表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探し者  作者: 藍と蒼
5/5

第5話 術式

 筆を取り出し、屋根に太陰を象徴する紋様を描く。更にその紋様を中心に円を描き、私は懐に筆を仕舞った。


 ―――本当に、これで上手くいくのだろうか。


 私は半信半疑だったが、彼女の策を信じるしか無かった。

 懐から符を取り出して掌に乗せ、呟く。

 

 「―――飛べ」


 符を空中に放り投げる。符はひらひらと空を舞い、しばらくして鳥へと姿を変じた。

 仮初めの翼を広げ、鳥はリンファ達のいる方角へと飛んでいった。


 「火乃紋様、起動」


 詠唱を切っ掛けに、脚に刻んだ紋様のうち、火を(あらわ)す紋様が朱く輝きだす。火傷でもしたかのように脚がひりつき、顔が歪んだ。

 私は屋根の上を駆け、別の家屋の屋根を目掛けて跳躍した。

 ふわりと身体は浮かび、しばらくしてゆったりと降下する。そのまま着地し、次の目的の家屋を目指して走り出した。


 東の方角の、城郭の端に位置する家屋。その屋根に太陰を描き、先ほどと同様に円を描いて紋様を閉じる。

 ふと視線を感じ、私は屈んだまま下を覗いた。

 女がいた。赤い髪。赤い瞳。衣服から伸びる、死人の如き白肌の肢体。

 件の咎人だった。

 女が目線を上げてこちらを見た。笑っている。子供のような純真な笑顔。今までしてきた事、或いはこれから起こる事が愉しみで堪らない。そんな笑みだった。

 全身に寒気が奔る。理性で無く、本能で理解する。あれは正に、捕食者の顔だった。

 どれほど歯応えのある、美味な獲物だろう。そんな囁きが、耳元で聞こえたような気がした。

 身を屈め、女が跳躍する。体重を感じさせない、しなやかな動きで屋根に飛び乗ってくる。

 懐から玉石―――血玉を取り出す。

 

 「刻まれし刻印にて、根拠の提示を省略す。刀身、形成」


 形成された剣を正眼に構える。剣が妖しく輝き、刀身が緋く染まる。

 刻印を通して剣に身体中の気が流れていく。

 魂が徐々に凍っていく。そんな感覚に襲われ、知らず身震いする。

 気の流出が止まる。深呼吸し、私は剣を構え直した。

 緋色の突風が吹きつけてくる。剣を握った手が衝撃で痺れた。上段に剣を跳ね上げ、反動を使って後方に飛び退く。


 「初めまして、紋様者(ウェンツァー)さん?」


 髪を掻き上げて女が嗤う。いつの間に生成したのか、手には硬鞭が握られていた。

 

 「……お前、どれくらい喰らったんだ?」

 「さあ、覚えてないなあ。百人越えた辺りで数えるのは止めたから」


 何でも無い事のように女が言う。

 ―――事実、本人からしたら何でも無いのだろう。彼女にとっては、食事について聞かれたようなものだろうから。

 ぎり、と私は歯軋りした。胸の内で感情が荒れ狂う。本能を抑える事なく。彼女は、自由気ままに―――。


 「貴方は食べないの?」

 「当たり前でしょうが」

 「そっか」


 不思議そうに彼女は呟いた。硬鞭を無造作に振るい、続ける。


 「じゃあ見逃してはくれないよね?」

 「当然でしょう……っ!」


 前方に跳んだ。剣を真横に薙ぎ払う。

 

 ……陰気から陽気への転換。陽気から火行へ更に変換。そして、方向定まらぬ力から現実の現象への昇華。

 剣を介して刹那の間に術式を組み上げ、廻転させ、術を行使する。


 「―――あぁぁぁ!!」


 剣から緋炎が噴き上がった。憤怒を(かたち)にしたかのような焔が女に纏わり付き、一層強く燃え上がっていく。


 炎が掻き消える。

 多少火傷の跡は有るものの、女はほぼ無傷だった。口角を上げ、女が硬鞭を振るう。捕食者の笑み。それが、目に焼き付いて―――。


 身体が吹っ飛ぶ。屋根の上を勢い良く転がって行き、落ちる寸前で止まった。

 息が詰まる。硬鞭での殴打が原因か、それとも落下の衝撃によるものか。

 咳が止まらない。笑ってる膝で無理矢理立ち上がり、剣を構える。

 緋色の残像が疾る。

 突風どころの話では無い。まるで竜巻染みた一撃だ。寸前で躱し、連なる二撃、続く三撃を受け流す。剣を振り上げ、更に刃を返して水平に払う。腹を蹴り上げ、女を吹っ飛ばした。

 女の身体が宙に舞う。

 

 猫のように。あるいは豹のように。

 軽やかに着地し、女の目線が私を捉える。


 「じゃあね、名も知らぬ紋様者さん?」


 女が屋根から飛び降りる。そのまま路を駆け抜け、女は姿を消した。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ