白鳥アルダナ編③ キルケの幸せはボクの幸せ
何か頭の中をずっとルナの自撮り写真が巡っていたが、帰宅すると玄関に見慣れない靴が二つ。
一つは新しくこの家に住むことになった俺の妹、夢那の革靴だ。夢那が前に通っていた竹取大附属は月学と若干革靴のデザインが違うが殆ど見た目は同じ。
そしてもう一つは月学指定の革靴だった。
「あ、おかえり兄さん」
廊下の奥から姿を現した茶髪のポニーテルの少女、夢那。
「お邪魔してます、烏夜先輩!」
そして彼女の奥から顔を出したのは、夢那より少し小柄な水色の髪の少女、キルケだった。
「やぁキルケちゃん。ちょっと狭いかもだけどゆっくりしていってね。ご飯とか食べてく?」
「せっかくだしボクと一緒に作ろうよ」
「え、良いんですか? では私も手伝わせていただきます!」
俺が帰ってきた頃には丁度夕飯時だったため、三人で一緒に夕食を作ることになった。
いやぁ、今まで全然望さんが帰ってくることもなかったから一人でご飯作ってたけど、こうして誰かとご飯を作るのも楽しいなぁ。
「か、烏夜先輩! 夢那さん! とても目が染みますよこれ!」
「そりゃ玉ねぎを切ってるからね」
「うわあああああん!」
キルケ、君は本当に見てて飽きない子だね本当に。玉ねぎ切ってるだけなのにこんなに面白いことあんの。
そんなこんなで美味しそうなカレーが出来上がり、三人で食卓を囲む。夢那も普段から料理をしていたそうで、キルケもおっちょこちょいなところはあるけど料理の腕はある方だ。
「まさか夢那さんと一緒の学校に通える時が来るとは思いませんでしたね。しかも夢那さん、転校初日なのにもうたくさんのお友達を作ってて凄いです」
「ボクが月ノ宮に住んでた頃の友達も残ってたし、皆優しくて助かるよ。勿論キルケちゃんもね」
今まで家に一人でいることが多かったから、こうして誰かとご飯を食べるなんて不思議な気分だ。今後は夢那と一緒の生活だし、キルケのように夢那の友達が遊びに来ることもあるかもしれないと思うとちょっとワクワクする。
「もうすぐ星河祭だけど、二人のクラスの出し物って確かお化け屋敷だっけ?」
「うん、そうだよ。キルケちゃんは嫌がってたけど」
「だって怖いじゃないですか。キャストとはいえ暗闇の中で待機するのは嫌ですよ」
俺は実行委員の会合にお邪魔したから各クラスの出し物を把握しているが、確かにキルケってお化け屋敷苦手そうだなぁ。
「兄さん達のクラスは何するの?」
「メイド&執事喫茶だよ」
「……烏夜先輩の推薦ですか?」
「そんな軽蔑したような表情で見ないでよキルケちゃん。これも学園祭というイベントの定番だよ」
半ばスピカやムギ達のメイド服姿を見たいという気持ちもあったが、そもそも俺達のクラスがメイド&執事喫茶をやるのはネブスペ2原作通りだ。俺は原作通りに動いただけだしーそれにクラスの皆が賛成しただけですー。
「あ、そういえばボク達の隣のクラスはコスプレ喫茶をやるって言ってたよ」
「メイド喫茶とは違うの?」
「巫女さんとか忍者とか看護師とか、色んなコスプレをするみたいですよ。衣装の貸出サービスもするとかなんとか」
その発想はなかったなぁ。こりゃ無理矢理にでも大星達を連れていかねばなるまい。俺も実行委員(偽物)の一人としてメイド&執事喫茶とコスプレ喫茶に潤沢な予算を回さないとな。
そんな世間話を交えつつ夕食を終えて片付けも終わると、夢那とキルケはリビングで勉強を始めていた。やはり学校が違うと習っている範囲が異なっているのもあってキルケが月学での履修範囲を夢那に教えていたのだが、いつの間にか逆に夢那がキルケに勉強を教えていた。
「えっと……夢那さん、もしかしてかなり頭良いですか?」
「学年一位だったよ」
それマ? そういや一年で一番頭の良いベガと張り合えるぐらいなんだっけか。元々夢那が通っていた竹取大附属も中々の進学校だから、そこで一位とか月学で一位の朧よりヤバいだろ。
「あれ? もしかして烏夜先輩と兄妹二人揃って秀才なんですか?」
「兄として誇らしいね」
「昔から兄さんは頭が良かったからね。ボクもずっと勉強を頑張ってたよ」
「夢那さん。もうすぐ中間考査もあるので、よろしければ私のテスト勉強を手伝ってくれませんか?」
「うん、勿論」
隣り合って勉強する二人を傍目に、俺も同じく中間考査が迫っているため勉強に励む。夏休みは色々と忙しかったからかなり精を入れないとな。
それより……今、リビングの机に向かっている夢那とキルケの後ろにあるソファ。その下の収納には、俺と大星がかき集めたアダルティなDVDのコレクションが眠っている。今までは全然気にしたことなんてなかったけど、夢那と一緒に暮らすことになった上にキルケみたいな女友達が遊びに来る可能性も考えると、流石にそこは隠し場所として無防備過ぎるかもしれん。
なんかキルケがそういうものを見つけてしまった時のリアクションも気になるけど、もう大星のコレクションの分はもうあいつに送り返してやろう。
テスト勉強を続けて二時間も経った頃。流石にキルケの集中力が切れて魂が抜けそうになっていたので休憩をとることにした。
「そういえば、夢那さんはまたノザクロでバイトするんですか?」
「うーん、ちょっと迷ってるかなぁ。色んな部活に興味あるし、何なら生徒会に入ってみたいんだ」
「せ、生徒会ですか……なんだか生徒会長になってそうですね、夢那さん」
「だったら僕みたいに長期休暇の時だけ短期で入るぐらいで良いかもよ。それともアルタ君達が恋しい?」
「アルタ君のことが一番恋しいのはキルケちゃんなんじゃないかな~」
「わわっ、そ、そうでもないですよ!」
そういえばキルケがアルタと付き合うことになったの、夢那はまだ知らないのか。ていうか当人以外に知ってるの、もしかして俺だけか?
すると恥ずかしそうにモジモジしていたキルケは、決心がついたのか夢那の方を向いて口を開いた。
「じ、実は夢那さんにご報告があります!」
「え、何?」
「その……私、アルタさんとお付き合いをすることになったんです」
「へ?」
夢那は口を開けたまま信じられないという様子で、一旦俺の方を向く。俺は知っていたから、その現実に頭が追いついていない夢那にうんと頷くしかなかった。そして夢那はキルケの方に視線を戻すと、さらに大きく口を開いて叫んだ。
「……ええええええええええええええええええええええええっ!?」
林間学校でキルケが遭難した出来事こそ夢那は知っていたが、その後キルケがアルタに告白して、その恋が成就したことまでは知らなかっただろう。その経緯をキルケは顔を赤くしながら恥ずかしそうに夢那に説明し、その話を聞いていた夢那はずっとポカーンとしていた。
「それもこれも、夢那さんや烏夜先輩のおかげです。明日は一緒にお出かけする予定で……」
「え、初デート!?」
「あぁいや、アルタさんの買い物についていってみたいと私がワガママを言っただけなんです」
明日は平日だから放課後に二人で買い物に行くのか。するとずっと呆然としていた夢那が我に返り、キルケの両肩をガシッと掴んで言う。
「いいやキルケちゃん。それは紛うことなきデートだよ。ボクからアドバイスするとすれば……もう大胆にアルタ君と手を繋いだり腕を組んだりしちゃいなよ。そしてそのままアルタ君の家に上がり込んで──」
「待て待て夢那、初デートなのに展開がぶっ飛びすぎだよ。それにアルタ君は月学の寮で生活しているんだ」
「じゃあキルケちゃんがアルタ君を家に誘っちゃえば良いんだよ! 今はお父さんもお母さんも仕事でいないけどってわざわざ強調して誘いなよ!」
なんか夢那がすごく興奮してるんだけどどうしたよこれ。夢那自身は彼氏を作ったことないとか言ってたけど、もしかしてまぁまぁ恋に恋い焦がれてるタイプか?
「あの、私はおじいちゃんやおばあちゃんとも一緒に暮らしてて、どっちかは必ず家にいるんですよ」
「え、同じ家に?」
「建物は別ですけど、敷地は一緒です」
「なら大丈夫だって! そのまま良い雰囲気を作って押し倒せば──」
「いや落ち着くんだ夢那。キルケちゃん、ダメだよこんなの参考にしちゃ」
「やはり勝負下着は黒や赤の方が良いんでしょうか……」
「キルケちゃんも落ち着くんだ」
キルケ、前に林間学校に行く直前にも勝負下着がどうだとか話してただろ、どんだけ勝負したいんだよ。
と、夢那のアドバイスこそちょっとぶっ飛んではいたものの、明日のデートは頑張りなよと俺と夢那はキルケに伝えて、キルケは帰っていった。何か尾行したいぐらい気になるけど流石にやめておこう。
「いやー、まさか本当にキルケちゃんがアルタ君と付き合うなんてビックリだよ」
「僕も最初に聞いた時は驚いたよ」
「キルケちゃんはボクから見ても可愛いところがたくさんあるけどさ、それよりもアルタ君が告白されてOKを出す光景が想像つかないんだよね。誰に告白されてもNOを貫き通しそうで」
うん、なんかそれは夢那に同意する。俺も結構キルケと親睦を深めてきたが、ネブスペ2のヒロイン勢に負けず劣らず魅力もあるし、何よりキルケと一緒に過ごす人生って楽しそうだなと思える。前世でネブスペ2をプレイしていた時はそこまでキルケに思い入れはなかったが、個別ルートが用意されていないモブでありながら見事下剋上を果たしたキルケには頑張ってもらいたい。絶対バッドエンドとか迎えるんじゃないぞ、俺死んじゃうから。
「ボクが月ノ宮から帰った後もキルケちゃんとは結構連絡を取り合ってたんだけどさ、毎日月ノ宮で起きた出来事をボクに伝えてくれてたんだ。でも段々その話題がアルタ君のことだとか恋愛に関することに変わっていったからもしかしてと思ったら……キルケちゃんの笑顔を見てると、何だかボクまで嬉しくなってきちゃうよ」
「もしかして夢那もアルタ君のこと好きだった?」
「うーん、どうなのかなぁ。むしろキルケちゃんの方が好きかも」
ネブスペ2第二部の夢那ルートだと、夢那がアルタに告白することで二人の交際は始まるのだが、やはりアルタに惚れていたキルケや琴ヶ岡姉妹達とのバトルが始まってしまう。元々仲睦まじい彼女達の仲が険悪になったり引き裂かれたりするのは心が痛いが、画面の向こうで見ている分にはそれも物語のスパイスとして面白かったものだ。
だが……今の夢那の様子を見る限り、アルタに対する未練なんて一切感じられないし、本当にキルケの恋を応援しているように見えた。
まさか夢那、お前本当にヒロインじゃなくなってしまったのか?
エロゲではないですが、私の好きな恋愛ゲームの最新作が発表されて一人舞い上がっております。




