運命の一日の始まり
──好きな人と一年に一度しか会えないって残酷だよね。
──でも一年に一度しか会えないのに続けられる恋愛にも憧れるよ。
──そんな恋をしてみたいなぁ、だなんて……。
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七月七日、七夕。俺が目覚めてすぐに確認したのは外の天気だ。
「く、曇り……?」
部屋のカーテンを開けると、天気予報通り外は曇り空。ネブスペ2第一部では最終日である七夕の日の天気が晴れだったらグッドエンド、雨が降っていたらバッドエンド確定というわかりやすい演出があるのだが、その中間の曇りってどういうことだ?
「俺、こんなにてるてる坊主を作ったのに……いや、もしこれを作ってなかったら大雨だったか?」
俺の部屋には十体以上のてるてる坊主が吊り下げられている。
晴れでもなく雨でもないなら、まだグッドエンドにもバッドエンドにも向かう可能性があるということだろうか?
第一部でグッドエンドを迎えたら月見山の展望台が最後のシーンとなるのだが、おそらく大星はそこで美空とのグッドエンドを迎えるはずだ、いや絶対に迎えてほしい。
問題は美空以外の三人だ。嬉しいことに三人は俺に好意を向けてくれているのだが、もしかして俺は今日三人から告白されたりする? 原作なら大体は三人とももっと早い段階で大星に告白しているはずなのだが、俺はそのタイミングに縁がなかった。
しかし俺は三人と今の関係を維持していたい気持ちもある。何故なら三人のために時間を割いていると第二部の鷲森アルタの物語を追う時間を失ってしまうからだ。勿論朧も作中では誰とも付き合わないため時間もたっぷりあるから、後輩のアルタのために時間を割くことが出来た。また何かイレギュラーなイベントが起きる可能性もあるし、俺にはあまり時間的な余裕がない。
俺はどのヒロインのバッドエンドを迎えてももれなく死んでしまう運命にあるのだが、例えそれらを回避しても年末、十二月二十四日に死んでしまう可能性が高い。ヒロインを守るためならこの命を投げ捨てても良いとも思っていたのだが、レギー先輩達が悲しむと思うと簡単に死ねなくなった。
ネブスペ2で最高難度を誇るトゥルーエンド。その未来こそが烏夜朧が唯一生き残る世界なのだが、トゥルーエンドに必要なキーパーソンである朽野乙女は今も月ノ宮を離れたままだ。いくつか手がかりを得ることは出来たが、結局乙女に一歩も近づくことは出来ずにいる。
そして普段通りの学校生活を送り放課後を迎えると、多くの生徒はお祭り気分である。
「ねぇねぇ何を食べに行く?」
そしてここにもお祭り気分な少女が一人。お祭りと聞いてまず屋台で何を食べようか考えるのが何とも美空らしい。
「せめて一回食べ終わってから次のを買えよ」
「わかってるって。やっぱり屋台の焼きそばとかたこ焼きとか、何だか特別に感じるよね~」
それはめっちゃ分かる。味は知れてるはずなのに妙に美味しく感じるんだよな。
「そんなにたくさんの屋台が並ぶんですか?」
「月ノ宮神社の境内に収まるぐらいだからそんなでもないけど、他にもりんご飴とかポテトフライとか、あと金魚すくいとか射的やとか定番な屋台はあるはずだよ。来月の本祭は海岸通りまで屋台が並ぶからもっと凄いだろうね」
「スピカ。一緒に金魚すくい勝負しよ。負けた方が匹数に応じて一枚脱ぐルールね」
「脱衣金魚すくい!?」
神聖な神社のお祭で不純な遊びをしようとするな。でも神様って若い女の子大好きだし……いやいやいやいや、いくらなんでも脱衣するスピカを想像してはいけない。
「それに今日はムギちゃんの絵がコンクールに出るんだよ。屋台で何か買えば投票券が貰えるから買い占めようか、大星のポケットマネーで」
「いや自分で買えよ」
「自信のほどはどうなの?」
「ぱーぺき」
「だそうです」
屋台にコンクールに、そして夜には花火が打ち上がる。第一部の最終日としてかなり濃密な日程になるだろう。
俺はスピカとムギと途中まで一緒に帰り、家に戻ると俺はラフな格好に着替えて七夕祭の会場である月ノ宮神社へと向かった。お守り代わりに、乙女から託された金イルカのペンダントを持って。
月ノ宮神社にはもう屋台が立ち並び、夕方からもう多くの人が境内に溢れかえっていた。特に待ち合わせの時間も決めていなかったが、早速境内で大星と美空のカップルを見つけた。
「ま! ももろっちだ~」
大盛りの焼きそばが入ったパックを手に、モグモグと焼きそばを頬張る美空。ヒマワリが咲き誇る黄色の浴衣に彼女の青髪がよく映える。浴衣用に髪も結っていて、いつもと雰囲気が違うなぁ……焼きそばで台無しだが。
「食うか喋るかどっちかにしろ」
隣に立つ大星にそうツッコまれると、美空は黙々と焼きそばを食べていた。食べる方が優先なのね。
「やぁ大星。良いねぇ君は浴衣姿の可愛い彼女がいて! ぼっちの僕とは大違いだねぇ!」
「急にキレるな」
大星はいつも通りロックバンドのいかつい黒のTシャツにジーパンという格好だ。俺もラフな格好だったから、大星が気合い入れて浴衣着てなくて良かった。
「スピカちゃん達はまだ来てないのかな?」
「見かけてないな。晴や美月も来ているんだが、あいつらもどっか行ってしまったし……」
「大星~次はたこ焼きが良いな~あ、明石焼きもある!」
「もう食べ終わってる!?」
大星は美空に引っ張られて、空腹を誘う匂いの方へ人混みの中に消えてしまった。俺も何か食べたいな~と考えていると、参道である階段を登ってくる二人の少女が見えた。
「あ、こんにちは烏夜さん」
白地に花柄の色鮮やかな浴衣を着たスピカ。
「あぁ……長すぎるよこの階段……」
そして宇宙を模した紺色の生地に星々が輝く浴衣を着たムギが現れた。二人共いつものサイドテールではなく、それぞれ赤色と緑色の髪を結っていて、いつもと違った雰囲気を醸し出している。
「二人共……ちょっと写真撮っていいかい?」
「五千円」
「……乗った!」
「いや、乗らないでください!」
ノータイムでムギに撮影料を言われてビビったが、何とか写真を撮らせてもらえた。作中でもイベントCGで二人の浴衣姿を見たことはあるが、やっぱり生は違うぜ。
「何か食べるかい?」
「まだそんなにお腹は空いてないので、ムギの絵を見に行きませんか?」
この時間からもう大盛りの焼きそばを食ってる奴もいたけどな。
「でも投票券が必要だから、どこかで何か買わないと」
「じゃあ私、お面を買いたいです」
お面か。確かにお祭りの定番っぽいアイテムである、むしろお祭り以外だったらハロウィンや節分ぐらいしか着ける機会がない。
七夕祭のコンクールも同時に開かれていてムギの絵を見に行くことも出来るが、投票券を手に入れるためには買い物が必要だ。そのため俺は二人と一緒にお面を売っている屋台を探すことになった。
境内を歩いているとお面を売っている屋台を見つけたのだが、その向かいにあった射的屋に人だかりが出来ていて、そして聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「いよっしゃああっ!」
そこにいたのは、射的銃を手にしてガッツポーズを決める、黒地に黄色のラインが入った浴衣を着たレギー先輩であった。どうやら射的屋の目玉商品らしい戦隊モノの玩具をゲットしたようで、涙目になっている店主から景品を貰っていた。
そんなレギー先輩の側で小さな男の子がはしゃいでいた。
「お姉ちゃんすごーい! まるでスナイパーみたい!」
「ほら、これやるよ坊主。大事にするんだぞ」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
なんて微笑ましい光景だろう。そういやレギー先輩ってこういう遊びに強いみたいな設定もあったなぁ。
「この群衆の中であれだけの集中力……」
「やはり天才か……」
射的屋の周りに集まっていた人達はどうやらレギー先輩だったようだ。レギー先輩の足元には乱獲したであろう景品が積み上がってるし、もう大分荒らしているようだ。
「お嬢ちゃん……もう勘弁しておくれ……」
「あぁごめんごめん、楽しかったよ」
とうとうレギー先輩は店主に泣きつかれてしまい、群衆達もいつの間にか解散していった。そして大量の景品をゲットしたレギー先輩に俺達は声をかけた。
「どうもレギー先輩。凄いですね」
「あれ、いつの間に来てたんだ? いやぁ今日は調子が良くてなー」
「月ノ宮のシモ・ヘイヘだね」
「だ、誰……?」
こういうの上手い人って凄い憧れる。俺は金魚すくいや型抜きなんかはゲームの中でするのは得意だったが、現実では滅法出来なかったし。
大量の景品をロッカーにしまいにいくレギー先輩と別れ、その向かいにあった屋台に並ぶお面を二人と一緒に見ていた。
「色々ありますね……これは何のキャラクターでしょう?」
「それは月ノ宮のゆるキャラのツッキー君だね」
スピカが不思議そうに見つめるお面。満月に顔があって、右目の部分にロケットが突き刺さっている……これ、完全に月世◯旅行のパクリだろ。別にゆるくも可愛くもないし何だよこのお面。
「微妙にダサいし、誰が買うんだろこれ……」
「それにちょっと怖いし……あ、そこの狐のお面なんてどう?」
白い狐の可愛らしいお面をおすすめすると、スピカがそれを手に取った。
「可愛いですね、これ。ねぇムギ、一緒に着けてみない?」
「妹っぽくねだってくれるなら着けてあげる」
「え、えぇ……?」
ムギにまさかの条件を突きつけられたスピカは戸惑っていたものの、そんなにムギとお揃いのお面を着けたいのか目を潤ませながら口を開いた。
「ね、ねぇお姉ちゃん……一緒にお揃いのお面を着けようよ。ねぇ、ダメ?」
同時にカシャ、とシャッターを切る音が響く。そしてスピカの視線の先──俺が持っている携帯には、今のシーンをバッチリ捉えた写真が収められていた。
「ちょ、ちょっと烏夜さん!?」
「バッチリ収めたよ。動画でも撮っといたから」
「ナイス朧。後で私に送って」
「ちょっとー!?」
ごめんスピカ。己の欲望には逆らえなかった。
まぁなんだかんだ言いつつスピカとムギはお揃いの狐のお面を購入してコンクールの投票券を貰い、お面を頭に着けていた。何か一気に子どもっぽくなったな。でも可愛い。
「僕も何か買おうかな」
「朧はひょっとこで良いでしょ」
「なんで!? まぁ良いけど」
というわけで俺はひょっとこのお面を購入し、コンクールの投票券を手に入れた。ひょっとこのお面なんて今後二度と使うことはないだろうけどお祭りだし良いか。
そしてコンクールの投票券を手に入れた俺達は、ムギの絵が飾られている会場へと向かった。
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