかし第二部は俺が記憶喪失になったことで色々と困った事態になったが、やはり朽野乙女と琴ヶ岡ベガがこの世界から消失してしまったことが一番のショックだった。乙女は烏夜朧の幼馴染であり前世の俺の最推しキャラであり、ベガは短期間とはいえ恋人同士だった。
これまでの努力が水の泡になってしまったようで俺の気力もすっかり失われてしまっている。いっそのことネブスペ2のことなんて忘れて修学旅行でリフレッシュするべきなのだろうか。
結局他のことで頭が一杯な俺は殆ど修学旅行の計画に意見を出すことはなかったが、大星達が意見を出し合って進めてくれていた。
そして迎えた放課後、俺は気落ちしながらも校門前で待ってくれているシャルロワ家の車に乗って帰ろうと思ったのだが……今日は車が停まっておらず、代わりに俺を待っていた人物が一人。
「遅かったわね」
そこにいたのは、両手で学生鞄を持つローラ会長だった。十一月に入り大分冷えてきたからか、ブレザーの制服の上から赤いカーディガンを羽織っている。
彼女は通りがかる生徒達に優しく挨拶をしていて、俺は慌ててその側へと向かった。
「ど、どうしたんですかローラ会長?」
「何って、今日は一緒に帰りたいと思ったのだけど」
「あ、歩いてですか?」
「大丈夫よ、私服の護衛部隊が警護してくれているから」
俺とローラ会長が交際していることは殆どの生徒に知られていないため、俺はとりあえず校門から離れてローラ会長と一緒に歩き始めた。
ローラ会長が第三部で一番先輩といきなり交際を始めたのは、シャルロワ家の次期当主である自分に申し込まれるお見合いに嫌気が差したからで、シャルロワ家の関係者以外にそんなイチャイチャしてる姿を見せる必要はないはずだ。
今後のことや乙女やベガのことで頭が一杯だった俺はローラ会長と何を話そうか悩んでいたが、隣を歩くローラ会長が先に口を開いた。
「二年生はもうすぐ修学旅行ね。その後に月学で何があるかわかる?」
「卒業式ですか?」
「どうやら貴方は一刻も早く私を卒業させたいみたいね」
「いやそういうわけじゃないですよ」
俺のちょっとしたボケがローラ会長に通じたのか通じてないのかわかんねぇ。十一月は修学旅行で、その後に二年生は進路相談、そして十二月の頭に期末考査があり、その後は──と、俺はあるイベントを思い出した。
「あ、生徒会選挙ですか?」
確か十二月の半ばぐらいに月学の生徒会選挙があるはずだ。現生徒会長であるローラ会長が引退するタイミングであり、ネブスペ2第三部において中々重要なイベントだ。
「貴方の知り合いに生徒会長に推薦したい生徒はいないかしら?」
「そうですね……」
まぁ順当に行けば二年生の立候補者が大体受かるものだが、俺の知り合いで生徒会長に向いているのは……大星はやる気なさそうだからダメ。美空はパワー極振りだからダメ。ムギはこの学園を私物扱いしそうだからダメ。
「スピカちゃんとかどうですかね。品行方正で学業も優秀ですし、人当たりも良いですよ」
まぁ、ここは二年生随一の優等生であるスピカだろう。作中でも一番先輩達から誰かいないかと尋ねられた時に朧もそう答えていたし、そのまま普通に生徒会長になっていた。
だが、原作とこの世界は少々状況が異なる。
「そう、彼女ね……」
第一部のイベントが進んでいた六月のこと、ローラ会長はスピカが丹精込めて育てていたローズダイヤモンドの花を千切って台無しにしたことがある。それは原作にないイベントだから俺は本当に困ったが、ローラ会長がスピカに謝罪して、スピカも普通に許していたから何だか丸く収まったようになっている。
だが結局、どうしてローラ会長がそんな奇行に走ったのか、その理由は謎のまま。まぁ「愛の力なんてバカバカしい」とよく言っているローラ会長のことだから俺は何となく察しているが、一番不気味なのはスピカやムギが特に気にすることなくローラ会長のことを許していることだろう。俺みたいに何か脅されたりしたのかな。
「ちなみに本人は立候補したいと言っているの?」
「いえ、まだ聞いてないですけどやってくれると思いますよ」
「そう。副会長には誰が適任だと思う? 男女一人ずつ欲しいのだけど」
「そりゃ二年生きってのバカップルがお似合いですね」
なお、生徒会長であるスピカの元で副会長を務めるのはなんと美空と大星なのである。まぁ皆仲が良いから人間関係で困ることはないだろう、俺は生徒会の役員になんてなりたくないし。
「一年生で役員に立候補してくれそうな生徒はいないかしら?」
「そうですね……ワキアちゃんもすっかり元気になりましたし、生徒会活動とかに興味とかありそうですよ」
多分俺と親しい一年生の中で一番生徒会役員にふさわしかったのはベガだったと思う。原作でもそうだったし。一応他にもワキアやカペラも参加していたが、夢那にはなってほしくないな……俺の手伝いしてほしいし。
とまぁ新しい生徒会長や生徒会役員が誰になるかなんて、第三部のシナリオの進行には殆ど影響がないはずなのだが、自分が引退した後のことまで考えているのはなんともローラ会長らしい。
「ローラ会長はもう進学先とか決まってらっしゃるんですか?」
「いえ、私は一般受験よ」
「そうなんですか?」
「いくら裕福だからって簡単にコネで裏口入学出来るわけじゃないのよ」
「いやそういうのを疑ってるわけじゃないですけど」
確か原作だと一番先輩が日本トップクラスの大学に進学する一方で、ローラ会長は海外に行くとかどうとか言っていたはずだ。いくつか候補があったはずだが、何か推薦入学じゃないのは意外だ。
「ちなみに、僕達のこの関係っていつまで続くんですか?」
と、月ノ宮駅前の赤信号の横断歩道の手前で立ち止まったタイミングで、俺は原作の一番先輩と同じ質問をローラ会長に投げかけた。
一番先輩もローラ会長も進学先が違うから、そこで離れ離れになってしまう。一番先輩はローラ会長をライバル視していたとはいえ、シャルロワ家という特殊な環境で当主という立場となったローラ会長のことを気にかけていたからこその質問だったのだが……会長は前を見据えたまま口を開いた。
「私は、もう少し続けたいと思っているけれど?」
「……そのもう少しっていうのは、具体的にどのくらいですか?」
「少なくとも私の卒業までね」
「そうですか」
原作と同じ答えだ。
だが、俺はそれを喜ぶべきだろうか。
ネブスペ2第三部においても、ローラ会長は一番先輩のことが好きだったというわけではなく、偽物の恋人としてでっち上げるには、身近な人間の中で一番都合が良かったというだけだ。
しかし……このネブスペ2という作品において、一番恋に恋い焦がれていた少女が、その夢を叶えたいという願望を強く抱き始めるタイミングでもあるのだった。




