賢人の憂い
『その者は、身を粉にして 弱き民を救い続けた。』
マキニの書 第三章 3節
王は今も浮かれていた。
最愛の娘、姫君が
死の淵から蘇ったのである
それは無理もない事ではあった
しかし、国の政を司る臣下たちの多くは
頭を抱えていた。
姫君復活を祝って開いた宴にかかった費用もそうだが
王は調子に乗って税金も一部、減税すると発表したのだ。
姫君の復活は、確かにめでたいが
国の財政が何か好転した訳ではない。
さらに、奇跡を求めてやってくる民衆が雪崩のように王城に列を成し
周辺の治安は悪化、警備の体勢も大きく見直し、人員がそこに割かれている現状
城の安全面を考えても、問題があった。
「そう、悲観ばかりせずとも良いでしょう… あの賢人が我が国にいる以上いくらでも利用出来ます。」
議場で溜め息ばかりつく大臣たちの中、騎士団の団長が言いました。
「王城手前の門で、ある程度の金を出せぬ者は追い返しています…。そして、金が出せる者はいくらでも出す。普段、税や制度にイチャモンを付けてくる貴族たちが金に色目をつけずにね。
病人を治せば、恩まで売れ、得た金銀は我が国の財に 良い事づくめではないですか」
「しかし、金を取るようにしてから列に並ぶ者達は不満が高まっている…。暴動まがいの事も何度か起きているぞ…」
団長は余裕を見せながら答える。
「一時的な措置です。そもそも、あれだけの奇跡を無料で受けれるという方が不健全。貴族の対応が終われば、少し額を減らし、重病人など緊急性のある者を優先的に受け入れていきましょう。
確かに、治安悪化や暴動になる動きもありますが、衛兵の対応で何とか御しれています。
人員は、我が騎士団からも出しましょう。 南での戦闘も今は落ち着いて、余裕があります。
さらに、城門に救護所を作り宮廷お抱えの医者や魔術師で民衆を診てやればよろしい
そもそも、奇跡なくとも救える者はいる。
王宮内の病人、怪我人は全て賢人殿に治して頂けるのだから 医者たちは失職状態です。」
たしかに…
臣下たちの間にも、そういう空気が流れた
「それよりも、我々が考えるべきは あの賢人を逃がさず 今後どう利用していくか。
ではありませんかな…?」
騎士団長の眼が少し鋭くなっていった…。
「ふぅ…」
金色の髪の賢人は疲れていた。
毎日、毎日 人を癒し、死からも蘇らせている。
やはり、何らかの力を消費し、体力を消耗しているようだった。
「どうか、お休みください!」
心配する侍女の一人が言った。
「最近は、裕福な方々のご家族ばかりを診ていますが 街の皆さんは…?」
侍女は言葉に詰まった。
彼女もそこまで詳しい訳ではないが、方針が変わり金銭を要求しているのは知っている
賢人様は一切受け取っていないのに…
「そうですか… 仕方ないことですね 私の衣食住も揃えて貰い、あれだけ大勢の人々が集まれば、対応する兵の方々も大変だ…。」
賢人様は、何かを悟ったようだった。
「しかし、まずは貧しい人々こそ先に救いたかった……外からも苦しむ方々の声が聴こえるようで、私も胸が苦しいのです…。」
「賢者様…」
侍女は、その高潔な姿に胸を打たれました。
その美しい瞳が見据える、恐ろしい未来のことなど知りもせず……。
死者の蘇生は、多くの世界、多くの宇宙、多くの過去と未来、多くの魔法体系
そして、多くの神々が禁忌として 固く禁じている。
それは、最も恐ろしい呪いなのだから…