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鍛冶屋の長い一日

作者: 陸たまき
掲載日:2009/10/20

「はぁ…」

鍛冶屋の店頭に座った太助は、今日何度目かのため息をついた。

理由は簡単かつ深刻。客が来ないからだ。

今日も収入無しかぁと、諦めかけたその時だった。

「こんばんは…まだお店開いてる?」

遠慮がちにのれんをくぐってきたのは小夜(さよ)だった。

「小夜。久しぶりじゃないか、どうしたんだ?」

しばらくぶりに見る小夜の姿に、太助の心ははずんだ。

「今日は客よ。……これ、直してくれる?」

薄汚れた風呂敷の中から出てきたのは、刃がぼろぼろになった小刀だった。太助はしばらく観察してから、頷いた。

「ああ、いいぜ。明日にはできるよ」

「…相変わらず、お客は来ないの?」

「ああ。…まぁ、こればっかりはな。こつこつやってくしかねぇよ。…この店は親父の形見だから、つぶしたくねぇし」

「…そうだね」

小夜はぐるりと店内を見回す。

太助の父の死は突然だった。病で倒れたと思ったら、一月ほどで亡くなってしまったのだ。まだ若かった太助は父の技を全て受け継ぐ事が出来ず、店からは客足が途絶えていった。太助の父が生きていた頃と比べると、この店はずいぶんと廃れてしまった。借金の肩に取られてしまったものもある。

「あ、そうだお金――…」

「いいよ。小夜には世話になってるし。それに親父さんだって大変だろう?」

小夜は父親との2人暮らしで、彼は仕事中の怪我が元でふせっているのだ。

「………」

いつもなら軽く笑い飛ばしてしまう小夜なのに、今日は笑顔がなかった。

「小夜?」

「もう…死にたいって…」

「………え?」

「父さん、もう死にたいって言うの」

小夜の目が赤くなっている。

「…どうして。だって治るんだろう?」

動揺を隠せない太助に、小夜は首を振った。

「傷口から、腐っていってるんだって。もう、どうにもできないって…」

「――そんな」

「足を切り落とせば生きられるかもしれない。…でも、そうまでして生きていたくないって…」

太助は、小夜の父を思った。男手ひとつで小夜を育ててきた、男としての威厳を誰よりも大切にする彼を。

あの人らしいとさえ、思った。

………けれど、そうしたら小夜は?


「――だからね」

初めて小夜は笑った。今に泣くんじゃないかと太助は思った。

「死なせてあげようと思って」

言葉をなくす太助から顔を反らし、小夜は逃げるように店を出て行った。




結局太助は、小夜を追いかけることが出来なかった。幼馴染の家だ、行ったって不自然じゃないのに、行けなかった。

真実を知るのが怖くて。

この小刀はまさか……

そう思うたびに、小夜がそんなことをする訳がないと言い聞かせ、仕事に没頭する。

翌朝、素晴らしい出来の小刀が仕上がった。








小夜が来たのは、昨日より少し早い夕方だった。

「こんばんは。…できた?」

笑う顔は、昨日と同じで今にも泣き出しそうだ。

「ああ」

太助は小夜から顔を反らし、ぎこちなく小刀を手渡す。小夜が風呂敷をめくると、小さな明かりのもと、刃がぎらりと光った。

「――…」

小夜が無言のままなので、太助は怪訝に思って顔を上げた。

「…ど、どうしたっ!?」

「……っ」

小夜の目から、次々と涙があふれてくる。

「小夜!?」

小夜の手から小刀が滑り落ちる。乾いた音が響いた。

顔を覆って、小夜は搾り出すように呟いた。

「……出来ない」

「―――」

「最初に思ったの。こんなに鋭かったら、簡単に切れちゃう。…危ないって。怖いって。…私やっぱり、父さんを殺すなんて出来ない…」

「……小夜」

正直に言って、太助は言葉を失ってしまった。

この歳までずっと傍にいた少女の、こんな面を太助は知らなかった。

けれども小夜を支えてやりたいと思うのに、何か言えと思うのに、出てきた言葉は情けなかった。

「じゃあ止めろよ…俺、小夜がそんなことするの嫌だ」

我ながらもっとマシな事も言えないのかと思うのに、小夜はふわりと微笑んだ。

「うん。…私、本当は誰かにそう言って欲しかったのかも」

「……ごめん。俺、もっと役に立つようになるよ。親父や俺のこと、小夜が支えてくれたみたいに…」

「…ねぇ、太助は、思ったことなかった?お父さんのことを、今の私みたいに」

「え」

小夜は小刀を拾い、丁寧に風呂敷に包んだ。

「ごめんね。こんな仕事頼んで」

「いいよ。気にするな」

涙はもうすっかりひいたらしい。太助はほっとして、答えを待つような小夜の顔に気づいて視線を泳がせた。

親父のことを、殺してやりたいって?


苦しむ父親を見る度、何度も考えたことだった。助かる見込みはないと言われてからは、なおさら。

「……あるよ。けど…」

小夜は黙って続きを待っている。

「けど、今だから言えることだけど、本当はもっと長く生きてて欲しかった。苦しくても、つらくても、俺はもっと… 親父と一緒にいたかった」

言っているうちに鼻の奥がつんとしてきて、太助は慌てて明後日の方を向く。

「……そう」

「一緒に行こうか?親父さんを説得しに」



2人は並んで、小夜の家へと向かった。

「太助」

「ん?」

「ありがとう。…私、太助がいてくれてよかった」


「…気にすんな」

日が落ちててよかったと、太助は思った。




その後。

小夜の父親は娘に泣きつかれ、足を失って生きることを決意した。

娘は幼なじみと結婚し、その夫も彼を支えた。やがて生まれた孫達にも囲まれながら、彼の生涯は穏やかに閉じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 胸に残る、温かい話でした。 [気になる点] 恋愛ではなく、文学では? 仕様ならすいません。 [一言] もっと長いのも読みたいです。
2009/10/20 11:59 退会済み
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