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黄昏の自動人形  作者: べるべる
File.1 異能を持つ少女
3/11

悪たり得る者


 悪、と言えば何を思い浮かべるだろうか。


 例えば犯罪、例えば嘘、例えば嫉妬。


 では問おう。


 犯罪が悪だと定義してみよう。

 一人の父親がいて、彼には命より大事な娘が居たとする。温かい家族に囲まれて毎日が幸せで、幸せで堪らない。

 ある日、娘が犯されて、顔が腫れるまで殴られ、生きていけないと泣きながら自殺したら・・・


 父親が加害者に復讐をすることは悪だろうか?

 加害者の頬を思いっきり殴り、怒鳴りつける事は悪たり得るだろうか?

 だがそれは犯罪だ。



 嘘が悪だと定義してみよう。


 一人の少年が足を損傷して泣いている。

 サッカーが好きな彼は、もう歩くことすらままならない可能性が高い。

 治療が成功する可能性は限りなく低く、成功しないと言い切っても良い。


 そんな少年を抱きしめ、必ずもう一度歩けるようになると、そう励ます事は悪たり得るだろうか?

 だがそれは嘘だ。



 嫉妬が悪だと定義してみよう。


 生まれつき貧困な者が、恵まれた環境に生まれてダラダラと無為に時間を消費する者に嫉妬した。

 毎日汗水垂らして一日の生を得る彼らにはそんな権利すら与えられないのか?

 だがそれは嫉妬だ。


 果たして彼らは悪たり得るだろうか?



 いいやまさか。

 悪ではないさ。誰もが心に抱く当然の事だ。


 悪とは、悪の本質とは。


 誰もが、この世界に存在する全員が、心の底から“悪”だと思う物事を指す。

 人は感情を持つ生き物だ、そこには目に見えない様々な基準が設けられていることだろう。


 それら全てを容易く抜けてくる程最低で、救いようのない、屑より屑な行為だけを──


 人は悪と呼び、忌み嫌う。


 この世界は腐っている。

 悪たり得ない悪は断罪され、真の悪は暗闇で蠢く。


 悪魔は忍び寄り、巨悪は嗤う。


 ただ許せない。

 何故、何故なんだ世界よ・・・。


 護りたい。

 この世に生まれ落ちた宝物達を。



 生を紡ぐ全ての悪から。







「本条さん、もう帰りましょうよぉ。勤務時間終わっちゃいますって」

「なら後は私一人で行きます」


 有栖と長谷川はニュースで事件を知ってから、長谷川が引き摺られる様にして海光公園へと訪れていた。

 それに何やかんやで長谷川も興味が無い訳ではない。


「でも俺らじゃ多分入れないっすよ」

「私だって流石に現場に入れるとは思ってませんよ」


 事件現場にはテープが張られ、中では忙しそうに数人の警察官と鑑識が動いている。

 余程不可思議な事件なのだろう、捜査はやはり難航している様だった。


 さて、警察官だからと言って現場に入る事が出来るか、と聞かれればそれは勿論間違いだ。

 まずまず管轄外であるし、地域も違うし、捜査の邪魔になるだけだ。


「じゃあ何を見に来たんすか?」

「そりゃあ勿論私にしか見えない物をです」


 だが有栖には他の警察官と比べて圧倒的に有利な点が一つだけある。


 それはこの事件が“異能犯罪”であるという可能性を考えられる事だ。

 恐らく今回の事件は迷宮入りするだろう。異能という存在を教えられていない捜査官達が幾ら異能犯罪現場を捜査したところで、答えは一つ。


 “分からない”


「どうするんすか?」

「こうします」


 有栖は鞄から双眼鏡を取り出した。

 長谷川は先程まで内心で高まっていた有栖への評価を百八十度変えた。


「じゃじゃーん! 双眼鏡で覗き見すれば良いんです」

「アホっすか! 俺らが怪しまれるだけで終わりますよ!」


 その言葉を聞いて有栖はハッと目を大きく見開いた。

 この女、そんな当たり前の事に今更気がついたのである。


「ど、どど、どーしましょう!」

「嘘っすよね? まさかそれしか案が無い、何て事は・・・」


 有栖は必死に顔を逸らし、ぴゅーぴゅーと下手くそな口笛を吹き鳴らした。


 完全に手詰まり。

 何で肝心なところがこんなに抜けているんだ、と長谷川は深く溜息を吐いた。



「あれ?有栖じゃん」


 だがそこに現れる救いの女神。


「タッちゃん!」


 花園立木(はなぞのたつき)、有栖の同期で、警察学校で仲良くなった一人だった。




 ──



 ────



 ──────




「ふーん。事情は分かったわ」


 立木は有栖からあらましを伝えられ、全てを理解した。

 彼女は有栖が“黄昏の自動人形”を探していることも知っているし、この世界に異能というものが存在し、有栖の探し人が異能者であるということも知っている。


 だからこそ立木は有栖を頼る事にした。


 上にも許可を取り、捜査へと協力出来る様に取り付けたのだ。

 恐らく、というか絶対、警察に有栖より異能について調べている人間はいない。


 有栖はあの出逢いから五年間、毎日おかしな所が目立つ迷宮入りした犯罪を調べ回った。

 そして今、彼女にはある嗅覚が備わっていた。


 それは“異能犯罪”であるかどうかを一瞬にして判断出来る力。

 異能犯罪には所々共通点がある。


 それが異能の特徴なのか、それとも迷宮入りする程狡猾な異能犯罪者の特徴なのかは分からない。


 まず第一に、異能犯罪は発見が遅れる事が多い。

 有栖の時の様に音が消されていたり、恐らく宙に浮くなどの異能も存在する筈だ。


 そして第二に、容疑者が挙がって来ない。

 本当に誰も怪しく無いのだ。捜査のやりようが無い。


 それから第三に、死体の異様さが普通とはまるで違う。

 人力では到底不可能な程傷だらけだったり、逆に全く体に傷跡が無い事もしばしばある。


 最後に第四。狡猾な異能犯罪者は痕跡を残さない。

 足跡は勿論、指紋、髪の毛の一本、目撃情報に至るまで。


 奴らは闇に潜むのだ。


「これが発見された時のままの死体の写真よ」


 立木から差し出されたのは一枚の写真。そこには原型が分からないどころか、肌の色すら見えない程徹底的に痛めつけられた死体が写し出されていた。


 地面に紅い花が咲いている。

 そう表現する方が正しい様な有様だったのだ。


 長谷川は込み上げる吐き気を必死に抑えた。

 だが有栖は写真を凝視したまま微動だにしない。


 これは彼女が深く思考する時の癖だった。

 それを知っている立木も変に口出しはしない。


 痛くなる様な静寂が一分間程続いた。


「間違いない」


 それだけ呟いた有栖は身を翻し、海光公園へと駆けた。


「ちょ、ちょっと本条さん!」

「好きにさせてやりな」


 制止しようとした長谷川の腕を掴み、諭すように呟く立木。


「あの子はね、天才なんだよ」


 警察学校の時を思い出して立木は言い放つ。



「有栖は警察が天職だ。そうじゃなかったら、神様は贔屓がすぎる」







 時刻は十七時半。太陽もそろそろ休みたい時間帯だろう。


 有栖は海光公園の中心に立った。

 調べによると、死体の近くに足跡などは見受けられず、かつそれらが消された痕跡も無い。


 この公園は人気なので夜に散歩をする人もいるらしい。つまり、犯行がこの公園で行われたなら必ず目撃証言がある筈だ。


 それが一つも無いという事は犯行現場は此処じゃないのか?だが死体の周りに飛び散った血がそうでは無いことを示してくる。


 間違いなく犯行は此処で行われ、かつ目撃者はいない。足跡も無いので犯人が公園の中央まで歩いて来た訳でもない。


 となると死体を中央へ向かって投げたのか?

 いや、流石にそれは無い。投げられたにしては死体が綺麗に纏まりすぎている。


「常識を捨てろ、超常を浮かべろ。有栖、お前は今犯人だ」


 有栖はボソボソと自分に語りかける。


「何でも出来る、何でも使える。どんな異能があればこんな事が可能だ?」


 異能は非科学的だ。

 原理など無く、常識の檻から飛び出した唯一の自由。


 だが万能では無い。

 幾ら不可思議で、理外であっても。


 この地球という枷からは逃げられない。


 重力、慣性、抵抗、そして時間。

 それら全てに影響を及ぼす異能なら別だが、予想するに異能はある程度型が定まっている。


 興せる事象は一分野のみ。

 異能は、異能という枠組みでは異能ではない。


 全て思い出せ。


 丁度四年前、金鳥市の住宅街で起きた事件に酷似している。二年と六ヶ月前、北海道の山奥で発見された事件にもそっくりだ。


 有栖の脳に格納された全ての異能犯罪事件が宙を舞う。彼女はその中からたった二つを掴み取った。


 その時、自分はどう結論を出したか。

 一つは光を操る異能、周囲から見えない状態に環境を書き換えたのだと考えた。


 そしてもう一つは・・・



「視えた」


 有栖は近くまで来ていた立木の手から写真を引ったくった。そこには相変わらず紅い花が咲いている。


「有り得無さすぎて考えもしなかったのでしょうね」


 首を傾げる立木と長谷川へニヤリと笑い、有栖は告げる。


「これ、一人じゃないですよ」


「「え?」」


 驚く二人を尻目に有栖は遂に見つけた答えを語る。


「目撃者がいない訳じゃ無かったんです」


 写真に写るは紅い花。


「全員纏めて、一つの塊へと圧縮させられていたんですよ」


 そんな突拍子も無い事を言いながら、彼女は口元に手を当てた。


「保有する異能は身体操作。間違いありません」


 有栖は自信満々にそう告げた。


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