十六夜夢那編⑩ 大切な親友だから
「ざべえべばぁぼぉんべでんば~」
夢那と一ヶ月ぶりに再会したキルケは、もうぐっちゃぐちゃに泣きすぎて正常に言葉を発せなくなっていた。そんなキルケに抱きつかれている夢那は最初こそ戸惑っていたものの、泣きじゃくるキルケの頭を笑顔で撫でていた。
「そんなに喜んでくれてボクも嬉しいよ、キルケちゃん。元気してた?」
「えべべんべべ~」
「何言ってるか全然わかんないねこりゃ」
「あばば~」
まさか夢那とキルケがこんなに親しくなるなんてな。原作でも一応バイト先も一緒だから仲は良かったはずだが、まさかここまでとは。
そして、騒がしいのがもう一人。
「ミーはベリーベリーハッピーだよおおおおおおおおおおおっ!」
いやうるせぇなマスター。夢那と別れる時も似たような泣き方してただろこの人。
一方で同じノザクロのスタッフだったレオさんは呆れた表情をしていた。
「レオさんは久々の再会、嬉しくないんですか?」
「いや、俺だって喜びの涙ぐらい流したいけど、なんか涙も引っ込んだわ」
そして流石にこのままだとキルケが本当に人間じゃなくなってしまいそうだからと、レオさんが冷水をキルケに渡した。
「ほらキルケ、これでも飲んで落ち着くんだ」
「ぷはーっ。それでどうして夢那さんは月ノ宮に戻ってこられたんですか?」
「いや落ち着きすぎだろ」
ようやく落ち着いたキルケが夢那の体を話すと、夢那は少しシュンとした様子で話し始めた。
「えっと、実は最近ボクの両親が事故で亡くなって……月ノ宮の親戚に引き取られることになったんだ」
「えっ、ご、ご両親を亡くされたんですか!?」
「あっ、いや、そんな気を遣わなくてもいいよ? こんな形にはなっちゃったけど、ボクもこの街で新しいスタートを切ろうと思って帰ってきたから」
経緯が経緯なだけに他の皆も戸惑い心配そうな面持ちをしていたが、さっきまであんなに泣いていたキルケがまた目をウルウルとさせていて、再び涙を溢れさせながら夢那に抱きついていた。
「夢那さああああああん! さぞお辛いでしょう! 今日から私のことを家族と思っても良いんですよおおおおおおおっ!」
「か、家族?」
「お母さんでもお姉ちゃんでも良いですから、何か困ったことがあったらなんでも頼ってくださいね!」
「き、キルケちゃん……」
いやキルケ、お前良いやつだな。友達のために涙を流せる奴は良い奴だって俺のばっちゃが言ってたような気がするぜ。
と、そんな感動的な場面を目の前にしてこっそりカメラを構えていたルナが一言。
「でもキルケさんは姉ってよりかは妹という感じがしますね」
「妹!?」
「むしろボクは愛玩動物っぽい可愛さがあると思うね」
「わかる~」
「わかるんですか!? それってつまりペットってことですよね!? か、カペラさんはどう思われますか?」
「えっと、小型犬みたいで可愛いと思うよ?」
「まんまペットじゃないですか!? か、烏夜先輩はどう思われますか!?」
「まぁ、うん……」
「否定してくださいよ!?」
だって夢那に構ってもらってる時のキルケ、犬みたいにブンブン尻尾振ってそうなんだもん。でもキルケのそういう自分の気持ちに素直で感情表現が豊かなところ、嫌いじゃないぜ。むしろ段々好きになってきたぐらいだ。
月ノ宮で夢那が出会えた親友がキルケで良かったと本当に思える。
「ごめんねワキアちゃん、せっかくの退院祝いなのにボクがお邪魔しちゃって」
「いやいや、凄く盛り上がったし私も久々に会えて嬉しいよ~。夢那ちゃんも月学に通うの?」
「うん、そうだよ。転校するのはちょっと先だけど楽しみだな~あ、そういえばなんだけど……」
ワキア達と仲良く談笑していた夢那が、突然俺の元へとやって来て隣に立つと、笑顔で皆に言う。
「実はボク、烏夜さん……ううん、兄さんの妹なんだ」
そう、皆に隠していた、いや隠していたつもりはないが皆が知らない事実がもう一つ。
それは、夢那が烏夜朧の実の妹だということだ。その情報もまたちょっとしたサプライズになるだろうと思っていたら──。
「え、ええええええええええええええええええええええええっ!?」
夢那が俺の妹だとしっているワキア以外の全員が、まるで信じられないというように驚いていた。
いや、そんな驚く? 夢那がサプライズで出てきた時よりも驚いてるじゃん。
「朧パイセンって妹さんがいたんですか!?」
「全然似てないじゃないですか!?」
「な、何か裏で取引が……?」
「僕ってそんなに信用ない?」
「ボローボーイにシスターがいたなんてミーは初めて知ったよ」
「どーりでルナの扱いが上手いんだな、カラス」
「烏夜先輩の妹ってちょっと羨ましいな~私も妹になりた~い」
俺と夢那の兄妹関係に何も怪しいことはないと伝えるため、俺と夢那の複雑な家庭環境についてさらっと説明すると皆はようやく納得してくれた。
「もしかして夢那さんが探していた人って烏夜先輩のことだったんですか?」
「うん、ボクが月ノ宮に戻ってきた目的はそれだったんだ。どういうわけか記憶喪失になってたけどね、ボクの兄さん」
「夢那ちゃん、烏夜先輩のこと兄さん呼びなんだね。なんだかグッとくるものがあるよ」
「そ、そう?」
「ルナさんはお兄ちゃん呼びですもんね」
「機嫌悪い時は時は俺のことをクソ兄貴とか呼んでくるけどな。なぁ試しに兄さんって呼んでみてくれね?」
「あ゙?」
「随分ドスの利いた呼び方だな」
まさか夢那が俺の妹だという事実にあんなに驚かれるとは思っていなかったが、夢那との再会に皆が喜んでくれたようで何よりだ。夏休みにはこの輪に入っていたベガやアルタがいないことは心残りだが、二人とは学校で会うことも出来るだろう。
そんなことを考えていると、何かがコンコンと叩かれる音が聞こえてきた。見ると、お店の外側から誰かが扉を叩いていた。
「えっ、まさか……」
外から扉を叩いていたのは、自転車に乗っていたアルタだった。俺が扉を開けると、ゼェゼェと息を切らしたアルタが中へと入ってきた。
「あれ、アルちゃんだ。バイトの方は大丈夫なの?」
「今から行くとこだけど、ちょっと寄ったんだよ。烏夜先輩、夢那が帰ってきてるなら早く言ってくださいよ」
「いや、アルタ君も忙しいかと思ってね」
「僕だって友人との久々の再会を喜ぶぐらいの人並みの感情は持ってるつもりですよ」
実はパーティが始まる直前に、俺はLIMEでアルタに連絡を入れていた。今日、君の仲間が帰ってくるよと。
アルタ、君なら忙しい合間を縫ってでも来てくれると信じてたぜ。
「それはともかく、おかえり夢那」
「わ、わざわざありがとねアルタ君。久しぶりだね、その説はお世話になりました。これから月学に通うからよろしくね。あ、ちなみにボク、この人の妹だから」
「どうも夢那の兄です」
「は? なにこれ人身売買で摘発した方がいい?」
「どんだけ僕は信用ないんだい?」
アルタは夢那に軽く再会の挨拶を、そしてワキアに退院おめでとうと伝えた後、次のバイトがあるからと自転車で颯爽と去っていった。
アルタも自分の生活があるし連絡を入れても来てくれるかどうかわからなかったが、友人との再会のためにわざわざ息を切らして自転車で颯爽と現れるの主人公過ぎるだろあいつ。
そしてワキアの退院祝いと夢那のサプライズが終わると、二人はマスター達からノザクロのお菓子をもらってお開きとなった。
「ボク、ちょっと不安だったんだ」
帰り道、お土産の紙袋を抱えながら夢那が照れくさそうに笑って言った。
「ボクが思っているより、皆にとってボクの存在ってそうでもなかったんじゃないかなって。でも……こうしてまた皆に温かく迎え入れてもらって、ボク、とても安心したよ。
ありがとね、兄さん」
「なんで僕にお礼を?」
「兄さんが今も生きてくれていたから、ボクもここにいるんだから」
何? 夢那、自分のバッドエンドをちょっと醸し出してる? 夢那のバッドエンドだと夢那を庇ってアルタが事故死するし俺もさも当然のように巻き込まれて死ぬからマジでやめてくれよ。
「僕も夢那が良い友達を持ってて安心したよ」
「キルケちゃんはちょっと大げさ過ぎると思うけどね」
「ちゃんと可愛がってあげなよ?」
「うん、大切なな親友だからね」
俺にはまだ、気がかりが一つある。
夢那は、アルタのことが好きなのだろうか?
アルタとキルケが付き合っていると知った時、夢那はどんな反応をするのだろうか?
第一部では一時的とはいえスピカとムギの関係が悪化したこともあったから、そんな未来も頭をよぎってしまう。
俺は、夢那とキルケの仲が引き裂かれるのは見たくない……。
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