十六夜夢那編⑧ 消えた一等星
『どうして、お星様は輝いてると思う?』
突然幼馴染から投げかけられた問いに、俺は深く考えることもせずにパッと答えた。
『恒星が放った光が何年何十年もの月日をかけてここまで届いたから、なんてのはダメか?』
『ダメだね。全然ダメ。面白くない』
例えば太陽系の中心である太陽という恒星は嫌になるほど暑苦しい光を放っているし、地球の衛星である月や他の惑星は恒星が放つ光の反射によって輝いて見えることもある。じゃあなんで恒星が輝いて見えるのか、それは恒星の内部で核融合反応が……だとか、詳しい話までは覚えていない。夜空に光る星の中には太陽よりも大きな天体もあるらしいが、スケールが大きすぎて全然想像つかない世界だ。
『例えばね、古代の人が神話をモチーフに星に名前を付けたり星座を作ったり、七夕伝説なんてのもあったり……そういうのってさ、地球に住んでる私達が勝手にそう名付けただけで、もしかしたら当人達は全然違う物語を考えてるかもしれないじゃん?』
『星のそれぞれがってことか?』
『そう。例えばベガなんてさ、勝手に織姫星って呼ばれて彦星のアルタイルに無理矢理嫁がされたけどさ、本当はデネブのことが好きかもしれないじゃん』
夜空に光る星それぞれが恋愛感情を持っていると思っているのか、こいつは。確かに星座や星の呼称はあくまで地球人にとってのカテゴライズに過ぎないが、そもそも地球外生命体なんてものが確認されていないのだから他に呼び名があるだなんて考えられないし、考える必要もないだろう。
しかし、俺の幼馴染はそれで納得しないようだ。
『私がさ、恋愛が絡んだお話を書いてる時……その物語に登場する人達は、基本私が決めた筋書きの中でしか動かないんだよ。だって全部私が作ったものなんだから、私の言う通りにしか動けないはずなんだよね。
でも、たまに……まるでその人が私にそう訴えかけてるんじゃないかって思うぐらい、ひとりでに動き出すことがあるんだ』
『お前ホラーの話でもしてるのか?』
『ううん、全然ホラーなんかじゃないよ。寝床で刺されかけたことはあったけど』
『やっぱりホラーの話をしてたのか?』
恋に憧れがあればあるほど筆が進むと幼馴染は言っているが、果たして恋愛経験に乏しいこいつがまともな話をかけるのだろうか。前に見せてもらったエロゲのシナリオは、あらすじ自体は良かったが……。
『でもさ、皆の望みを叶えようとしたらとんでもないことになっちゃうんだ。多分文章量だけでも三倍から五倍ぐらいになるの。だから犠牲になってもらうしかないんだよね……』
『助けようとは思わないのか?』
『私は全然書けるけど、読みたいなら書いてあげるよ』
『読まされる方としては勘弁してもらいたいもんだな』
大体自分にとっての超大作を仕上げたところで、それが一般受けするか、売れるかどうかなんてものはわからない。俺にそういうクリエイティブな活動はわからないが、どれだけ自分なりに苦労して完璧なものを作り上げたとしても、他人からは評価されず大コケするかもしれないものに時間を費やすのはかなり非効率なように思えた。
『そうだ。映画館デートの場面をリアルにしたいからさ、今度映画を見に行こうよ。私、映画のチケットすら買ったことないからわかんないんだよね~』
『友達と行きゃいいだろ』
『せっかく彼女がデートに誘ってるのに断るの?』
『……で、デートぉ?』
いつからだろうか。
ただの腐れ縁だと思っていた幼馴染への感情が変わっていったのは……。
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一瞬だけ蘇った謎の記憶は、泡沫の夢のようにすぐに消えてしまった。
俺、どんな夢見てたっけ? アマゾンの奥地にある廃病院でAIの女の子とかくれんぼしてたような気がする。いやどんな夢だよ。
十月三日。ようやく俺は病院という環境から解放された。荷物をまとめて病室から去る時にはアクアたそから「お勤めご苦労さまでした」なんて言われたが、同日に退院したワキアと琴ヶ岡家の車に乗り、まずは琴ヶ岡邸へと向かった。
「ん~久々に家に帰ってきたことだし、烏夜先輩、一緒にお風呂に入らない?」
「いや自分の家で入るよ」
「大丈夫なの? 足にギプス巻いてるのに、介護とかいらない?」
「むしろ広い方が滑りそうだから怖いんだよ」
なんでワキアはこうもしきりに俺と一緒に風呂に入りたがるの? 七夕の事故の後、退院してすぐにこの琴ヶ岡邸のお風呂に入れてもらったことあるけど、なんか漫画とかアニメに出てくるザ・金持ちの邸宅にあるような大浴場なんだよ。逆に緊張して落ち着かねぇよそんな環境。
……ワキアの肢体を間近で見たいという欲望はあるけども!
「じゃあせっかくなんだしお茶だけでも飲んでいってよ。あ、烏夜先輩ってココアが好きなんだっけ?」
「まぁ、せっかくだし頂いていこうかな」
客間のソファにワキアと一緒に腰掛けたが、やはり落ち着かない。アストレア邸に何度か入った時も格式高いなぁなんて思っていたが、申し訳ないがそんなの比にならないぐらいの豪邸なのだ、琴ヶ岡邸は。どんだけいるんだってぐらいメイドさんいるし。
むしろ、同じ病院の隣の病室だったってだけでこんなにワキアと仲良くなってるの逆に奇跡だ。
「ワキアちゃんは週明けから学校に行くの?」
「うん。もうすぐ星河祭があるからさ、クラスの出し物とか楽しみだな~」
「出し物かぁ……」
十一月一日に月学の学園祭である星河祭が催されるし、もう実行委員とかクラスの出し物だとかを決める頃合いか。懐かしいもんだ。
そういやあまり考えてなかったけど、確か朧ってネブスペ2原作だと文化祭実行委員じゃなかったけ? いや本当の実行委員は大星なのに助っ人としてしゃしゃり出てただけだったっけな。んで一年の実行委員にはアルタがいて、生徒会には一番先輩もいるからネブスペ2の主人公達が一堂に介することになる。
てゆーか、そうなるとかなり忙しくね?
「烏夜先輩は個人的に何か出し物とかしないの? ほらバンドとかやるとモテそうじゃん」
「楽器を弾ける知り合いがいないからね……」
「私とお姉ちゃんがいるじゃん。あとローラお姉ちゃんとか」
高校の文化祭といえばバンドの出し物が定番みたいになっているのは、完全に某アニメの影響か。俺の前世の知り合いにもそれに感化されて高いギター買ってた奴もいたし。
いや、バックバンドがワキアとベガと会長とか豪華過ぎるし俺の胃が死ぬわ。俺が歌うとしても完璧なバックバンドの前でジャ◯アンリサイタルをするだけなんだよ。
「そういえば、今日もベガちゃんはレッスン?」
琴ヶ岡邸にはじいやさんを始めとした使用人達がわざわざ俺を出迎えてくれたが、その中にベガの姿はなかった。
ワキアは表情を曇らせて黙って頷き、俺は「そう」とだけ答えてそれ以上は聞けなかった。
結局、俺が記憶喪失から完全に復活した直後──病室での一件から、ベガとは一度も顔を合わせていない。あんなに気にかけていたワキアのお見舞いにすら姿を現さず、確かにコンクールが近いとはいえヴァイオリンのレッスンを口実に俺のことを避けているように思えた。
とはいえ、今の俺もベガと顔を合わせたところで、なんと声をかけたら良いかわからない。微妙な空気が客間に漂っていた時、ワキアが顔を上げて口を開いた。
「ねぇ、烏夜先輩。お姉ちゃんと何かあったの?」
ベガの妹であるワキアも姉の異変には敏感だろう。ベガと一切顔も合わせず連絡すら取っていない俺とは違い、ワキアは入院中でも少なからずベガと連絡を取り合っていたはずだ。
そんなワキアから見れば、俺とベガの間に何らかの軋轢が生じているように見えたかもしれない。
「まぁ、何もなかったと言えば嘘になるね」
何もなかったとワキアに伝えても怪しまれるだけだろう。ワキアに嘘はつきたくなかったし、何なら助けてほしいぐらいでもあるが……俺はどうやってベガとの関係を修復すれば良いのだろう?
流石にワキアに対してベガの嘘の内容を伝えるのは躊躇われたが、ワキアは俺に身を寄せてきて心配そうな面持ちで言う。
「もしかして、お姉ちゃんが烏夜先輩に何かしちゃった?」
「いや、ベガちゃんが何か悪いことをしたわけじゃないよ」
「じゃあ烏夜先輩が何かしたの?」
「強いて言うなら、ベガちゃんに気を遣わせちゃったかな」
「ど、どゆこと……?」
以前から俺と交際関係にあった、というベガの嘘をワキアに伝えるべきか。
ネブスペ2原作では、林間学校中に記憶を取り戻したアルタがベガの嘘に気づいて一度は距離を置くことになるが、アルタの相談に乗ったワキアは「お姉ちゃんも可愛い嘘つくことあるんだね~」と意外にもあっけらかんとした反応で、朧と一緒にアルタとベガの関係の修復を手伝ってくれる。ワキアがちょっと怖いところを見せることもあるが。
しかし、それは物語の中心にいたのはアルタだから上手くいっていただけで、それが俺に変わるとどう物語が展開していくのか想像がつかない。
せめてヴァイオリンのコンクールが始まる前までには、ベガと元の関係に戻りたい……。
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