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黄昏の自動人形  作者: べるべる
File.1 異能を持つ少女
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心と体


 警視総監、刃渡大吾(はわたりだいご)は毎日夜遅くまで働いていた。


 日本の警察は腐っている。よくその様に見られがちだ。

 実際腐敗している人間は多く、そういう奴らは逃げるのが捕まえることより上手い本末転倒な連中ばかりだ。


 そんな中、刃渡大吾という男は紛うこと無き善人だった。

 190センチに届く長身は筋骨隆々。五十歳なのにも関わらず、その眼光は鋭さを増していくばかり。


「海光公園、だったか?」

「はい。泡波市の名物ですね」


 そしてそんな彼の下に集まった部下も皆優秀だ。

 警察のあるべき姿。それがこの東京警視庁だった。


「それで遺体は?」

「資料の通り摩訶不思議な状態でした。もはや人間であるかの判別すら困難な程です」


 刃渡は必ず全ての事件に一度部下からの報告を通達していた。

 これは警察内部にいる刃渡を疎ましく思う者からの妨害や、少しの認識の齟齬が致命傷にならない様にする為である。要らないと思う者も多かったが、彼は意見を曲げなかった。


 彼はこの警視庁内で唯一異能の存在を認識していたからだ。

 非科学的な力を対策するに越した事は無い。


「そうか。ありがとう」

「いえ。では失礼します」


 一礼して退室した部下に感謝しつつ、彼は思考を巡らせた。


 死体は異常な程損壊しており、かつ全く犯人の痕跡も残っていない状態。恐らくこのまま行くと容疑者の一人も出てこないまま事件は迷宮入りを迎えるだろう。


 これが異能犯罪だという確信は無い。

 だがもしそうだった場合、薄暗闇で笑う悪がまた一人世に解き放たれた事になる。


「許せんな」


 それは許される事では無い。

 刃渡はスマホを取り出し、ある番号へと電話を掛けた。


『ロック』


 電話から聞こえてくるのは機械的な音声。


「異能識別“エグザイル”刃渡大吾だ。コードはA1SN4」


 それに対して刃渡は澱みなく答えた。


『アンロック』


 一分間ほど沈黙していた機械音声が再び声を発する。

 それと同時に刃渡の電話へと異能の防護が届けられた。


『刃渡か。今日はどうした』

「異能犯罪だ」


 電話の相手は女性。

 それも異能に精通する人物である。


『それがどうしたと聞いている。異能使用許可願か?』

「あぁ。恐らく今回の犯人は使い慣れている。異能無しで戦うのは得策じゃない」


 通話相手は深くため息を吐いた。


『そんなもの放っておけ。どうせ“ヤツ”が解決するさ』

「それは警察の仕事では無い。俺は今まさに脅かされているかもしれない人間を守る為に生きている」


 刃渡の頑固さは警察署内でも知れ渡っており、一度決めた事は絶対に貫き通す強い精神の持ち主であった。

 勿論女性もそんな彼の性格を知っている。聞き分けの無い赤子に諭す様な気持ちで話を続けた。


『それで肝心な時に異能を使えなかったらどうする? 後三日もすれば“黄昏の自動人形(オートマタ)”が動くぞ。いや、もう既に動いているかもしれない』

「他人任せが罷り通るなら警察など要らん」


 刃渡は強い意志を秘めた瞳で虚空を睨みつけた。


「俺は守る。命も笑顔も生活も。人間が本来当たり前に享受すべき全てを背にして」


 そうして彼は生きてきた。


「三日だな。三日後、事件が解決しなければ俺が出る」

『・・・いいだろう』








「へぇ〜紬ちゃんって高校生なんだ」


 少女は有栖の言葉に頷き、コーンスープを掬い取る。

 有栖は想像の一歩どころか三歩先を行く会話の弾まなさに辟易した。


 名前を聞けば教えてくれたし、年齢もそうだった。

 全く高校生には見えないが、別に疑う理由も無い。これくらいの背の高校生などそこら中にいる。


 問題は住んでいる場所、通っている学校、何故こんな時間に海光公園まで来ていたのか、何一つ教えてくれない事だった。


 怪しさ満点ではある。

 わざわざこんな夜中に海光公園へと訪れた。

 “犯人は現場に戻る”有名な言葉であり、実際その事例は非常に多い。


 だがこの少女が今回の事件を起こしたとはどうしても考えにくい。

 理由は唯の勘だが、有栖はそれを信じて生きてきた。


 確かに恐ろしく闇の深い瞳だが、それでも悪人ではない。

 彼女の勘がそう囁いている。


 しかしこのままでは埒が開かないのもまた事実。


「ねえ紬ちゃん。一つ聞きたいんだけどさ──」



 だから一気に核心へと切り込む事にした。



「異能って・・・知ってる?」



 もし紬が犯人だったのならば、有栖は消されていただろう。

 赤子でも分かる論理、有栖が紬をこの事件の犯人として疑っていることの確固たる証拠。


 そうでなくとも何か動きが見られる筈。


 人間の心は何処にあるのか? という問いはよく聞く。

 頭か、胸か、それとも何か概念的なものなのか。


 有栖は体自体が心なのだと考えている。

 恥ずかしければ顔は赤くなり、恐怖を覚えれば体は自然と震え出す。寂しければ無意識に何かに縋ろうとし、一筋の涙が零れ落ちる。


 心と体は二つで一つ。

 紬が異能についてほんの少しでも知っているのなら必ず動きがある。

 有栖は何一つ見逃さないと目を見張った。


「知ってる」


 そんな有栖の警戒を全て吹き飛ばすかの様な答え。

 一番予想していなかったど真ん中ストレート。


「え?」

「知ってるって言った」


 有栖の頭の中で情報が渦巻く。

 ここで異能を知っている事を素直に答えるメリットはなんだ?

 いや、どうせ私を殺すなら幾ら異能について情報を漏らしても関係ないという判断か?


 有栖は紬をサイゼリヤへと連れていく為の説得材料として“自分が警察である”という情報カードを切っている。

 その情報はもし少女が犯人だった場合、値千金の価値があるだろう。


 考える、考える、全ての未来を予想しろ────


「小説で見たことある」


「・・・ん?」


 おっと、流れが変わったな・・・


「特殊能力とかいうやつ」


 そうか!

 誰もが異能だと聞いて“この世界に実在する異能”だと考える訳では無いのか。

 私としたことが、何て初歩的な失敗をしてしまったものだ。


「そうそう! 私ああいうの大好きなんだよね〜!」


 だがそれを表に出す訳にはいかない。

 今の紬の返しに感情の揺らめきは見られなかった。


 つまり、本心。

 彼女は本心から異能を空想のものだと思っているという事だ。


 これで演技ならかなりの役者だが、どうも演じるのが得意な子には見えない。


「異能暮らしとか、私アカとか大好きなんだよねぇ」

「聞いた事ない」


 このまま会話を繋げるのが得策。

 この子が異能について知っている可能性は非常に低いと判断して良いだろう。


「それでさ────」



 結局二人は仲良く晩御飯を食べ終え、有栖が紬を駅まで送って別れた。








「おはようございます」

「あ、本条さん。おはようっす」


 翌日、有栖は長谷川と共に東京警視庁へとやって来ていた。

 今日は二人とも偶然公休。つまり仕事をしに来た訳では無い。


 では何をしに来たか。


 どデカい爆弾を落としに来たのだ。


「それでは手筈通りに」

「ええ! ほんとに大丈夫なんすか!? マジで消されるかもっすよ?」


 長谷川はここまで来てもこの作戦に反対だった。

 それは余りにも危険すぎるが故。


「いえ、消される事はあり得ません」

「なんでそう言えるんすか?」


 有栖は子供の様に無邪気な笑顔で答えた。


「私の予想が正しければ────」




 作戦はこうだ。


 まず長谷川が今回の事件に関する噂をばら撒く。

 内容は簡単、“海光公園の事件には異能が使われている”だ。


 まあまず信じる人間はいない。

 事件が迷宮入りしそうな時、よく言われる文句として“魔法のようだ”というものがある。

 それと似た様なものだ。


 だがこの段階で流れるのは少々異常である。

 まだ事件発生から四十八時間も経っていないのだから。

 少しずつ広まっていく噂、それと同時にもう一つ噂を流す。


 “情報ソースは本条有栖である”というものだ。


 有栖は東京警視庁でも結構な有名人だ。

 今までに無いほど優秀な成績での卒業者、天性の警察として。

 まさか彼女がそこまで突拍子も無い事を・・・


 流石に全員は無理だろうが、ほんの数人でも噂話をそのまま流してくれれば良い。

 狙うのは警視庁内にいるであろう、異能を認識している人間を炙り出す事。


 そしてその人間は間違いなく今回の事件を“異能犯罪”だと考えている筈。それと同時に異能の口外を禁じられた人物であると思われる。


 そんな中、異能の噂が耳に届いたらどう動く?

 それも海光公園というピンポイントかつ迷宮入りもしていないホットな事件。


 きっとその人物は異能者だ。










「そういえば、あの噂聞きました?」

「噂?」


 そうして有栖の思惑通りに噂は巡る。


「海光公園の事件、どうやら異能とかいう謎のパワーが原因だっていう噂ですよ」

「なに?」


 巡って巡って。


「誰だ、そんな下らん事を抜かす奴は」

「ほら、あの優秀って噂の・・・本条有栖さん。でしたっけ?」


 遂に繋がった異能者への道筋。


「ふむ、少し出る」

「え?」

「昼飯だ。気にするな」


 有栖は予想していた。

 一体誰が異能に通じる人物なのか。


 警視庁の人物を一から全員見直し、その人間たちが今まで関わって来た事件も一夜にて全て調べ上げた。


「私は絶対に殺されない。異能者である可能性がある人物はたった一人だけ」


 有栖は後ろで開かれる扉の音を聴きながら話し始めた。


「唯一、この警視庁内で“異能犯罪”を解決した実績を持つ男」


 有栖の後ろに立つのは一人の巨漢。


「正義を貫く警察、刃渡大吾」


 そうして振り向く有栖の首筋に冷たい感覚。

 それは金属的な光沢を放つ鈍色の太刀だった。


「全て吐け。お前の知る情報をな」


 刃渡大吾、彼の持つ異能は刃変万化。

 体を刀へと変化させる異能。


「何も知りませんよ」


 有栖の顔に浮かぶのは何処か蠱惑的な笑みで。


「知らないから此処に来た。お前が吐けよ、臆病者」


 その口から飛び出したのは今までとは違う暴力的な物だった。

 

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