第二話 屍人
屍人達は怨嗟に満ちた叫び声を上げ、近寄ってきた。
ある者は腐敗しかけた脚を引きずり、またある者は眼球を無くした眼窩で私を見つつ、手には剣を携えて。
「――――――っ。――――――!!」
聞くに堪えない、苦しみに満ちた絶叫。豪胆な人間でさえ、ともすれば耳を塞ぎたくなるであろう、そんな叫び声だった。
私は懐に手を伸ばし、玉石を取り出した。月光に照らされて青白く輝くそれは、月長石と呼ばれる物だった。この石には、月光が凝縮して誕生したという逸話があった。その為私と極めて相性が良く、力を込めやすいのだ。
「―――刻まれし刻印にて、根拠の提示を省略す。刀身、形成」
呟く。前腕部に刻まれた刻印が輝き、その輝きが手に握った玉石に波及していく。
玉石が周囲の陰の気を取り込み、その姿を変容させた。白銀に輝く刀身に変化した玉石に向かって、周囲の砂が風も無いのに舞い上がり、降り掛かっていく。刀身に纏わりついた砂が鉄に変わり、やがて柄へと変貌していった。
剣と化したそれを、片手で振ってみる。風を切る音が、心地よく耳に届いた。
屍人達が地面を蹴り、馳せた。剣を振り翳し、獲物を喰らおうと奔ってくる。
地面を蹴り、疾走する。脚に意識を向ける。脚部に刻まれた刻印が光り、衣服越しに浮かび上がった。
瞬く間に速度が増した。数十歩分の距離を、僅かな時間で駆け抜けた。剣を横に薙ぐ。
―――紫電一閃。
両断した屍人に構う事無く、右方に身体を向ける。僅かに身体を捻り、振り下ろされる斬撃を躱す。剣を振り上げ、股下から屍人を絶った。
「――――――!」
屍人達が吼える。剣を、槍を、戟を突き出してくる。
「――――――っ」
地面を強く蹴り、跳躍する。高く。高く。更に上へ。
やがて、ゆっくりと身体が落下し始めた。眼下に向かって左腕を突き出す。
「―――嫦娥に請い願う。御業の一端を拙に与え給え」
左腕に刻まれた刻印が光を放ち始めた。
掌を中心として、虚空に巨大な刻印が刻まれていく。
……風が止んだ。天で皓々と輝いていた月や星々が、暗くなっていく。
一方で、描かれた刻印の輝きはより一層増していった。
―――まるで、月や星々の輝きがその刻印に吸い寄せられていくかのようだった。
「咎人よ、虚無に帰れ」
詠唱が終わる。持っていた剣を、屍人達の中心目掛けて投擲した。
剣が地面に吸い込まれるように消え、天に在る物と同様の刻印が周辺に描かれていく。
……事象の再生。あるいは奇跡の再現か。世界に刻まれた過去の現象、かつて存在した神々の力の痕跡が、詠唱を切っ掛けとして起動する。
―――虚空に在る刻印から、光の柱が顕現する。
まるで月光の如き神々しい、鮮烈な幾条もの光芒。
光芒が、音も無く地表の刻印に向かって降り注いでいく。
……地を彷徨う罪人を、容赦無く断罪するかのように。