奇跡の目撃者
どんなに難しいロールプレイングゲームがあっても
プレイヤーは最後のボスを絶対にいつかは倒せる
その一番の理由は
シナリオ通りだからでも、レベルを上げたからでも、最強の武器を手に入れたからでもない。
何度だって、セーブからコンティニューし、復活し続けるからである。
城下町、と一言でいっても
栄えた王城の城下の範囲は広大である。
金色の奇跡の人を迎え
世界中にその名が轟いているこの国で
城下町は東西南北に分けられ、さらに四層までその栄え具合から区分されていた。
南側の城下町第3層
そこは、この国で最も平均的、豊かではないが今すぐ餓える程、貧困でもない
そんな人々が暮らす地域である。
そのはずれ、もはや城からは郊外といわれてもおかしくない
16地区の酒屋は、静かだが確かな賑わいを見せていた。
「その時だ!!!パァああと光が射したと思ったら、あら不思議!!俺の親父が目を覚ましたんだよ!!!!」
酔っ払いが何人もの人を周囲に集め、大声で演説していた。
離れたところにいる常連客たちは、(またか)という顔をしている。
酔っ払いが同じ話を何度も繰り返すなど、当たり前の光景ではあるが
その男の話は、今日だけで既に26回目
しかも、まだ昼間である
常連たちはウンザリしていた。
だが、実際にあの奇跡を体験した者はまだ少ない
この寂れた酒屋においては、その話を聞きたい新規が常に数人は訪れていたのだった。
「俺の親父は長い事寝たきりで、もう死にかけだった…それが!一瞬にして足腰の痛みまでないとか言って 今じゃ建築現場に働きに出てるよ!」
「それで、いい歳した息子が酒屋に入り浸りじゃ 親父さんも気の毒だ」
「なぁ、その人は本当に美しいのか!? 女神のように可憐な女性と訊いたが!?」
「え?男だろ、彫刻の芸術品ような美男子だが、声や髪は女のように高く美しいから よく間違われるんだと、女達がうっとりしながら話しているのを聞いたけどな…」
「どっちでもいいさ、大事なのは奇跡だ! 魔法使いがやる回復の魔術とは明らかに違うんだろ!? どんななんだ!!?」
こうして、興味津々なギャラリーが後から後から追加されるもんだから
男は意気揚々と毎回、熱がこもった独演会を披露する訳だ。
話過ぎて、どんどん達者になり 既に落語家のような領域に達しようとしていた。
・・・・・・それは冗談にしても
男の話は毎回、かなり正確に同じく、細かな部分のアレンジを加えるような余裕まである
目立ちたがりが根も葉もない自慢話を、尾ヒレも背ビレもくっつけて話しているのとは違う
リアリティのある実体験だった
実際に、その酒場の常連仲間には 寝たきりだった老人である父親が歩き回るのと会っている
証人馴染みまでおり、男の話を裏付けていた。
特に、まだ賢人が王に謁見する前に遭遇していた
数少ない初期体験者であり、噂を信じきれない者達にとっては貴重な情報源だったのだ。
「まあまあ、少し喉が渇いた…誰か、俺のジョッキに泉を湧かせてくれないか? 話したくても、こうむさ苦しい場所でぶっ通しは俺も疲れる…」
男がそう言うと、何人ものギャラリーが一杯奢ると手を挙げる
酒一杯づつなら、好条件の情報だ。
「またやってますよ~、あの人 あれで自分では頼まず、ずっと粘るんだから~」
「実際あれでアイツは、ここ数日タダ酒にありつている、上手くやったもんさ」
この店で働く、女給のマヤジは店主と世間話を始めた
「まっ、いつもは昼間なんて閑古鳥なのに お客さんがあんなにいっぱい はしゃいでくれると賑やかになって楽しいですけどね!料理はあんまり注文してくんないけど~」
「このくらいで丁度いいさ、行列近くの店はどこも人が増え過ぎた影響でトラブル続き、パンクしてるって話だ。強盗が増えて明らかに治安が悪化してる、俺はそんな面倒はごめんだね」
「へ~、奇跡も良い事ばっかり運んではくれないんですね~!」
店主は、のんきに伸びをするマヤジ越しに店の奥に座る剣士を見た。
陰気な男だ、チラチラ見える黒い鎧、ズタボロのマント、大剣
明らかにこの街の者じゃない、外から来た傭兵稼業か?
この辺のいざこざはだいぶ落ち着いては来ているが、この男も賢人の噂を聞きつけた流れ者かもしれない…
とにかく、店主は長年の経験と勘から その男がタダ者ではないと確信していた。
店での騒ぎだけは起きてくれるな、と緊張していたのだ。
そうこうしていると、男が立ち上がる
水しか飲んでいない、もちろん この世界では飲み水も貴重な売り物だが
店を出ようとしている
すると、入口のすぐ側で陣取り演説している者達が、自然と進路をふさいでいる状態となる。
大男は何も言わずに、人々の前で立ち止まりしばらく その一団を見つめていた
「おい、アンタ…」
男から、地鳴りのような低い声が響く
「んあ?…あっ」
さっきまで陽気に話していた酔っ払いの血の気が引く
周りもやっと気付き、道を開けた…
「すっ、すまん兄さん 邪魔だったな へへ、悪気は無いのさ…」
一瞬で酔いが醒めた男が取り繕う
店内が緊張しているのがわかる、店主も止めに入れるよう腰を浮かす
マヤジは、次に運ぶ料理の中の細かな肉をひとつ、つまみ食いする…
張りつめた空気
剣士の男の眼光は、冷たく鋭かった
「あんたの親父さん、その後変わったところはないか?」
「へっ?」
空気が、少し和らいだ
この男もやはり、奇跡の御業に興味があったのか、と
「あ、ああ!元気で何の問題もねえさ、元気過ぎるくらいだ!俺がガキだった頃に見てた親父以上だよ…!」
「そうか…」
黒い鎧の男は、何かを考えているようだった。
「いや、なに… 旅をしていると、奇跡と称して怪しげな術や薬で人を癒し 後から、とんでもない副作用が出た… なんて事にも出くわすもんでね。 その類じゃなきゃいいな、と勘繰っただけさ…」
「邪魔したな」
男は店の外に出る
フゥ~~~~~~~~~~
店の中にいる者全員が息を吐き、安堵する 緊張からの解放
「ありがっとぉございましたぁーーーーー!!!また、どうぞ~~~!!!!」
店員マヤジのいつもの明るい声が、いつもより良く響いた。