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黄昏の自動人形  作者: べるべる
File.0 運命
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出逢い

なろう初投稿です!

楽しんで貰えると嬉しいなぁ。


 都会とも田舎とも呼べぬ、最近では珍しくない街の一角。薄暗い裏路地、汚れた床は元の色さえ判別出来ない。

 街頭の灯りはもうすぐ点灯するだろうか、太陽が隠れんとする半刻前。


「はぁ、はぁ」


 顔の整った一人の少女が逃げ惑っていた。高校生になってからは運動することも減り、その弊害か息は途切れ途切れで足取りも覚束ない。

 少女の名は本条有栖(ほんじょうありす)。家の近くの高校へ通う、今年二年生に上がったばかりの女子高生だ。


「へ、へへ。有栖は照れ屋さんだなぁ」


 それを追う痩せぎすな男。顔には溢れんばかりの愉悦を浮かべ、有栖の抵抗も照れ隠しの表れだと本気で考えている様だった。


「来ないで!」


 男はストーカーだった。

 有栖をひと目見た時から興奮が抑えきれなくなり、ストーカー行為を始めてから二週間経った今、人気の少ない時間帯を狙って学校帰りの有栖の前に現れた。

 目に危ない光を映し、とても正気だとは思えない。


 遂に有栖は足を挫き、壁を背にしてその場に蹲る。

 涙を浮かべる有栖の愛らしさに男はまた口角を釣り上げた。


「勿論誰も来ないよぉ。僕ら二人きりだねぇ」


 そう。不思議なことに有栖が鳴らした防犯ブザーも助けを求める叫び声も人を集める事は無かった。大通りに程近いこの場所なら絶対に誰かの耳に入る筈なのに。


 この男が何かしたのだ。何をすればこんな事が出来るのかは分からなかったが、それでも目の前の薄汚い男が原因だと有栖は確信していた。


 だからといって何が出来る訳でも無いが。


 有栖は無力だった。

 高校受験で忙しくなった影響でテニスを辞め、普段から運動する事も無くなり、護身術の類を身に着けている訳でも無い。


 男の右手が蹲る有栖の左腕を掴み、そのまま引き寄せる。


「嫌ぁ!」


 有栖は必死に抵抗を続ける。ここまで来れば彼女だって男が何を目的にしているかぐらい分かる。

 男は有栖を犯そうとしているのだった。


 騒ぐ有栖に痺れを切らしたか、男は舌打ちすると空いている左手を振り上げ、彼女の右頬を強く打った。

 有栖は途端に静かになり、怯えたように男の顔を凝視することしか出来ない。


「やっと分かってくれたんだねぇ。僕の愛を!」

「ひっ!」


 男の左手が有栖の太腿に触れた。

 有栖はその感触に虫が群がってきたかの様な得もしれぬ気持ち悪さを感じ、思わず小さく声を漏らす。


 もはや避けられぬであろう未来を幻視し、有栖の眦から一筋の涙が零れ落ちた。








「醜悪」


 ポツリ。


 その時、男の背後から声が響いた。

 然程大きいわけでも無いその声は不思議と耳に入り浸り、幼くも妖艶な色気を残した。


 有栖の服を剥こうとしていた男は慌てて振り返る。


 そこに立っていたのは一瞬本当に人間かと疑ってしまうような美しい少女だった。

 まだ幼いと言って差し支えない立ち姿でありながら肌には傷一つなく、 黒髪は磨き上げられた宝石より尚輝く。

 神がこの世に生み出した至宝。そう言われてもきっと頷いてしまうだろう。


 しかし男が少女に欲情することは無かった。

 少女の黒い瞳が鋭利で冷たい光を放ち、どこか人間というより人形の様に見えたからだ。


「な、何でこんなところに人が!」


 男は冷や汗を流しながら叫んだが、少女は答えることも無く、涙を流す有栖を一瞥して男に向き直る。


「柊隆史、無職30歳男性。罪状は本条有栖へのストーカー行為、並びに強姦未遂。過去にも二度、別の対象へと同じ行為を行い、最終的に殺害へと至っている」


 少女は抑揚の無い声ですらすらと男の罪状を読み上げた。男は罪状が明かされていくに連れ、その顔色を真っ青へと染め上げていく。


「ど、何処でそれを!」


 誰も男の罪など知らない筈だ。今までも巧妙に隠して来たし、怪しまれた事すら無い。

 何故なら彼は異能者だからだ。


 異能者とは特別な力を行使出来る理外の存在。

 “異能”を持つ者の総称だ。


 つまり男は選ばれし者。

 何をしても許されるのだ。


「お前は疑う余地もなく罪人だ」

「だ、だからどうした!」


 男は開き直った。彼は幾度も罪を犯して来たが、誰にもそれを咎められる事など無かったし、これからもそうである筈なのだ。


「何か言い残すことは?」


 少女は温度の通わぬ、氷より尚冷たい声色で男に問うた。


「黙れ黙れ! 僕は特別なんだ! 何をしたって自由じゃないか!」


 そう叫ぶと彼は有栖から手を放し、少女へと向けた。彼の異能は音を操る。有栖が幾ら叫んでも誰も気が付かなかったのはこの異能が原因だった。


 彼の手の中で音が渦巻き、放たれんとしたその時。


「な、何で! 僕の力がぁ!」


 男の手からは何も出なかった。手を突き出した姿勢で微動だにせず固まっている。

 体が全く動かせない。

 身動ぎすることすら叶わない。


「何か言い残すことは?」

「お、お前、僕に何したんだ!」


 男も頭が悪い訳では無い。今まで何度も警察から逃げ延びて来た。それは異能を持つからといって簡単な事では無い。

 だからこそ分かったのだ。


 目の前の少女もまた、自分と同じ選ばれし者。


 異能者なのだと。


「マリオネットは三度踊る」


 少女の口から紡がれるは天上の調べ。


「一度は世界の」


 白磁の様に嫋やかな手を男へと差し出した。


「一度は自らの」


 少女は右手の指をほんの少し、違いも分からない位に折り曲げた。


「そして最後は私の掌で」


 男の頭が少しずつ右回転を始める。

 一歩、また一歩と着実に近づいてくる死神の足音。


 全く身動きが取れず、目に見えた死を待つしか出来ない男はその場で糞尿をまき散らし、唯一動かせる口で延命を懇願する。


 だがその願いを少女が聞き届ける事は無い。


「僕と有栖が愛し合うのはそんなに赦されない事か!」


 男は最後に少女の感情の部分に訴えかける事にした。

 愛だ。愛しているからこそ行為に及んだのだと。


「愛、か」

「そうだ! これは僕なりの愛情表現なんだ!」


 初めて返された反応に男は希望を見た。

 生き残るにはここしか無い!


「君にだって分かるだろう!?」


 必死に訴えかける男と、少女の視線が重なった。


 それは何処までも冷淡で。


 まるで機械の様だった。




「踊れ人形、辞世の愛は美しい───」





 少女の額から肌色の糸がほろほろと崩れ散った。

 そして額に現れる太陽の様な痣。それは薄い輝きを放ち、男の最期を示す。


「お、お前まさか!」


 男は酷く怯えた様な声色で叫ぶ。

 気が付いたのだ。


 一体自分がどんな化け物を相手にしていたのか。




「た、黄昏の自動人形(オートマタ)────」




 その言葉を最後に男の首が180度回転し、物言わぬ骸と化した。騒がしかった悲鳴も、必死の抵抗も何もかも。

 彼が動くことは永遠に無い。


 陽が地平線と重なり、温かな橙色を振りまく。



「きれい・・・」


 有栖は今眼の前で行われたばかりの惨劇も、傍らに横たわる骸も忘れて呟いた。


 ただ美しい。


 そうして太陽が少女と重なった。

 影が彼女の顔を覆い隠す。


「あ・・・」


 有栖は思わず声を洩らし、少女の姿を目に焼き付けようとした。

 だが光は平等に降り注ぐ。

 有栖は恩人の顔を一目見ることすら叶わない。


 少女はそんな有栖に背を向け、一歩踏み出した。


「待って!」


 せめて名前だけでも、と声を張り上げる有栖だが、少女は何の反応も見せずにその場を去った。


 残されたのは骸と有栖だけ。


「黄昏の自動人形(オートマタ)・・・」


 そうして有栖の頭には一つの名前が焼き付いた。何が起こったかなんて何一つ分からない。


 でも、彼女が自分を助けてくれたのは分かる。


 有栖は一つ頷き、思い出したかの様に震える体を気合で抑えつけた。


「いつか必ず、お礼を言いに行くよ」



 これが有栖と少女の出会い。


 物語は何の変哲も無い路地裏で始まった。


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