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黄昏の自動人形  作者: べるべる
File.1 異能を持つ少女
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異能を持つ少女


 桑原は目を覚ました。

 頭には鈍い痛みが燻り、得体の知れない気持ち悪さだけが響く。


 どうやら外の様で、日が落ちる寸前といった所か。

 春と夏の境目であるこの時期でも、人によっては少し肌寒く感じるかもしれない。


「あ?」


 桑原は違和感を感じ、自分の体を見下ろした。


 縄で何十にも巻かれて拘束されている。

 少なくとも普通に生活していてこの状態になることは無いだろう。


「なんだ、何処だここ」


 あの警察の男と戦って敗北した事は覚えているが、そこからの記憶がまるで無い。

 正直、思い出すだけでも吐き気がする嫌な記憶だが。


「は? 体が動かせねえ」


 それは縄に縛られているからでは無い。

 例え彼は狭い檻の中に囚われていても簡単に抜け出せるだろう。


 だが、今は不可能だ。


 彼に発現してから、ずっと思うがままだった肉体操作の力が扱えない。

 それは明らかな異常だった。


 ゴミがそこらに散乱しており、それを漁るカラスが数匹。

 廃棄されて足の折れた家具。

 空っぽでへこんだ空き缶。


 日常の中にある退廃が嫌に目に映る。


 滅びはいつもすぐ近くにあって。

 誰もがそれらから必死に目を逸らしているのかもしれない。



 しとしと。



 雨が降る様な音が聞こえた。


 それは足音。

 一歩、また一歩と忍び寄る贖い。


 チリチリと肌が騒ついた。

 桑原の本能が、生物として備わった危機感が。



 彼に死を囁いているのだ。



「お前、誰だ」


 桑原の目の前に立ったのは一人の少女。


 否、一人の死神だった。

 黒い髪は太陽の明かりを照り返し、彼女の影が桑原へと落とされる。


 まるでギラギラと嗤う鎌の様に。


 一番有名な断罪の象徴。


 死神の息吹が聴こえてくる。幻聴では無い。

 確かに彼の耳に、美しい死の前奏が届けられた。


「桑原赤司、無職22歳男性。罪状は前田夏、木下健太の二人を拷問の末殺害。その後、目撃者三名もその手に掛けている」


 それは桑原赤司が生まれて初めてこの地球上に残してしまった罪の証。


 空気は張り詰めて緊迫し、いつ千切れるか分からない。


 募る焦燥感。


 背中はじっとりと嫌な汗を吹き出し、シャツが肌へと張り付いた。

 この期に及んで彼も罪の言い逃れをする気は無い。


 だが何か言わなければ。

 たった一言でも良い、例え一単語でも良いから!


 じゃないと殺される!


 これが最後の景色になる!


「ま、まぁ悪かったと思ってるぜ」


 本当だ。

 桑原は本当に悪かったと思っている。


 ただその“悪かった”という薄い罪悪感に快感を覚えていただけで。

 悪気はあるが、それだけだ。


 “悪”は自分が誰よりも悪質だと知っている。

 自分が悪行を犯し、それが世間一般的に見て絶対に許されない事だと理解している。


 それが彼の生き様で。


 それだけが彼の生き甲斐だったのだ。


「何か言い残す事は?」


 だがそんな言葉に意味は無い。

 それが意味を持つ領域を、桑原は既に振り切ってしまった。


「つ、次からは気をつける様にするからよ」


 彼自身も分かっている。

 きっともう何を言っても遅いのだ。


 彼が罪を犯した時点で、彼は詰みだった。


 あの夜噛み締めて共に眠った罪悪感こそ、彼の最後の晩餐だ。



「悲しいな」



 少女は感情を灯さない声で一つ、ぽつりと呟いた。



「悪の火照りだけが残されている」



 少女は、黄昏の自動人形(オートマタ)は手を差し出した。

 その手は優しく、ゆっくりと絞る様に畳まれていく。



「死者の残骸はあんなに冷たかったというのに」



 桑原は自分の体が引っ張られる様な感覚を覚えていた。

 頭の中でアラートが鳴り響き、体の端から凍っているかのように錯覚する。



「糾弾など存在しない。弾劾も消え失せて久しい」



 少女の瞳は死を映す。


 彼女は死神じゃない。

 漠然と、桑原は意識を失う間際に考えた。



「哀悼の子守唄を響かせろ。それだけがお前の贖いとなる」



 彼女は人形だ。

 温度の通わぬ自動人形(オートマタ)



 そうして、桑原赤司という一人の男は。

 一人の悪は。


 その一生を終えた。







 その日、警視庁内に衝撃が走る。


 ある路地裏に酔っ払った男が通りかかったところ、カラスにつつかれる一人の男の死体が発見された。

 その死体は壁に磔となっていて、手足は引き抜かれていた。


 警視庁内では海光公園の犯人と同一人物なのではないかという考えで今も捜査が続けられている。


 死体は、その顔に言い表せぬ恐怖を浮かべていたという。



「刃渡さん、これって」

「ああ、桑原で間違いない。という事は彼女の仕業だろう」


 黄昏の自動人形(オートマタ)

 彼女が誰なのか、など考えずとも分かる。


「やっぱり紬ちゃんが・・・」

「いや、それは分からん」


 タイミングから見て、有栖は紬こそが黄昏の自動人形(オートマタ)だと確信していた。

 だが刃渡がその思考に待ったを掛ける。


「異能は発動される時、前兆を見せる。“異能痕跡”と似た性質のモノが発動の瞬間、確かに感じ取れるのだ」


 だから異能者は異能者でしか対抗出来ない。


 人間同士が向き合って合図と同時に銃を撃ち合うとする。


 その時、一方は銃を引き抜き、相手に狙いを定めてから撃つだろう。

 だがもう一方、それが異能者だった場合、彼らはノータイムで狙いも定めず、何の兆候も見せずに撃てるという訳だ。


 つまり、異能者同士でやっと同じ土俵。

 お互いに異能発動のタイミングが分かるからこそ成り立つ勝負。


 そこから相性や異能操作精度の違い、環境の違いなどで勝敗が決まってくる。


 それは如何に黄昏の自動人形(オートマタ)であっても変わらない。

 変わらない筈だ。


「彼女だって異能痕跡は残る。つまり、異能攻撃の前兆だって感じ取れる筈だ」

「それは確かに」

「彼女が黄昏の自動人形(オートマタ)である可能性は非常に高いが、それにしては不自然な点が目立つ」


 まだまだ分からない事は多い。

 それでも有栖は確信していた。


 あの少女、成瀬紬が黄昏の自動人形(オートマタ)だと。








「ただいま」


 紬は夜遅く、やっと家に辿り着いた。

 もう外は暗い。月明かりが優しく彼女の頬を撫でる。


 扉の鍵を下、上の順番で旋し、ゆっくりと開けた。

 靴はきっちりと揃えて並べ、部屋の電気を点ける。


 ソファに座り込んでいた母親が立ち上がり、紬の前へと歩いて来た。

 紬は母親の胸に顔を押し付け、向日葵の様な匂いをいっぱいに吸い込んだ。


 これが紬のお気に入り。

 彼女が何より愛するもの。


「ごはん」


 きゅーっと鳴ったお腹を摩り、一言呟く。

 台所はきちんと整頓されており、普段から使われているのが見て取れた。


「ほい」


 冷蔵庫が勝手に開き、中から人参が飛び出す。

 それに続いてジャガイモが宙を舞い、玉ねぎが踊る。

 最後に肉がジャンプした。


 いつの間にかコンロの上に置かれた大鍋の中にトクトクと油が注がれた。

 

「しゅぱぱぱぱぱぱ」


 食材の皮が自ら脱皮したかのようにヒラヒラと落ちていく。

 紬が指を一振りすると独りでに刻まれ、一口サイズになって大鍋の中に収まった。


 コンロに火が点き、素晴らしい音楽を奏でた。

 食材が焼ける音、そこから漂う良い匂い。


「ほむほむ」


 頃合いを見て肉を入れると鍋の中が勝手に回り出した。


「ここ」


 水を加えてぐるぐると掻き混ぜる。

 料理をしている時の、この何とも言えない幸せな隙間も彼女の好きなもの。


「しあげ」


 しっかり煮込み、ルゥを溶かしてまた煮込む。

 コトコト。なんて美しい響きだろう。考えた人はきっと天才だ。


 そうして食卓へと並ぶのは芸術品の様なカレー。

 紬はチキンよりビーフのカレーを好む。

 野菜の甘みが溶け出してとろとろになったものより、それぞれの味が立ったごろごろ野菜カレーが好きだ。


 彼女は人一倍多くの好みを持ち、それだけを一心に見つめ続けている。


「いただきます」


 母親と共に手を合わせ、カレーを頬張った。

 美味しい。いつ食べても変わらぬ味わい。


 深いコクが舌を包み込み、肉の旨みと野菜の甘みが手を繋ぐ。

 舌の上で行われる舞踏会。


 紬は食べるのが大好きだ。

 美味しさだけに全ての神経を集中する時間。


 美味しいは正義。

 彼女が持つ信条の一つだ。


 紬はこれからもこうやって過ごしていくのだろう。

 彼女の幸せに囲まれて。

 そうして日々が過ぎ去っていくのだ。


 愛すべき全てを守って生きていく。


 それが異能を持つ少女の正義のカタチ。


これで第一章完結です。

出来れば評価して貰えると嬉しいです。

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