攻略不可能ヒロインの喪失
夕暮れ時の駅のホームに、発車ベルが高らかに鳴り響く。ドアが閉まった特急列車の中から、その明るい笑顔で皆に幸せを振りまいていた紫色の髪の少女が、今の彼女が出せる限りの全力の、くしゃっとした笑顔を俺に向けていた。
電車が動き出す前に、中から彼女が口を開く。普段は声がでかい彼女だが、俺には聞こえない。その声が──彼女の最後の言葉が駅の雑踏の中に消えているだけなのか、そもそも声を発していないのかわからない。
だが確かに、俺は彼女が発した台詞を覚えていた。
『あ・り・が・と・う』
モーター音と共に電車が動き出した。俺は混雑するホームを駆け、追いつくはずもない競争を始める。
「乙女!」
俺は彼女の名前を叫びながら、一気に加速していく電車を追いかける。彼女、乙女は今も俺に笑顔を向けていたが、その姿が遠のいていった。
「待ってくれ、乙女ぇ!」
俺は電車が止まらないことも、それに自分の足が到底追いつくはずがないことも知っていたはずだった。ホームの端まで辿り着いた頃には、次の電車の接近アナウンスがホームに響いていた。
ホームにいる人達から痛い程視線を感じる。今どきこんな風に、一人の少女のために電車を追いかける人間もさぞ珍しいことだろう。
あいつもこんな気持ちで、こんな風に彼女を追いかけていたのだろうか。
「やってしまったのか、俺は……!」
俺はポケットから携帯を取り出した。一刻も早く、彼女がいなくなったことを伝えなければならない人物がいる。これが自分の意志なのか、果たして大いなる意志によって操り人形のように動かされているだけなのかわからないまま、俺は数多も存在する連絡先の中から奴の名前を探し出した。
『どうしたんだ、朧?』
奴はすぐに電話に出た。電話の向こうからは誰か少女の声が聞こえる。予想通りだ。
「大星、そこに美空……美空ちゃんはいるか?」
『あぁ、いるけどどうしたんだ? そんなに慌てて』
やはり大星は自宅で美空とイチャイチャしていたのだろう。それを野郎からの電話で邪魔するのも悪いが、それでも不機嫌そうな素振りは見せずに、慌てた様子の俺を本気で心配してくれるのが大星の良いところだと俺は知っている。
「大星、落ち着いて聞いてくれ……」
俺は、自分が知っている台詞をそのまま吐き出した。
「乙女が、乙女がいなくなるんだ……!」
この喪失感はなんだ?
この虚無感はなんだ?
このただならぬ衝動に駆られる感情は、ただ小学校から腐れ縁の幼馴染と離れ離れになったという出来事によるものなのか?
いいや、違う。
俺は思い出した、いや気づいたのだ。朽野乙女という、一人のヒロインの喪失によって。
この世界が、『Nebula's Space2nd』というエロゲの舞台だということ。
自分が、そのゲーム中に登場するモブキャラに転生していたということ。
そして……半年以内に自分が死んでしまうということに────。
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