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レギー先輩編③ 初めての先輩の家



 レギー先輩ことレギュラス・デネボラは、ネブスペ2第一部のヒロイン勢の中ではスピカと争う屈指の人気ヒロインで、前世の俺がネブスペ2で最初に攻略したヒロインでもある。


 レギー先輩は八年前のビッグバン事件で両親と弟を失っていて、今は駅前のアパートで一人暮らしをしている。月ノ宮学園には寮も備わっているのだが、あまり集団生活を好まない先輩は、学校に通いながら劇団の稽古に励み、そして舞台に出演するという多忙な毎日を送っているのだ。


 「コーヒーにミルクつけるか?」

 「あ、お願いします」


 レギー先輩が住むアパートの部屋はワンルームで、おしゃれで可愛らしいインテリアなんかは一切なく、テレビやパソコンなんかは置いてあるが家電は必要最低限という感じだ。部屋の殆どを占めるのは、大量に積み上げられた舞台の台本と映画のDVDやBDで、飾り気のない先輩の熱意を目の当たりにする。


 「な、なんか映画でも見るか? 好きなの選んでいいぞ」

 「いや、そんなお気遣い大丈夫ですよ。すぐに出るので」

 「そ、そうなのか?」


 簡素なちゃぶ台の上に、真っ黒なアイスコーヒーが入ったカップが置かれた。先輩は俺の向かいに座ると、ぎこちない笑顔を浮かべながらコーヒーにミルクを入れていた。


 「飲まないのか?」

 「え? あ、いや、飲みますよ」


 俺はコーヒーが入ったカップを手に持った。ミルクも入れずに、真っ黒な液体をまじまじと見つめる。

 

 ……。

 ……飲めない。

 俺、このコーヒーを飲むと死ぬ気がする。


 きっと、このコーヒーには睡眠薬が入れられていて、そして俺がその作用で眠った隙に先輩はこの部屋に火を放つに違いない!


 いや、落ち着くんだ、俺。

 そんな何の脈略もないトンデモ発想が出来てしまうのは、それがレギー先輩ことレギュラス・デネボラルートで用意されている最大のバッドエンドである通称『業火』エンドだからだ。


 レギー先輩ルートに突入しても、選択肢をミスったり、最後の問題でヒロインの願いを当てられなかったりとグッドエンドの条件を満たさなかった場合、七夕である七月七日にレギー先輩の家に呼び出された大星は、先輩から出されたコーヒーに口をつけるが、実はそれに睡眠薬が入っており、大星はまんまと眠ってしまう。

 するとレギー先輩は部屋の中にガソリンを撒き火を放ち、大星と共に永遠の眠りにつく。


 これは全てが失敗して自暴自棄になったレギー先輩が、大星と二人だけの世界に行こうとすることで起きるのだが、このエンドでも燃え上がるアパートから二人を助けに行こうと突入した朧が死んでしまう。

 わざわざ朧が死ぬ必要あるのかね、これ。死ぬとわかってるのに、わざわざ火災現場に突撃する度胸はないぞ。


 そんな背景もあり、俺はレギー先輩が入れてくれたこのコーヒーを飲むのを非常に躊躇っている。ぶっちゃけ飲みたくない。ネブスペ2がたまにノベル死にゲーなんて呼ばれ方をされる所以である。



 ていうか俺、なんでレギー先輩の家に上がり込んでるんだよ!? 自分から死地に入り込んだようなものだぞ!?


 でも俺は、己の欲望に逆らえなかった! 例え俺は死を引き換えにしてもレギー先輩の部屋に入ってみたかったんだ! 

 そもそも美空に媚薬を盛れなかった時点で俺の計画は狂ってしまってるんだよ!


 となれば、もう逃げるという選択肢なんてない。グッバイ乙女、俺はこの世界がループものだと信じてこのコーヒーを飲むぜ!


 「い、いただきます!」


 俺は一気にアイスコーヒーを飲み干した。独特の風味はあるが、程よい苦味のある美味しいコーヒーだ。


 ……そもそも俺、睡眠薬入りのコーヒーなんて飲んだ経験がないから、判別がつかないなこれ。まぁ、眠くならないことを祈ろう。


 

 「あの、先輩。体調の方は大丈夫そうですか?」

 

 対面に座るレギー先輩は少しうつむきがちだが、まだ耳まで真っ赤で息も荒い。たまにチラチラと俺の方を見る先輩の目が何だか猛獣っぽくて怖いんだけど。

 

 「え? あぁいや、何だか胸焼けっていうか、妙に落ち着かなくて……」

 「七味が原因ですか?」

 「わ、わからない……」


 例えネブラ人がアストルギー反応が出る地球の食物を、地球人が宇宙の食物を口にしてもアナフィラキシーショックのように命に関わる事態に陥ることはなく、まぁ……過剰に性的興奮を覚えるというぐらいだ。

 多分、目の前にいるレギー先輩もそうなってる。


 おそらく、レギー先輩自身はあまりこういう経験がなくて、これがアストルギーによるものだと気づいていないのだろう。


 「確か、それってネブラ人が地球の食べ物を摂取した時に出るアストルギー反応ですよね? 時間が経てば治るって望さんが言ってましたよ」

 「そ、そうなのか……」


 しかし考えてみてほしい。もし学校や仕事場、飲食店でこんなことになったらどうする? 場合によっては倫理観がぶっ飛んだ性魔獣になりかねない。


 そのため、ネブスペ2に登場するヒロイン達はそういったアストルギー反応が出る食物を避ける傾向にある。コーヒーが嫌いというスピカも、コーヒーを飲むとおしとやか要素が完全に消えてテンションがおかしくなってしまうように。


 残念ながら検査でアストルギーが出る宇宙食物を調べられないため、たまにこういうことが起きてしまうのだが。


 「レギー先輩が大丈夫なら、僕はもうお暇しますけど」

 「いや、朧。その、そうだな……オレ、あまりこういうことないから、ちょっと、その……どうすればいいのか、わからなくてだな」


 いや俺だってわかんないんですけど? ムラムラしてる異性を目の前にしてどうしろと? 

 少し頭のネジが外れたエロゲ主人公だったら事を始めてもおかしくないぞ。


 「もし、もしもの話なんだけどな? もし救急車とかが必要な事態になったら困るんだ。だから、オレが落ち着くまではいてほしい。も、勿論、お前が嫌じゃなければの話だけどな?」


 何かいつもの先輩らしくない。めちゃくちゃ歯切れが悪いけど、不器用ながらも必死に頼んできてて可愛い。


 俺の中で欲望と倫理観が激しくぶつかり合う。本来、俺はあの時美空と出くわして、そして美空はアストルギーによって今夜の天体観測までずっとムラムラしてたんだ。

 ってことは俺、夜まで先輩と一緒にいないといけない? 


 でもこういうのは良くない。俺の中の天使が今すぐ帰った方が良いと告げている。


 俺が鋼の精神を持って耐えたとしても、より興奮状態にあるレギー先輩が耐えられるのかわからない。俺としては確かにレギー先輩のことが大好きだけども、今のレギー先輩は正気じゃない。例え向こうから襲ってきても、それはレギー先輩の本意ではなく気の迷いなのだ。


 俺だって己の欲望に忠実に生きたいが、かといって不純な関係になりたいというわけではないのだ。


 だがこのチャンスを逃すのか? 俺の中の悪魔が己の欲望に正直になれと告げている。


 考えてみてほしい、俺は確かにネブスペ2というエロゲの世界にどういうわけか転生した。今のレギー先輩もそうだし、展望台で美空が宇宙生物の触手に襲われていたりとエロゲっぽいイベントも起きている。


 だが、前世で俺が画面越しで見ていたシナリオ通りの展開になるのかはわからないのだ。もしかしたら、急にレギー先輩の容態が悪化する可能性だってある。


 「わかりました! レギー先輩のためならなんでもしますよ!」

 「す、すまないな」


 俺は胸を張ってドンッと胸を叩いた。グッバイ乙女、俺はレギー先輩に屈してしまったかもしれない。



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