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黄昏の自動人形  作者: べるべる
File.1 異能を持つ少女
2/11

少女は勉強が出来ない


「じゃあ皆、気を付けて帰るように」


 学校の終礼というのは時間の割に長く感じるものだ。

 成瀬紬(なるせつむぎ)はそんな学生なら誰しも一度は思ったことがあるであろう当たり前過ぎる事実を再確認した。


 まあ、終礼が幾ら長くても紬には全く関係のないことだ。別にこの後予定がある訳でも無く、家に帰って濃厚バター等という如何にもカロリーが高そうなポップコーンを口に運びながらテレビを見る程度しかすることが無い。


 紬は友達がいない。

 高校生になり、他に自慢しても恥ずかしく無い位には良い学校で過ごす。

 俗に言うコミュ障という訳ではなく、ただ喋らないだけ。学校生活一日の中で教師に当てられた時しか話さない。


 喋らない人間というのは基本的に頭が良い様に見られがちだ。話すところを殆ど見られない紬もその例に漏れず、秀才だと思われていた。

 彼らは運動が出来ない代わりに勉強は出来る、それが一般的な見方であったが、紬はそこらの凡百とは一味も二味も違う。



 彼女は運動も、勉強も、全く出来ない。


 流石に字は綺麗だろう?

 いいや、彼女は象形文字の方が向いている。


 では家事はどうだ?

 いいや、料理は素材の味そのままだし、掃除を終えた場所こそ真の掃除場所と化す。


 彼女が得意な事はたった一つだけ。

 紬は人より少し裁縫が出来る。

 逆に言うと彼女はそれしか出来ない。


 話し掛けられれば少し遅れて短い答えを一つ返すだけ。授業中はずっと窓の外を眺め、遊びへの付き合いも良いとは言えない。


 何とも虐められそうな紬だが、しかし彼女は一つ圧倒的に他より優れている点があった。


 それは容姿。


 適当にシャンプーでぐしゃぐしゃと洗うだけで宝石の様な光沢を放つ髪、傷一つ無いぷにぷにと柔らかな肌。

 何より御伽噺(おとぎばなし)に出てくる妖精の様な完成された顔立ち。蛋白石(オパール)が埋め込まれたかの様な瞳は温かな光を灯す。


 余りの顔の良さに嫉妬しそうになる女子も多かったが、高校生にもなって身長は140センチと低く、スタイル自体はお世辞にも良いとは言えないので、高校一年生がスタートして僅か二ヶ月で所謂マスコットの様な扱いとなった。


 小さくてちょこちょこと動く少女は運動も勉強も人並み以下で、しかも口下手で大人ぶっている様に見られる。

 これでは嫉妬も起きない。

 男子も女子も紬の事を危なっかしい妹の様に思うようになったのだ。


「ツムちゃん、この後予定ある?良ければ皆でカラオケ行こうって話してたんだけど」


 クラスの女子の一人が紬へと声を掛けた。

 紬はよくカラオケへと引っ張り出される。

 誰かの膝の上でちょこんと座って教えられた合いの手を入れるのが愛らしい、と大人気だったからだ。


「予定ある」


 別に予定は無かったが、今日はカラオケという気分では無い。幾ら口下手な紬でも断り文句の一つ位は気を遣う。

 紬の言葉を聞いた女子は納得した様に一つ頷き、明るく手を振って教室を後にする紬を見送った。


 学校の終礼は原則四時に終わる。

 そこから部活動をする者、おしゃべりに興じる者、習い事に行く者や友達と遊ぶ者。

 様々な学生が存在する中で、紬は一人帰り道を歩く。


 靴は右足の小指側から差し入れる様に履き、つま先で地面を一度だけトンッと小突いて整える。


 校門から出る時に差し出す足は絶対に左足。


 曲がり角は用が無くとも一度曲がり、中程まで進んでから折り返してまた曲がる。


 鞄は右肩から掛けているが、きっかり五分で左肩に掛け直し、また五分で右肩へと戻す。

 時計で測っている訳でも無いが、寸分違わず五分でその作業は行われた。


 これらは全て紬のルーティーン。

 毎日この手順が繰り返され、一度として行われなかった事は無い。

 友達と遊んだ後でもわざわざ紬は一度学校の校門へと戻り、この手順をなぞって帰宅する。


 家の前まで着くと周りをサッと見渡して怪しい影がいないかを確認、二つある鍵を下、上の順で開けて家の中へ。


「ただいまお母さん」


 紬の前に立つ母親から返事が返ってくる事は無い。

 それにはもう慣れたと言う様に母親を一度抱きしめ、ソファへと座り込んだ。


 コーヒーは駄目だ、少し苦すぎる。

 やはりミルクだ、それも砂糖の入ったとびきり甘い物が好ましい。


 紬の隣へ彼女の母親も腰を下ろす。


 紬はテーブルの上に置いてあるポップコーンを開き、テレビの電源を点けた。

 机の上には砂糖の入ったミルク。そして開けたポップコーンを入れる為の皿。


 紬は母親とこうしてゆったりと過ごす時間が何よりもお気に入りだった。

 1日を少しずつ思い返しながら、好きな母親、好きな加糖ミルク、好きなポップコーンに囲まれる。


 贅沢とも呼べない様なこの一瞬を、彼女は愛していた。









「いや〜正直暇っすね」


 長谷川和也(はせがわかずや)は隣で書類を整理している同僚にそう呟いた。

 警察である彼らに到底暇な時間があるとは思えないのだが、長谷川は仕事が早く、手の抜き方も熟知していた。


 有能な彼は今日対応すべき書類を30分前には全て片付けており、時間を持て余しているのだ。


「そんなこと無いですよ、私にはどうしても捕まえなきゃいけない人がいるんですから」


 長谷川の言葉にそう返したのは警察学校で優秀な成績を残し、同期の中で一番の有望株と噂されている新入りの警察官。


「難しいと思うっすけどね。この大海原からたった一人を探し出すって」


 本条有栖は長谷川の言葉に顔を顰め、顔を背けた。


「言われなくても分かってますよ・・・そんなこと」

「せめて名前が分かってれば探し出すのは楽なんすけどねぇ」


 それは有栖も考えた。

 だが名前が分かっているからと言って一警察官に何の罪も犯していない一般人の個人情報を閲覧する事は不可能に近いのだ。

 きっと有栖が探している少女は表向き何の罪にも問われていない筈。つまり捜査は困難を極める。


「その、黄昏の自動人形(オートマタ)・・・だっけ?」


 長谷川は込み上げてくる笑いを抑えることが出来ず、軽く吹き出した。


「そんな中学生が考えた様な厨二病ネームひとつだけでどうやって見つけるんすか」


 思わず反論しそうになる有栖だが、それは薄々本人も思っていたこと。

 逆にそれだけを目的にして警察官になるまで努力した彼女の根性が異常なのだ。


「だからこうやって資料を確認しているんじゃないですか」

「え? それ仕事じゃないんすか」


 てっきり仕事を片付けているとばかり思っていた長谷川は有栖へとそう問うた。


「何言ってるんですか。仕事の書類なんてもう三時間前には片付け終わってますよ」


 長谷川はその言葉に衝撃を受けた。

 あの量の仕事を時間にして僅か二時間程度で対処した計算になる。


 馬鹿な、あり得ない。

 そんな事が果たして物理的に可能なのか!?


 長谷川は思わず彼女の側に整頓されている書類をぱらぱらと見返した。

 完璧に処理されている。


 彼女なら本当に探し人も見つけてしまうかもしれない、長谷川は同僚の余りの有能っぷりに身慄いした。


「んで、今何調べてんすか? 暇だから手伝うっす」


 有栖は資料を捲る手を一度止め、真剣な視線を長谷川へと向けた。

 何時も元気で明るい有栖からは到底想像出来ない程の眼差し。


「絶対に、他言しないと誓いますか?」


 そんなに重大なことなのか・・・というかもしかして犯罪? これ、聞いちゃ不味いんじゃないだろうか。

 そんな思考が長谷川の頭を支配したが、彼は元来難しく考えるのは苦手なタイプだった。

 暇だし、乗り掛かった船だし、手伝うくらい良いかと軽く返事した。


「口の硬さには自信があるっす。信用してもらって構わないっすよ」

「分かりました」


 有栖は自分の鞄から鍵の付いたファイルを取り出した。

 六桁の番号が無いと開けられない頑丈な物で、中に入れられている情報が如何に重大かを示してくる。


「良いですか、落ち着いて聞いてください」

「はいっす」


 有栖は一本指を立て、どこぞの探偵の様に目を細めた。



「この世界には・・・“異能”と呼ばれるものが存在します」



 それは突拍子も無い真実で。

 世間には全く公表されておらず、警察でも上層部の更に上澄みしか知らされていない情報だった。



「へ? 異能・・・?」


 それを見たことも聞いたことも無い人間からすれば頭のおかしな女が放つ狂言だと感じるだろう。

 

 だが長谷川は茶化せなかった。

 彼を見つめる有栖の目が余りに真剣だったからだ。

 きっと彼女が言っている事は本当だ、そう思わせるだけの空気があった。


「そうです。人の手でありながら超常を興すことを可能にする、原理不明な魔術です」

「そ、そんなものが。な、何でそんな事知ってるんすか」


 有栖は過去を振り返る様に頭に手を当てた。


「五年前、私が高校二年生の頃です」


 そうして語られたのは有栖の過去。


 警察署へと通報があり、不審な遺体と一人残された有栖。

 真っ先に疑われるのは間違いなく有栖だっただろう。

 だがそうはならなかった。

 理由は分からない。だが男は咎人であり、その死因に有栖は関与していないという判決が下されたのだ。


 後々調べた情報によると男は“初犯”として処理されていた。

 あの時、少女が言っていた事実とは違う。


 何もかもおかしい。恐らく、警察側にも異能に精通する人間がいるに違いない。


 それが有栖が出した結論だった。

 そして同時に異能の存在も決して有栖の見間違えでは無かった事が自動的に証明されたのだ。



 間違いない。

 この世界に異能は存在し、それを扱う者、“異能者”も存在する。



 そして───


「私が探している黄昏の自動人形(オートマタ)。彼女もまた、異能者である事は間違いありません」 


 長谷川は怒涛の情報量に押し潰されそうになりながらも何とか頭の中で整理を終えた。

 そして結論を下す。


「見つけるの不可能じゃないっすか?」


 そう。

 話によるとその黄昏さんは異能で殺人を犯し、今尚警察に影すら踏ませていない存在らしい。


 それが一個人がどうこうした所で見つけ出せるとは思えない。


「いえ、実はそうでも無いんです」


 そう言って彼女がファイルから取り出したのは数多くの資料。

 いずれも事件の犯人が変死しており、被害者が現場から助け出されている。


 その数、およそ数十件。

 とんでもない数だ。


 そのどれもが酷似している。有栖が巻き込まれたあの事件に・・・

 きっとあの少女の手によるものだ。

 それもここ数年の内に起こった物ばかり。


「つまり彼女は犯罪現場に現れ、被害者を守りながら加害者を殺す、という行動を繰り返している訳です」


 だがそれが示すのは残酷すぎる事実。

 少女は日本で一番の人殺しであるという事だ。


 長谷川は有栖が何をしようとしているのかを察して慌てる。


 恐らく有栖は犯罪現場に乗り込むつもりだ。

 それしか出会う方法は無い。


「そ、それって危険すぎるっすよ! 口封じに殺されるかも・・・」

「彼女はそんなことしない!」


 長谷川の正論に感情的に返してしまう有栖。

 それも仕方がないことなのかもしれない。


 あの日、あの時、あの瞬間から。



 黄昏の自動人形(オートマタ)は有栖のヒーローなのだ。



 だが長谷川の言う事が10割正しいのは間違いない。

 一警察官の自分達が大掛かりな事件を捜査することなど基本的に無いのだから、現場に忍び込めば命だけでなく立場すら危ぶまれる事になる。


「はぁ。何だか疲れちゃいました」

「コーヒーでも淹れるっすか?」

「いえ、苦いのは好みじゃなくて・・・」


 有栖は美人と言っても全く問題ない程度には顔が整っており、女性の中では長身な170センチ越えの身長に合わせて完璧に着こなした制服も相まって大人な雰囲気を醸し出している。


 だが中身は子供。

 苦い物より甘い物が好きだし、ヒーローに憧れる夢見がちな一面もある。


「テレビ点けますね。ニュースを見たくって」

「ほいっす」


 何かに惹かれたという訳では無い。

 ただ自然とテレビを見よう、と思っただけ。


『次のニュースです』


 丁度良いタイミングだ。

 ニュース番組というのは意外に馬鹿にならないものだ。明らかに確度の低い見通しや見当違いの意見を述べるコメンテーターを無視すれば、幅広い情報を得るのにこれ程適したコンテンツは少ない。

 ラジオも捨て難いが、映像を確認出来るのは大きなアドバンテージだ。


『昨晩二十二時頃、泡波市の海光公園で身元不明の死体が発見されました。警察によると、死体は極めて不可思議な状態であり────』


 有栖は机に倒れ伏していた体を跳ね上げた。

 そして食い入る様に画面を凝視し、情報を頭の中で巡らせた。


「へぇ。海光公園といえば、隣の市じゃないっすか。怖いっすね」


 コーヒーを淹れながら呑気に感想を述べる長谷川の声など聞こえていないかの様に、有栖は思考の中にいた。


「本条さん?」


 長谷川は有栖の異変に気がつき、恐る恐る声を掛けた。

 有栖はゆっくりと息を吐き、目をカッと開いて叫んだ。


「間違いない!」

「はぁ。何がっすか?」


 長谷川もそろそろ慣れてきたものだ。コーヒーの香りを楽しみつつ有栖へと返事した。



「これは・・・異能犯罪です!」



 有栖の言葉に長谷川は肩を竦め、一応話だけは聞いてやるかと嘆息した。

 






『昨晩二十二時頃、泡波市の海光公園で身元不明の死体が発見されました。警察によると、死体は極めて不可思議な状態であり────』



 紬はテレビに流れる情報を見ながらポップコーンをパクパクと口に運んでいた。

 時たま隣に座る母親にもポップコーンを差し出し、一緒に楽しむ。


『最近は不思議な事件が増えてきた感じがしますよね』


 テレビの中の女性の言葉にコメンテーターの男性が答えた。


『そうですね。不気味で捜査が難航する事件も少なくないようです。いっそ、魔法なんじゃないかと疑ってしまう程ですよ』


 紬はポップコーンが入った皿をテーブルの上に置き、テレビの電源を消した。

 唯一音を発していた電子機器の沈黙により、静寂がリビングを満たす。


「行ってくる」


 紬は未だにソファへと腰掛けたままの母親にそれだけ言葉を残し、リビングを後にした。


 返事は返されない。

 照明も消され、家の中には陽光だけが差し込む。


 靴を左足の小指側から差し入れる様に履き、つま先で地面を二度だけトントンと小突いて切り替える。


 家を出て鍵を上、下の順番に閉める。


 一歩踏みだす時は絶対に右足。


 その瞳は冷たい光を孕み、紬の周りだけは温度が消え失せたかと錯覚する程だった。


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