表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

256/465

選べるなら、死地へ旅立つ



 『私のお願い事、叶ったんです』


 俺は琴ヶ岡ベガという少女について夢那に説明したが、やはり夢那の記憶から彼女の存在は消えてしまっていた。夢那の連絡先からもベガの名前は消えていたし、この前のヴァイオリンのコンクールについて調べても、一位をとったのは他の参加者にすり替わっていた。


 『私が欲しかったのは……なんだと思いますか?』


 俺の思い出の中にだけ残る、琴ヶ岡ベガという幻の少女。


 『楽しみにしてますね、烏夜先輩』


 今朝、俺はベガと出会って一時に待ち合わせることを約束していた。しかしそこにベガの姿はなく、それどころか乙女と同様にこの世界から消えてしまったのだ。

 俺の頭はまだ混乱していたが、居ても立っても居られずに夢那と一緒にテミスさんを探した。校舎内を駆け回っていると、ボードゲームの出し物をしている教室で無邪気にはしゃいでるテミスさんの姿を発見し、話をするために人気の少ない校舎裏へと向かった。


 「二例目ってことね」

 「テミスさんも覚えてませんか?」

 「全然ね。私も琴ヶ岡のところのお嬢様は一人しか知らないもの」


 俺はベガと親交のある美空や幼馴染であるアルタ達やルナ、他の一年生達にも聞いて回ったが、やはり誰もベガのことは覚えておらず、皆がワキアが一人っ子だと思っていた。クラス名簿やベガの名前が載っていそうな資料も調べたが、やはり記録からも抹消されてしまっているのだ。

 おそらく彼女のことを覚えているのは、この世界で俺だけだ。


 「夢那、この前の月見山の騒動も覚えてない? 僕がネブラ人の過激派に追われてた時の」

 「それは覚えてるけど、兄さんが一人で追われてたとしか覚えてないよ。変な人形が助けてくれたって聞いたけど」

 

 ベガが関わったあらゆるイベントについて夢那達に聞いて回ったが、どのイベントからもベガがいなくなっても問題ないように整合性がとられてしまっている。十月末のヴァイオリンのコンクールだってそうだ、俺だけが知らない誰かの応援のためにワキアや夢那と一緒に行ったことになっているし、七夕の事故も被害者は俺だけになっている。

 これじゃ……まるで元からベガがこの世界に必要なかったみたいじゃないか。


 「ボロー君。消えた二人に何か共通点ってないの?」

 「いや……全然思い浮かばないですね」


 ベガと乙女の共通点は何だ? 性別が同じってことぐらいしかわからない。ネブスペ2原作においても二人に何か関わりがあるわけでもないし、何か秘密を抱えているようには思えなかった。


 「ボロー君はその子と中庭で待ち合わせしてたのよね? ならもう一度中庭に行ってみましょう、何か痕跡があるかもしれないわ」


 ベガの存在がどの時点で消えたのかは不明だ。俺が最後にベガの姿をこの目で確認したのは今朝のことで、俺と別れてすぐに消えてしまった可能性もあるが、もしかしたらベガはこの世界から消失する直前まで中庭で俺のことを待っていてくれたかもしれない。

 そんな僅かな希望を持って、俺達は中庭の一角にある数台の自販機前まで向かった。中庭では既に吹奏楽部のコンサートが始まっていて他の生徒やお客さん達の目はそっちに向かっていたが、俺は自販機前のコンクリートの地面に光るものが落ちていることに気づいた。


 「これは……」


 俺は、地面に落ちていた金イルカのペンダントを拾い上げた。名前が刻まれているわけでもないため誰のものかはわからないが、俺が乙女から預かっているやつは今も持ち歩いているから、もしかしたらこれはベガのものだろうか。


 「ベガという子もそれを持っていたの?」

 「はい、そうです。乙女も持ってました」

 「え、じゃあそれを持ってる人が消えちゃうってこと?」


 確かにベガも乙女もこの金イルカのペンダントを持っていたが、このネブスペ2という作品の中には他にもこのペンダントを持っているキャラは多く存在する、夢那だってそうだ。それが共通点というわけではないだろう、対象者が多すぎる。


 「そのペンダントから何か探れないかしら。ボロー君、それを手のひらの上に置いて」

 「こうですか?」

 「そうそう。今から念を送るから、何を感じたか正直に話して頂戴」

 「へ?」


 するとテミスさんは俺の手のひらの上に置かれた金イルカのペンダントにそっと手を添えた。念を送るとかちょっとどういう感覚かわからないが、ふと目をつぶると──全く違う世界が目の前に広がっていた。


 ---

 --

 -



 『明日世界が滅ぶとか、何かそういう映画でも見たのか?』

 『面白かったよ、パリの街は消し炭になったけど』

 『穏やかじゃないな』

 『でも入夏ってさ、世界を救うためなら喜んで死にに行きそうだよね』

 『褒められてるのか全くわからない言葉なんだが?』


 誰もいない教室、秋風がカーテンを揺らす窓際の席で俺達は他愛もない話をしていた。よく世界滅亡の予言が云々と話題になることがあるが、そんなものは大抵外れるというか所詮はオカルトの産物で、隕石が降ってくるだとか核戦争だとか、世界の滅亡なんて直前になるまでわからないだろう。


 『でもあーゆー映画ってさ、世界が滅亡するとか小惑星が衝突するとか壮大な出来事がメインになってるけど、その根幹にあるのって人間ドラマなんだよ。それは家族や友人、恋人への愛とかね。最後の時を愛する家族と一緒に過ごす人もいれば、愛する人を守るために戦いに行く人もいるし、別れを覚悟する人だっているんだから。

  入夏はさ、愛する人を地球に置いて喜んで宇宙に旅立ちそうなんだよね』

 『なんか仕事と私のどっちが大事なのって言われてる気分だ』

 『どっちが大事?』

 『流石に世界の存亡がかかってたら宇宙に旅立つだろうなぁ』

 『ほらやっぱりー』


 そういう最後を迎えるなら、最後にテレビ通話とか電話でかっこいい決め台詞を言って別れを告げたいなぁ。だって地球を救うと覚悟したのに、最後に死ぬ時に情けなく叫びながら死にたくないもん。

 いや、そんな未来なんて絶対に来ない方が良いし、俺だって死に方を選べるなら家族に看取られて老衰で死にたいし、いざそんな時が来たら大渋滞を起こした高速道路に避難を阻まれた一般市民として死んでそうだなぁ。


 『そういうお前はどうなんだ? 地球の存亡と愛する人だったらどっちを取る?』


 すると彼女は、窓から入ってきた秋風に艷やかな黒髪をなびかせながら笑顔で口を開いた。


 『私はね、両方を取るよ』


 ……。

 ……いや卑怯だろ、その答え。


 『その選択肢があるなら、俺が薄情者みたいになるだろうが。お前は地球を救った上で無事に帰還することが出来るのかよ』

 『そういう映画もあるもーん』

 『そういうのは大抵終盤のご都合主義的展開で無理矢理大団円にしてるだけだろうが』

 『でもそんなハチャメチャな展開の末にズッコンバッコンするのもエロゲっぽいでしょ?』

 『ズッコンバッコンって言うな』


 思ったよりこいつの頭の中にはお花畑が広がっているようだ。だがそんなメチャクチャな考え方というか、我が道を行く感じがなんともこいつらしいとも思える。


 『一応言っておくが、そういう重要な人物の死ってのも物語のスパイスになるんだからな? お前、この前好きな漫画のキャラが作中で死んで発狂してただろ』

 『それで終わるのも良いけどさ、やっぱりおまけ的な感じで大団円なエンディングも付けたくなるじゃん? ほら、その人を皆の力で助けるとかさ。私達で考えようよ、この世界を救う方法を!』

 『いやあくまでお前が作った話の中のことだろうが』


 ……。

 ……そういえば誰だろう、こいつ。

 俺と親しく話してる、しかもエロゲの話が出来る関係性のこいつは一体何者だ?

 乙女じゃない、こいつは前世の俺の────。



 ---



 「はぁっ!?」


 俺はガバッと飛び起きた。どうやら俺は保健室のベッドに寝かされていたようで、ベッドの側にはテミスさんと夢那が椅子に座って、急に飛び起きた俺に驚いていたようだった。


 「に、兄さん!? や、やっと起きたね」

 「な、なんで僕はここに?」

 「落ち着いてボロー君。自分の名前言える?」

 「烏夜朧です」

 「良かった、また記憶喪失になったらどうしようかと思ったわ」


 この世界に転生してからこういう保健室とか病室のベッドで目覚めることが何度もあったから、俺もすぐに状況を理解してどうして自分がここに運び込まれる事態になったのか、それをすぐに思い出した。


 「あっ、テミスさん。あのペンダントに何かありました?」

 「私にはわからないわ。ボロー君はどうだった?」

 「……いや、それが全然覚えてないんですよ」


 何か夢を見ていたような記憶はあるが、目覚めたと同時に全て吹き飛んだような気がする。夢那は俺が乙女から預かっていたもの、そしてベガが持っていたものと思われる金イルカのペンダントを俺に渡してくれたが、それに手を触れても何も感じなかった。


 「急にボロー君が倒れたからびっくりしたわ。もしかしてボロー君、前世に何かトラウマとか持ってる?」

 「さぁ……身に覚えはありませんけど」

 「兄さんが覚えてる前世の記憶って、もしかしてゲームのことだけ?」

 「大体はそうだね」


 もしかしたら俺が倒れている間に見ていた夢の内容が前世に関するものだったかもしれないが、思い出そうとしても全然思い出せなくてとてももどかしい。

 だが、ベガが持っていたであろう金イルカのペンダントをきっかけに、俺は一体何を思い出そうとしていたんだ?



 夢那から水を貰って一息ついて、この世界から消失してしまったかもしれないベガの行方について考えようとした時、ふと窓の外を見ると空はすっかり暗くなっていた。


 「あれ、今何時ですか?」

 「六時前ね」

 「そろそろロケットとか花火が打ち上がる頃だよ」


 つまり星河祭がフィナーレを迎える時だ。ネブスペ2原作なら第二部でアルタが攻略したヒロインと良い感じのエンディングを迎え、そして第三部が始まる──俺はそれらのイベントがちゃんと原作通りに円滑に進んでいるか見届けなければならない。

 保健室で休んでいる場合ではない。すぐに生徒会室まで行って、外から会長と一番先輩の会話を盗み聞きをしないと──俺がそんな焦りを感じていた中、突然保健室の扉が開かれた。


 「烏夜、こんなところにいたのか」


 保健室へやって来たのは、制服のブレザーや白シャツを真っ赤に染め、いつもは整った七三分けの髪もビショビショでメガネも割れてしまっている一番先輩だった。


 「のわああっ!? 一番先輩、何があったんですか!?」

 「教室内でトマト祭りを開いたバカな連中がいてな。この有り様だ」

 

 誰だよ学園祭中にトマト祭り開いたの。いや、俺も生徒会のボランティアやってたから一通りの出展とか演目に目を通したけど、それやってたの一番先輩達のクラスじゃねぇか。ちゃんと楽しんでるじゃん。

 確かネブスペ2原作の一番先輩もこんなふざけた格好でシリアスな場面に突入していたが……一番先輩はハンカチで顔に付いたトマトの汁を拭きながら口を開いた。


 「烏夜、会長からお呼び出しだ」

 「はい? 会長からですか?」

 

 ……。

 ……俺が、会長から呼び出し? このタイミングで? もうすぐ第二部が終わって第三部が始まりますよって重要な局面なんですけど? その裏で起きてしまった琴ヶ岡ベガの消失の対応を急ぎたいんですけど?

 俺がまさかの呼び出しに戸惑っていると、状況を察した夢那が一番先輩に聞こえないように小声で言う。


 「ねぇ兄さん。これって本当は一番先輩が呼び出されるところじゃないの?」

 「う、うん。そのはずだね」


 そう、ネブスペ2原作なら一番先輩が会長に生徒会室に呼ばれて、そこで会長に告白されるはずだ。これ、何かがおかしいぞ。


 いや、よく考えろ俺。

 第二部の始まりを思い出せ。本来はアルタが事故に遭って記憶喪失になるはずだったのに、どういうわけか俺が事故に遭って記憶喪失になった。そう、烏夜朧とアルタの立ち位置がすり替わってしまったのだ。

 つまり……。

 

 俺、会長から告白されるってことですか?


 「兄さん、何か悪いことしたの?」

 

 夢那が不安げな表情で言う。

 まぁ、そっちの方が現実的な話ではある。一番先輩と会長は同じ生徒会役員として、しかも同級生だから結構親交はあったが、俺も何度か会長と話したとはいえそんなに良い印象を持たれてるとは思えない。

 だから、何か巡り巡って俺がシャルロワ家に消されるって未来しか見えないんだが。


 「烏夜、お前が一体何をしでかしたのかわからんが粗相のないようにな」


 いや一番先輩だってそう思ってるもん。これ邪魔者を一旦消してスッキリしてから一番先輩に告白するつもりなんだろ、会長さんよ。


 行きたくないんだけどこれ、俺どうすればいいんだ? 例え告白されたとしても、会長以外のヒロインからなら嬉しいんだけど、会長だけはちょっと勘弁してほしい。画面越しに見てる分には良いんだけど会長、お前のルートヤバすぎるんだよ。


 「ボロー君」


 行こうか行かまいかどうしようか俺が悩んでいる中、ずっと黙り込んで俺のことをジーッと見ていたテミスさんが口を開いた。

 

 「心配しなくていいわよ、行ってきなさい」


 いつもは俺の死相が濃くなったとかやめた方がいいとか引き止めてくるテミスさんが、初めて俺の背中を押した。


 「ほ、本当ですか?」

 「私の勘ね」

 「あ、占いとかじゃないんですね」


 だが俺は今までに何度もテミスさんに助けられてきた。そんなテミスさんの助言なら、俺も覚悟して行こうじゃないか。


 「達者でな、烏夜」

 「骨は拾ってあげるよ、兄さん」

 「お葬式には良いお弁当を用意してね」


 もうなんか俺が死地へと旅立つ前提で三人に見送られたが、俺は震える体と吐き気を催すような不安と戦いながら、会長が待つ生徒会室へと向かい、扉の前に立った。


 「二年一組の烏夜朧です。シャルロワ会長はいらっしゃいますか?」


 生徒会室の扉をノックし、俺は中の様子を伺った。星河祭のフィナーレイベントは校庭で催されるため、校舎内にはもう生徒は残っていないようで異様な静けさに包まれていた。


 『どうぞ』


 中から会長の返答が聞こえ、俺は意を決して生徒会室の扉を開いた。


 少しでも面白い、続きが読みたいと思ってくださった方は是非ブックマークや評価で応援して頂けると、とても嬉しいです!

 何卒、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] え?ベガ、ホントにこのまま退場?? 悲しい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ