鍛冶屋の長い一日
「はぁ…」
鍛冶屋の店頭に座った太助は、今日何度目かのため息をついた。
理由は簡単かつ深刻。客が来ないからだ。
今日も収入無しかぁと、諦めかけたその時だった。
「こんばんは…まだお店開いてる?」
遠慮がちにのれんをくぐってきたのは小夜だった。
「小夜。久しぶりじゃないか、どうしたんだ?」
しばらくぶりに見る小夜の姿に、太助の心ははずんだ。
「今日は客よ。……これ、直してくれる?」
薄汚れた風呂敷の中から出てきたのは、刃がぼろぼろになった小刀だった。太助はしばらく観察してから、頷いた。
「ああ、いいぜ。明日にはできるよ」
「…相変わらず、お客は来ないの?」
「ああ。…まぁ、こればっかりはな。こつこつやってくしかねぇよ。…この店は親父の形見だから、つぶしたくねぇし」
「…そうだね」
小夜はぐるりと店内を見回す。
太助の父の死は突然だった。病で倒れたと思ったら、一月ほどで亡くなってしまったのだ。まだ若かった太助は父の技を全て受け継ぐ事が出来ず、店からは客足が途絶えていった。太助の父が生きていた頃と比べると、この店はずいぶんと廃れてしまった。借金の肩に取られてしまったものもある。
「あ、そうだお金――…」
「いいよ。小夜には世話になってるし。それに親父さんだって大変だろう?」
小夜は父親との2人暮らしで、彼は仕事中の怪我が元でふせっているのだ。
「………」
いつもなら軽く笑い飛ばしてしまう小夜なのに、今日は笑顔がなかった。
「小夜?」
「もう…死にたいって…」
「………え?」
「父さん、もう死にたいって言うの」
小夜の目が赤くなっている。
「…どうして。だって治るんだろう?」
動揺を隠せない太助に、小夜は首を振った。
「傷口から、腐っていってるんだって。もう、どうにもできないって…」
「――そんな」
「足を切り落とせば生きられるかもしれない。…でも、そうまでして生きていたくないって…」
太助は、小夜の父を思った。男手ひとつで小夜を育ててきた、男としての威厳を誰よりも大切にする彼を。
あの人らしいとさえ、思った。
………けれど、そうしたら小夜は?
「――だからね」
初めて小夜は笑った。今に泣くんじゃないかと太助は思った。
「死なせてあげようと思って」
言葉をなくす太助から顔を反らし、小夜は逃げるように店を出て行った。
結局太助は、小夜を追いかけることが出来なかった。幼馴染の家だ、行ったって不自然じゃないのに、行けなかった。
真実を知るのが怖くて。
この小刀はまさか……
そう思うたびに、小夜がそんなことをする訳がないと言い聞かせ、仕事に没頭する。
翌朝、素晴らしい出来の小刀が仕上がった。
小夜が来たのは、昨日より少し早い夕方だった。
「こんばんは。…できた?」
笑う顔は、昨日と同じで今にも泣き出しそうだ。
「ああ」
太助は小夜から顔を反らし、ぎこちなく小刀を手渡す。小夜が風呂敷をめくると、小さな明かりのもと、刃がぎらりと光った。
「――…」
小夜が無言のままなので、太助は怪訝に思って顔を上げた。
「…ど、どうしたっ!?」
「……っ」
小夜の目から、次々と涙があふれてくる。
「小夜!?」
小夜の手から小刀が滑り落ちる。乾いた音が響いた。
顔を覆って、小夜は搾り出すように呟いた。
「……出来ない」
「―――」
「最初に思ったの。こんなに鋭かったら、簡単に切れちゃう。…危ないって。怖いって。…私やっぱり、父さんを殺すなんて出来ない…」
「……小夜」
正直に言って、太助は言葉を失ってしまった。
この歳までずっと傍にいた少女の、こんな面を太助は知らなかった。
けれども小夜を支えてやりたいと思うのに、何か言えと思うのに、出てきた言葉は情けなかった。
「じゃあ止めろよ…俺、小夜がそんなことするの嫌だ」
我ながらもっとマシな事も言えないのかと思うのに、小夜はふわりと微笑んだ。
「うん。…私、本当は誰かにそう言って欲しかったのかも」
「……ごめん。俺、もっと役に立つようになるよ。親父や俺のこと、小夜が支えてくれたみたいに…」
「…ねぇ、太助は、思ったことなかった?お父さんのことを、今の私みたいに」
「え」
小夜は小刀を拾い、丁寧に風呂敷に包んだ。
「ごめんね。こんな仕事頼んで」
「いいよ。気にするな」
涙はもうすっかりひいたらしい。太助はほっとして、答えを待つような小夜の顔に気づいて視線を泳がせた。
親父のことを、殺してやりたいって?
苦しむ父親を見る度、何度も考えたことだった。助かる見込みはないと言われてからは、なおさら。
「……あるよ。けど…」
小夜は黙って続きを待っている。
「けど、今だから言えることだけど、本当はもっと長く生きてて欲しかった。苦しくても、つらくても、俺はもっと… 親父と一緒にいたかった」
言っているうちに鼻の奥がつんとしてきて、太助は慌てて明後日の方を向く。
「……そう」
「一緒に行こうか?親父さんを説得しに」
2人は並んで、小夜の家へと向かった。
「太助」
「ん?」
「ありがとう。…私、太助がいてくれてよかった」
「…気にすんな」
日が落ちててよかったと、太助は思った。
その後。
小夜の父親は娘に泣きつかれ、足を失って生きることを決意した。
娘は幼なじみと結婚し、その夫も彼を支えた。やがて生まれた孫達にも囲まれながら、彼の生涯は穏やかに閉じた。




