四人の織姫編③ 別荘襲撃作戦
十月十一日。よく晴れた今日、会長の別荘の周囲の木々も秋の訪れを告げるかのように赤や黄色に染まり始めていた。
一見すると普通の豪邸なのだが(普通の豪邸というのもおかしいが)、邸宅内の各所には監視カメラが設置されており、庭では使用人らしき女性が作業をしていて抜け目がない。
そして大きな門の側に警備員こそ配置されていないものの手動では開けられなさそうな仕組みになっていて、正面から入ることは不可能。勿論塀を登るのも危険だし日中だとバレバレだろう。流石はシャルロワ財閥のご令嬢、後継者として名高いエレオノラ・シャルロワの別荘なだけはある。
しかし、そんな邸宅に魔の手が迫ろうとしていた!
「スラー!」
月ノ宮宇宙研究所から逃げ出した宇宙生物その一、ネブラスライム。
「クパー!」
月研から逃げ出した宇宙生物その二、ネブラタコ。
「ダンゴー!」
月研から逃げ出した宇宙生物その三、ネブラダンゴムシ。
「マイー!」
そしてネブラマイマイと他に数十匹もの宇宙生物が会長の別荘を襲撃する!
「な、何だ!?」
「ネブラスライムにネブラタコにネブラダンゴムシに、これ月研から脱走した宇宙生物か!?」
高い塀なんてなんのその、別荘に侵入した大量の宇宙生物の出現に使用人達は最初こそ応戦しようとしていたが、核爆弾にも耐えられるという謎の防御力を持つ宇宙生物達に成す術なく襲われていく。
「マイマイ~」
「まずい! このままではお嬢様がエロ同人みたいにされてしまうぞ!」
「急いで月研に連絡しろ!」
刃物や銃弾すら効かない宇宙生物を大人しくさせる方法はただ一つ、彼らの好物を与えることだ。というわけで宇宙生物への対処のエキスパートである月研の専門チームが派遣された。
「ど~も~宇宙生物を回収しに来ました~」
月研の公用車とトラックが会長の別荘に到着すると、ぞろぞろと職員が車から降りる。その頃にはもう会長の別荘に侵入した宇宙生物達に多くの使用人が襲われてしまっていたが、彼らは早速多種多様な宇宙生物の好物を持って作業に取り掛かった。
そんな中、トラックから降りた白い作業服の少年──アルバイトで参加していたアルタがトラックの荷台のドアを開いた。
「烏夜先輩、今ですよ」
丁度トラックの裏側は監視カメラの死角であり、なおかつ会長の別荘に勤める使用人達が殆ど無力化されている今ならと──月研の職員に変装した俺はトラックの荷台から降りた。
「ありがとうアルタ君」
「もし烏夜先輩に何かあっても流石に僕は何も擁護できませんよ」
「ここに入れただけで十分だよ。じゃあ、僕には重大なミッションがあるから行ってくるよ。エル・プサイ・コングルゥ」
「アリーヴェデルチ」
それで別れの挨拶を返すの、用法として合ってるのか?
そんなことはいいとして、一応本当のバイトとしてやってきたアルタは真面目に宇宙生物の回収へと向かい、俺は監視カメラの死角である生け垣の裏へと隠れながら移動する。
周囲の様子を確認すると、管理がズボラな所長に振り回され続けている優秀な月研の職員達は次々に宇宙生物をなだめて回収している。俺も一応作業員に変装しているから堂々と歩いていても良いのだが……はて、ここからどうしよう。
俺のプランはこうだ。
まず、月研から月見山へと放たれた宇宙生物をしこたま集めて会長の別荘へと連れて行き襲撃させる。会長の別荘に勤める使用人達では対処出来ないだろうから月研へ連絡するだろうと見込んで、月研でのバイト経験もあるアルタに頼んでこっそりトラックに乗っけてもらう。
そして折を見てトラックから降りて会長の別荘に侵入する……ここまではびっくりするぐらい順調なのだが、問題はここからだ。
俺は監視カメラに気をつけつつ人目につかないよう庭を移動し、会長の別荘の建物を観察する。
海に映える白を基調としたモダンな二階建ての邸宅は、大きさとしては琴ヶ岡邸に劣るがちゃんと手入れの行き届いた綺麗な花々で彩られた庭、そして大きなプールなんかもあって、テレビとかで見るアメリカの有名人の邸宅のような雰囲気だ。暴れまわる宇宙生物、成す術なくやられた使用人達、回収に奔走する月研の職員達の姿さえなければの話だが。
確かいつもベガがヴァイオリンのレッスンしている部屋は、海が一番よく見えると会長がヒントをくれたはずだ。
この邸宅からだと月ノ宮海岸は東側にある。おそらく大きな窓でも付いているのだろうと考えていると、二階の角にある少し突き出した部屋、青い海が反射したガラス張りの部屋の奥にピアノのようなものが置かれているのが見えた。
あそこだ、あの部屋に違いない。だがどうやって入れば良い?
まず俺はこそこそと建物へと近づいて、中に入る方法を探る。俺は宇宙生物を回収しに来た職員としてここに来てるから最悪バレても問題ないのだが、果たして中に入って怪しまれないものか──すると突然、裏口の扉が勢いよく開かれたため、俺は建物の陰に急いで隠れた。
「ダンゴー!」
「ま、待てー!」
建物の中から体を丸めたネブラダンゴムシが勢いよく飛び出てきて、そしてそれを丁度アルタが追いかけていった。
いやあいつら、建物の中にまで入ってたのか。しかし丁度裏口のドアが開かれっぱなしになったため、俺は急いで中へと入った。
建物の中は意外と質素、というか物が少ない。アストレア邸や琴ヶ岡邸だと高級そうな壺や芸術品が至るところに飾られていたりしたのだが、裏口から廊下に出ると観葉植物や絵画が飾られてるぐらいで……この絵、なんか見覚えあるな。もしかしてレギナさんの絵か?
いや、強盗に来たわけじゃないんだから建物の中を物色している暇はない。使用人にバレないよう気をつけながら廊下を進み、二階へと続く階段を登る。
確かさっき外から見えた部屋はこっちの方向で、角を曲がって……すると、廊下の奥に黒い扉が見えた。何の部屋かは書かれていないものの、扉に金色の音符の装飾が施されてるからかなりそれっぽい部屋だ。
俺は恐る恐る扉を開き、部屋の中へと入った。
「誰も、いない……?」
白い壁に囲まれた部屋の東側はガラス張りになっていて、白く輝く月ノ宮海岸と青い海が一望できた。部屋の中にはピアノやヴァイオリン、さらにはフルートやハープなんかも置かれていたが、肝心のベガの姿がなかった。
そう、そもそもおかしかったのだ。もしベガがいたならヴァイオリンの音色が聞こえてくるはずだった。
しかしベガも会長もいない無音の部屋で俺が立ち尽くしていると──。
「よくここまで辿り着いたわね」
「どわーい!?」
後ろから突然声が聞こえ、俺は慌てて後ろを振り返った。するといつもの可愛らしいクラシックロリータファッションの会長が笑顔で佇んでいた。
「外で何か騒ぎが起きていると思ったら、これも貴方の計画だったの?」
「ま、まぁそうですね」
「意外と手荒なことをするのね。てっきり宅配業者にでも変装して来るのかと思ってたわ」
まぁ最初はそういう案も考えていたが、多分ドアホン越しに怪しまれるだろうなぁと思って、もっと合法的に入れる手段が無いか模索した結果がこれだ。ありがとう宇宙生物達、ありがとうアルタ。君達の犠牲は忘れない。
だが、俺がこんな手荒な手段を使ってまでこの別荘に侵入したというのに、目的のベガの姿がない。それを会長に聞こうとした瞬間、彼女はこの部屋の扉を閉めて、カチャッと鍵を閉めた。
……え、鍵を閉めた? なんで閉めたんですか?
「さて、私の別荘に侵入した不届き者にはお仕置きが必要ね」
「え?」
「どんなお仕置きが良い? 当家で飼っているネブラワニの飼育小屋に放り込まれるなんてのはどう?」
「それはお仕置きっていうか死にませんか?」
ていうかシャルロワ家ってワニとか飼ってんの? あんな凶暴な生物を可愛いと思って飼ってんのか、金持ちっていう生き物は。
しかし俺が宇宙生物を使って会長の別荘を荒らして侵入したというのは紛れもない事実だ。会長のお仕置きを受け入れるしかない状況に俺が怯えていると、会長はフフッといたずらっぽく笑って口を開いた。
「冗談よ。私はただ、貴方がどんな手段を使ってこの別荘に入るか気になっただけ。まぁ利口な方だとは思うわ」
「お褒めいただき光栄です」
「でも貴方を許したわけじゃないから、一つ質問に答えて」
え、その質問に答えたら死んじゃうやつ? 絞首刑か電気椅子のどっちが良いかみたいな質問か?
闇に葬られてしまうんじゃないかと俺が未だに怯えていると、会長は真面目な表情で口を開いた。
「七月七日の七夕の日、私と出会ったのを貴方は覚えてる?」
「え……あぁ、そういえばそうですね」
第一部の最終日である七月七日、月ノ宮神社で七夕祭が開催されていた日。俺はベガの元へ駆けつける途中で月見山の麓で会長と偶然出会っている。
「あの時、貴方は何をしていたの?」
……。
……え、何だこの質問。どうして今更そんなことを?
いや、会長視点だと俺の行動は確かに異常か。かなり慌てた様子で山の中から飛び出してきて、誰か見かけなかったかと会長に聞いて、そのままベガの元へと向かい事故に遭った、と。
もしかしたら会長は、ベガが事故に遭うという未来を俺が予測していたと考えているのかもしれない。
「会長はあの時、月見山の中腹にある小さな広場でベガちゃんを見かけてますよね?」
「そうね。あの時はベガだとは気づかなかったけれど」
「実は月見山に殺人鬼が出るみたいな妙な噂を聞いて、このままだとベガちゃんが危ないと思って向かったんです」
本来第二部のプロローグはアルタが事故に遭うところから始まり、本来ベガが事故に遭うはずではなかったのだ。俺もあの時はまさかベガが事故に遭うとは思ってなかったから、正直に会長に説明した次第だ。
結局あれ以来それらしい噂は聞いたことないが、会長は眉をひそめながら言う。
「殺人鬼の噂? 誰から聞いたの?」
「僕の友人です。夜に展望台の下に広がる森の中で誰かの死体と怪しい人影を見かけたらしくてですね。結局死体自体は見つかってないんですけど……」
「いつ頃の話?」
「六月ぐらいですね」
すると会長は腕を組んで何やら考え込み始めた。前に俺達と揉めていた芸術家の男が展望台の下で死んでいた事件はあったが、結局あれは転落死ってことで処理されてしまったし、一番怪しい会長は知らぬ存ぜぬという立場だったから真相は謎のままだ。
会長にしては珍しく何やら悩んでいるようで、一時すると不安げな面持ちで会長は話し始めた。
「実は私にも殺人鬼の噂が回ってきていて、私も気になって調査をしていたの。でも結局それらしい証拠もないままね」
「え、そんなに広まってるんですか?」
「貴方の友人みたいに、死体とその側で怪しい人影を見かけたという目撃情報は結構あるの。でもすぐに警察が駆けつけても死体すら見つからないから、怪奇現象という扱いで広まっているわね」
な、何だその怖い話。新手のS◯Pだったりする?
しかしネブスペ2原作にはそんな話一切出てこないから、マジで何のことかわからない。これ何? 俺が転生したことによってバタフライエフェクトでとんでもないこと起ころうとしてない?
そんなことを考えていると、ふと俺の視界にヴァイオリンが映った。そしてそういえば、と気づいて俺は会長に聞いた。
「あの、ところでベガちゃんは?」
「そういえばまだ来ていないわね。いつもなら予定時刻よりも早めに来るのに、もう過ぎてる……」
丁度その時、俺の携帯の着信音が鳴り響いた。電話をかけてきたのはワキアだ。わざわざ電話だなんて珍しいと思って、俺は電話に出た。
「もしもし。何かあったのかい?」
『烏夜先輩。今どこにいるの?』
「え? 会長の別荘にお邪魔してるよ」
電話の向こうからはじいやさんや使用人達らしき声も聞こえてきて、何やら切迫した雰囲気が伝わってくる。
すると、電話口からでもわかるほどの動揺を感じさせながらワキアが言う。
『さっき、お姉ちゃんから電話があったの』
「ベガちゃんから?」
『変な人達に追われてる、って』
ワキアのその一言だけで、俺は状況を全て理解できたような気がした。俺の表情を見た会長もまた同様に理解したらしい。
ベガに、危険が迫っているだと────?
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