七夕の魔女
南の孤島に魔女がいた。それはそれは危険な魔女で、とある国から追放されてこの島に閉じ込められてしまっていた。
照り付ける太陽、打ち寄せる波、少しの森に、危険な毒蛇。この小さな小さな島はとても人間が暮らせるような島ではなかったが、魔女は魔法を使って涼しいログハウスと料理のなる木を作って快適に暮らしていた。
故郷に思いを馳せる時、魔女は月を見上げて静かに笑う。魔女を外に出さないよう島を覆う結界が、月に文字を書いているから。たった一言だけ、「愛している」と。魔女はその文字のお陰でこんな島に囚われても自らの境遇を嘆かず幸せに暮らせている。
けれども月の文字に返事がしたくて、魔女は浜辺から貝殻を拾ってきた。ランプの灯を受けて赤に青に輝くその白い貝に魔法をかけて、同じように光る透明なビンを作った。「愛している」にかざすと月光でいっぱいになる小さなビンを。
魔女はくるくると踊りながらビンを抱きしめ、キスをしてから海に泳がせた。
とある国に魔法使いがいた。それはそれは勇敢な魔法使いで、この国が魔女により滅ぼされると預言を受けた時には、恋人だった魔女すらも躊躇わずに処刑した。
その功績により、魔法使いの身でありながら人々から賞賛され受け入れられ、魔法の力を持つ者で唯一人間と共存できている。魔女と魔法使いを苦しめていた魔女狩りを、生き残っていた最後の魔女を葬ることで終わらせた。
今はこの国の魔法使いを監視し人々に尽くし、かつて眷属が犯した罪を償っている。その罪とは、ほとんどがいわゆるおとぎ話のものだ。人間がそれを罪だと言い償いを求めるのならば、仲間のために許しを請わなければならないのだと魔法使いは言う。
それを感謝する仲間ばかりではなく、納得する人間ばかりでもなく、呼吸一つにさえ神経を使う日々。
魔法使いを支えているのは、未だに胸に残る恋人の存在だった。どんな環境でも笑顔でいられる彼女ならばどうするのかと。あの笑顔を思い出すために浜辺に立ち、月が美しい南の海を眺める。
小さくため息を零した時、砂浜に彼女の気配を残すビンを見つた。無意識に口元をほころばせコルクを抜くと、ビンの底から波音が溢れた。録音の魔法は長い旅路に耐えられなかったらしい。魔法使いは声を拾うのを諦め波音に耳をすませた。刹那。
「大好き」
一番想いのこもった一言が魔法使いの耳に囁いた。