幼馴染として、彼氏として
葉室総合病院に到着した僕達は、早速ワキアの病室へと向かった。すると僕達よりも先にアルタが病室でワキアと談笑しているところだった。
「あ、お姉ちゃんに烏夜先輩だ! 学校どうだった?」
ワキアは残念ながら新学期を病院で迎えることになってしまったけれど、彼女はいつものように明るい笑顔を見せていた。そんな姿を見て僕もホッと一安心した。
「僕達はいきなりテストだったね」
「へ~夏休み終わってすぐテストとか嫌だな~」
「ワキア、私達だって十月に中間考査があるのよ。ちゃんと勉強してる?」
「うん、してるしてる~」
ワキアは入院していることも多いけれど暇な時は参考書と向き合っているし家庭教師なんかも雇っているからか、多分一年生だった時の大星達よりもかなり出来が良い。ベガが成績優秀なのは納得がいくけれど、ワキアまでそうだったら本当に非の打ち所がない姉妹だ。
するとアルタはベッドの側の椅子から立ち上がって、僕に軽く会釈した。
「僕はバイトがあるからもう帰るよ。烏夜先輩、ちょっと良いですか」
「え、うん」
アルタは僕だけを病室の外に呼び出して、エレベーターの側で口を開いた。
「烏夜先輩が医者を目指しているって本当ですか?」
昨日、僕はベガにそう宣言した。ワキアの幸せのために生きるベガが自分の進路に悩んでいるなら、僕がその肩代わりをしようと決意したのだ。ベガはワキアにもその話をしたみたいだけど、きっとワキアがアルタにも話したのだろう。
僕のことを育ててくれている望さんにまだ話せていないから、あくまで目指しているだけで絶対になれるとは限らないけれど。
「ワキアちゃんの病気を治したくてね。世界にはまだまだ治療法の見つかっていない病気は多いけれど、今はびっくりするぐらいのスピードで技術が進歩している時代だから、決して夢なんかじゃないよ」
ネブラ人が地球に持ち込んだ技術で難病の治療法が見つかったという例もある。ワキアの病気の場合、おそらく罹患するのがネブラ人という少数の集団に限られているから、そもそもとして治療法を研究している学者も少ないというのが一因だと思う。でもウイルスが変異していつかは地球人に罹患する可能性もあるのだから、決して他人事ではない。
僕はアルタにそう前向きに話していたつもりだったけど、アルタは珍しく不安そうな面持ちで口を開く。
「烏夜先輩は、本当にそれで良いんですか?」
「何が?」
「自分の人生を、ワキア一人のために捧げるつもりですか?」
確かにもうすぐ進路相談もあるけれど、進学してから進路を変える人も、社会人になってから新たな夢を見つける人だっている。必ずしも今、進路が決まっている必要はない。
以前の僕が何を志していたのかはわからないけれど、僕は自分の決意に後悔はしていない。
「きっと僕の気持ちは、アルタ君やベガちゃんと一緒だと思うよ。誰かのために生きたいっていうのも、一つの幸せなんだから」
ワキアの双子の姉であるベガは、自分の夢を捨ててまでベガのために生きようとしていた。アルタがこうして僕だけを呼び出してこのことを話すのも、幼馴染であるワキアのことを想ってのことだろう。
僕達三人がワキアのことを大切に思っているという気持ちは変わらない。
するとアルタは、いきなり僕に対して深々と頭を下げてきた。
「ありがとうございます、烏夜先輩」
アルタが僕に頭を下げてきたのは、確か僕が事故に遭った直後以来のことだ。普段の時もノザクロでのバイトの時も、アルタは僕に冷たくてぶっきらぼうな態度ばかり取るけれど、そんな彼が僕に頭を下げるなんて意外すぎて、驚きのあまり僕はたじろいでしまっていた。
「僕もベガと同じような悩みがありました。僕は自分が作ったロケットでワキアを元気づけたいと思っていたんですけど、それでワキアの病気が治るわけじゃありません。僕はただ単に自分の夢を追いかけいるだけですから。
でも烏夜先輩のその決意は、ワキアを元気づけるだけじゃなくて、僕やベガに夢を与えてくれました。ベガのことも命がけで助けてもらったのに……」
「あぁいや、そんなアルタ君が気負うことじゃないよ。アルタ君はロケットで、ベガちゃんはヴァイオリンでワキアちゃんを元気づけて、それで僕がワキアちゃんの病気を治す。アルタ君だって十分ワキアちゃんのために頑張っているんだからお互い様だよ」
僕が入院していた時に、確かこの御恩は一生忘れないみたいなことをアルタは言っていたっけ。その時も思ったけれど、アルタは本当に幼馴染の二人のことを大事に思っているんだなぁ……。
僕はアルタに顔を上げるよう促して、アルタはエレベーターのボタンを押した。段々とエレベーターが近づいてくる時、僕はアルタに言った。
「誰かのために頭を下げることが出来るなんて凄いね、アルタ君。僕なんかに頭なんて下げたくないだろうに」
「……やっぱり烏夜先輩に褒められると寒気がしますね」
「そういうところがなければなぁ」
やがてエレベーターが到着し、アルタは今日もアルバイトへと向かった。
でもアルタは確かに義理堅いというか、本当は嫌だろうに僕なんかに頭を下げられるのは本当に凄いことだと思う。その感謝の気持ちを伝えるだけでも苦労するのに、とても後輩とは思えないなぁ。
その後、僕はワキアの病室へと戻ってベガと一緒に談笑していた。いつの間にか一時間以上も話してしまい、また明日とワキアに別れを告げて僕とベガは病院を後にした。
「烏夜先輩。この後、何かご予定はありますか?」
「ううん、特にないけれど」
「それでは、少し遊びに行きませんか?」
琴ヶ岡邸の車は葉室駅前の繁華街へと向かい、アミューズメント施設であるラウンドニャーの側で停まった。
まさか全然そういうイメージのないベガにゲームセンターに誘われるとは思わなかったけれど、僕はベガと一緒にプライズコーナーへと向かう。
「あ、これです」
するとベガは、アイオーン星系に生息しているネブラダンゴムシのぬいぐるみが景品の台で止まった。その名の通りまんまダンゴムシの見た目の巨大な生物で、ダイオウグソクムシに似たキュートさがある。
「実はワキア、ネブラダンゴムシが好きなんです。なのでこのぬいぐるみをプレゼントしたいんですけど、私はあまりこういうのに不慣れでして……じいやもダメだったそうなので」
じいやさんまでやってたんだ。じいやさんがUFOキャッチャーやってる姿、おもろ。
「わかった。僕に任せて」
僕は早速コインを入れて挑戦する。こういうぬいぐるみが置かれた台ってのは大抵確率機と言われるもので、お金を入れていく内に段々と取りやすくなっていくはずだ。早く取れることに越したことはないけれど。
「あ~今の惜しかったですね」
「大分近づいてきたから、もうすぐだよ」
何だか昔ナンパした女の子達とよくゲーセンに行ってこういうことをしていた記憶が蘇ってきたけれど、今僕はベガと一緒にいるんだ。
『朧! もっと右よ! もっと右! あぁ違う、そこじゃないんだって!』
なんだかやかましい幼馴染の幻聴が聞こえてきたような気がしたけれど、僕はすぐに彼女の姿を消した。
そして段々とコツを思い出した僕は、十五回目の挑戦でようやくネブラダンゴムシのぬいぐるみをゲットした。いや結構かかっちゃったな。
「や、やったー!」
僕の隣でベガは小さくガッツポーズをして無邪気に喜んでいた。そんなに喜んでくれると僕も苦労した甲斐がある。取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、ベガはネブラダンゴムシのぬいぐるみをギュッと抱きしめていた。
「ベガちゃんもネブラダンゴムシ、好きなの?」
「動物園とかで見る分には好きですよ。野生のネブラダンゴムシは追いかけてくるので怖いですけど」
「そ、そうなんだ……」
でも月ノ宮だと一部のネブラ生物が野生化してるから、どこかで出会ってしまうかもしれないなぁ。
無事目的のネブラダンゴムシのぬいぐるみをゲットした後、他の台も見るためにブラブラしようと思っていると──。
「ねぇ、ちょっと良い?」
「どわーい!?」
ぬいぐるみをゲットして浮かれていた僕の隣に、銀髪のゆるふわな髪型で、僕達と同じ月学の制服を着た女の子が立っていた。同級生にこんな子はいなかったはずだから、後輩か先輩かな。
銀髪の女の子は僕の方をジッと見ると、このプライズコーナーの環境音に消えそうな声で言った。
「貴方、こういうの得意なの?」
「え? まぁ、ものによりますけど」
UFOキャッチャーなんて難易度はピンからキリまであるし、ぬいぐるみやフィギュア等、景品によって取り方も当然変わってくる。絶対的な自信があるわけじゃないけれど、慣れだけはあった。
「ちょっと助けてほしいの」
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