白鳥アルダナ編⑦ 悩殺レッスン初級編
月ノ宮駅前のケーキ屋サザンクロス。ケーキだけでなく様々な種類のお菓子を売っている月ノ宮の名店で、夏の間に期間限定で始めたケーキバイキングが好評で今も続いている。俺もかれこれ何度か通っているが、その度結構食べてしまっているから健康的にちょっと不安なところはあるが、若い内じゃないとこんなに食べられないから今の内に食べておこう。
このサザンクロスもシャルロワ財閥と関係があり、店長ではないもののこのお店を事実上仕切っているのが、月学の先輩であり第三部のヒロインの一人でもあるロザリア・シャルロワ。エレオノラの腹違いの妹になる。
「アンタ、また違う女を連れてきたわね」
ワキアとルナとテーブルを囲んでケーキバイキングを満喫していると、ピンク色のリボンで留めた金髪のツインテールが特徴的なロザリア先輩に呆れられてしまった。前にベガやキルケやカペラとも一緒に来たことがあるし、確かに俺が彼女を取っ替え引っ替えしてるみたいだなぁ。
「ローラお姉さん、私達デート中なんだ~」
「いや比率おかしいでしょ。なんで女の子二人いんのよ」
「それが僕にもわからないんですよ」
ワキアとルナは普通に受け入れているけど、絶対におかしいと思うんだよねこの状況。俺は両手に花って感じだから全然良いんだけど。
「朧パイセンってロザリア先輩とお知り合いなんですか?」
「何度か会ったことはあるよ」
「ロザリア先輩といえばこのケーキバイキングの発案者で、このサザンクロスの色んな人気メニューを考案したって有名な方じゃないですか! 本当に美味しいですね、このケーキ」
「そ、そう言われると中々悪くないわね。ゆっくりしていきなさい」
俺も前にケーキバイキングを利用したことはあるが、何度食べても全然飽きが来なくて、料金設定も学生に優しいぐらいだし今日も大盛況だ。サザンクロスの美味しいケーキを堪能してワキアやルナも楽しそうで何よりだ。
俺は血糖値だとかコレステロールだとか色々な数値が頭をよぎってしまうが、朧の体なら大丈夫だろう。
「実際さ、烏夜先輩って私とルナちゃんのどっちが好き?」
ワキアの急な質問に俺は思わずむせてしまった。せっかくケーキバイキングを堪能しようとしていたのに急になんて話を始めるんだこいつは。
「正直に言うと、僕の心は何度もワキアちゃんに陥落させられそうになったよ」
「むしろ朧パイセンはよく耐えてますね」
「じゃールナちゃんも頑張らないとねー」
「わ、私も!?」
勿論ワキアもルナの恋路を応援したいという気持ちがあるのだろうが、それと並行してルナをいじりたいという願望が見え隠れしているな。
「烏夜先輩はどういうのにときめくの?」
「甘えられるのに弱いね」
「成程ね。私の妹力にメロメロってわけだ。じゃあ同じく妹属性のあるルナちゃんにも勝機はあるよ」
ワキアには双子の姉であるベガがいて、そしてルナには兄のレオさんと姉の紬ちゃんがいる。何なら第二部のヒロインの一人である夢那も俺の妹だから、第二部のヒロインの四人中三人が妹属性を持っているのだが、そう思うとネブスペ2って妹というか姉妹が多いな。シャルロワ家に関しては色々事情があるし、姉妹ってのはあくまで戸籍上の繋がりぐらいにしか見えないが。
「でも、わぁちゃんにはベガちゃんという良いお姉さんがいるじゃないですか。私の兄と姉ってあんなのですよ?」
「あんなのって言わないであげてルナちゃん」
「じゃああまり甘えたこととかないの?」
「甘えたことがないというか、そもそも甘え方ってのがわかんないです」
ワキアは自分の武器を最大限に駆使しているが、確かにルナってあまり妹っぽいところは見受けられない。本人があんなのって言うぐらいに姉や兄が頼りないからしっかりと育ってしまったのかもしれないが、人は時に甘えることだって重要だろう。
「じゃあ甘える練習をしてみようよ!」
「甘える練習……?」
「確かにワキアちゃんって甘え上手だなぁとは思うね。何か参考になることはあるかもよ」
ワキアは病弱だったというのもあって、自然と誰かを頼る方法を身に着けていっただろう、というかそうせざるをえなかった。甘え上手というのも一つの長所にもなるし、やはり全部一人でやって苦しむよりも誰かを頼る術を知ることも重要だ。
「はいっ、まずは烏夜先輩に体を引っ付ける!」
「失礼しますっ」
「そして上目遣いで!」
「こ、こう?」
「猫みたいに甘える!」
「にゃ、にゃーん?」
「そしてちょっとしたワガママを言う!」
「え、えっと……な、何かワガママありますかね?」
いや知らんけども。だがワキアのレクチャーのおかげか俺への効果は抜群だ!
「そして時には引いてみる!」
「い、忙しいなら大丈夫ですよ」
「貴方だけですよという特別感を出す!」
「こ、こんなこと頼めるの朧パイセンだけなんですからね……?」
「時には強めのワガママも!」
「夜更けに突然会いたいなんて言っちゃいます!」
「そして甘えた後はちゃんとお礼を言う!」
「ありがとうございました!」
夜更けにルナから会いたいって連絡来たらすぐに月ノ宮神社まで向かうわ。もう足の骨折なんて忘れてダッシュするだろう俺は。
「さ、流石はわぁちゃん。なんだか熟練の業が見えますね」
「でもアルちゃんには中々効かなかったんだよね。あのアルちゃんを落としたキルケちゃん、相当出来る子だよ」
まぁアルタって素直じゃないからツンデレみたいなところはあったけど、確かに作中の描写で見ててもワキアの悩殺術が効いてるイメージはなかったな。アルタは甲斐性もあるし、どこか庇護欲がくすぐられる子がタイプだったのだろうか。ワキアも十分その範囲にあると思うんだが。
「わ、私が上手く朧パイセンに甘えられるかな?」
「じゃあ私がお手本を見せるよ。ね~烏夜先輩。今度の星河祭さ、暇があったら一緒に周ろうよ~。ウチのクラスはコスプレ喫茶をやるけど、烏夜先輩は私のどんなコスプレが好き?」
「巫女コス」
「即答じゃないですか。朧パイセンはどんだけ巫女コスが好きなんですか?」
「星河祭の最後に打ち上がる花火を見たカップルは結ばれるって伝説知ってる? 私は烏夜先輩と一緒に見たいなぁ……勿論、二人きりで」
俺の腕に抱きついてきて猫のように甘えてきて、上目遣いで、こっちの要望にも応え、そして最後には儚さも見せてくる。
ワキア、もしかして無敵か? 病弱だった部分が無くなったら弱点皆無じゃないか。病弱設定の奴の病気が治って無敵になるの反則だろ。
「ちなみにルナちゃんはどうする? このままだと私が烏夜先輩を独占しちゃうよ?」
「お、朧パイセンは私のどんなコスプレが見たいですか?」
「巫女コス……と言いたいところだけど、和装メイドとか見てみたい」
「わ、和装メイド……?」
「中々良い趣味を持っておりますな、烏夜先輩」
月ノ宮神社が実家であるルナの巫女服姿も良いものだが、他のコスプレも見てみたい。月学のブレザーの制服も見慣れてるから、夢那が通ってた学校の制服とかセーラー服姿も見てみたい。これ完全に俺のワガママだな。ネブスペ2原作でも中々お目にかかれないから見ておきたい。
「その……朧パイセン。私と一緒に花火、見たくないですか?」
「見たい」
「じゃあ私はどうするの、烏夜先輩」
「一緒に見るってのはダメ?」
「ダメー」
多分スピカやムギ、レギー先輩にも誘われると思うんだけど、また俺は究極の選択を強いられることになるのか? 第一部最後の七夕祭のときもその選択を迫られかけたが、あの時は俺が事故に遭ったから有耶無耶になったが……。
「まー星河祭までは待ってあげるよ、烏夜先輩。最後まで悩んだら私達で烏夜先輩を分割するから」
「それポーランド分割より残酷なことにならない?」
星河祭までにどうしようもなかったら、最終手段として実は俺が前世の記憶を持ってて十二月二十四日に死ぬってことをバラすのもアリか。それまでにテミスさんにだけは話を通しておこう。
サザンクロスでケーキバイキングを堪能した後、まだ遊び足りないとのことで駅前にある小さなゲーセンで時間を潰した。前にワキアにあげたぬいぐるみをルナが欲しいとのことで格闘していたが、まぁまぁな金額を費やしてゲットすることが出来た。
「大分ワキアちゃんも元気になってきたね」
「なんだか本当に治っちゃったのかな~って感じだよ。次の定期検査で問題なければ、体育の授業にも出れるかもしれないんだ。まだ体力はそんなにないけど、色んなスポーツしたいな~」
あのクソ不味い薬を飲んでからワキアは本当に元気そうで、病弱という属性を打ち消したワキアは新しい人生を満喫している。
「あ、中間考査が終わったら皆でボウリングに行かない? ワキアちゃんもボウリング好きでしょ?」
「烏夜先輩はまず自分の足を治してからだねー」
「ごめん忘れてたよ」
「足の骨を折ってるの忘れることあるんですか?」
せっかくワキアが元気になったのに、すぐにワキアとボウリングとかテニスが出来ないのは残念でならない。一緒にラウンドニャーのスポッチャとかで遊んでみたいよ。
「朧パイセン、メチャクチャボウリング上手いんですよ。一緒に朧パイセンを倒しましょう」
「え、ルナちゃんって烏夜先輩と一緒にボウリング行ったことあるの?」
「うん、夏休みに」
「……へー。二人でそんなのやってたんだー。やることやってんねー」
ちょっと拗ねたワキアの姿もこれまた可愛らしい。あれ取材って名目だったけど思い返せば思い返すほどあれただのデートだっただろ。
そんなことを話しながらゲーセンを出て月ノ宮駅前のロータリーを歩いていると、改札から出てきた一人の少女を見て、ワキアが足を止めた。
「あ、お姉ちゃんだ」
ワキアに呼び止められた長い銀髪で青いリボンを付けた少女が、足を止めて俺達の方を向く。
「べ、ベガちゃん……」
「か、烏夜先輩……」
おそらくヴァイオリンのレッスン帰りだったのだろう、ヴァイオリンケースを携えた制服姿のベガは俺と目が合った途端に戸惑ったような表情を見せた。
こうしてベガと顔を合わせるのは一体いつぶりだろうか。もしかしたらちゃんと顔を合わせたのは、俺が記憶を取り戻した日以来かもしれない。今まで学校でベガと会おうとしても逃げられたし、琴ヶ岡邸に向かっても面会を断られてしまう程だった。
「ご、ごめんなさいっ」
「ベガちゃんっ!?」
ベガは一言俺達に向かって謝ると、タタタと走り去ってしまった。追いかけたかったが未だに松葉杖をついている俺が追いつけるわけもなく、ただベガの後ろ姿を眺めるしかなかった。
俺は思わず溜息をついてしまう。
ベガとの関係をどうにかしなければならない。ベガが出来心で嘘をついていたことなんて俺は気にしていないのだが、おそらく本人が気負い過ぎている。もうすぐベガの大事なヴァイオリンのコンクールも控えているから側で応援してあげたいのだが……唇を噛みしめる俺の姿を、ワキアとルナは心配そうな面持ちで見ながら口を開いた。
「ねぇ、烏夜先輩。お姉ちゃんと何があったの?」
俺とベガとの間に起きた異変に最初に気づいていたワキアからは何度も聞かれているが、その度俺は答えを曖昧にしていた。俺が悪く思われる分には良いのだが、中々デリケートな問題だったから口外するのが慮られたのだ。
「朧パイセン、ベガちゃんに何かしたんですか?」
「……色々とあったんだよ」
いや、俺は前に進むべきだろう。二人にひた隠しにしたところで他に事態が改善する方法も思い浮かばない。
「ちょっと込み入った話になるから、少し人気が無いところに行かない?」
「も、もしかしてそう言って私達を人気の無いところに連れ出して、あんなことやこんなことを……!?」
「ちょっと黙っててわぁちゃん。こ、ここら辺だと公園とかですかね? でも今の時間はちょっと人がいるかも……」
するとワキアは周囲をキョロキョロと見回してから、俺に視線を戻して口を開いた。
「ねぇ、烏夜先輩ってこの近くに住んでるんだよね?」
「うん、あそこのマンション」
「じゃあさ、烏夜先輩の家で話そうよ」
「え?」
「お、朧パイセンの家で!?」
……今日は長い一日になりそうだ。
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