第一話 砂漠
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旅の途中だった。
歩を進めると脚が砂に埋もれ、引き抜く度に少しずつ体力が奪われていく。
時折脚を止め、空を見上げて星を見る。煌めく七つの星が目に入った。視線を逸らし、目当ての星を探す。
「―――あった。あれだ」
自分の進む方角が変わっていない事を確認し、歩き出す。後1日分歩けば、目的の城郭に到着するはずだった。
『ある屍人を殺して欲しい』
数日前に入った依頼だった。酒場で酒を飲んでいると、声を掛けられたのだ。素性の知れない、目から下に布を垂らした男だった。記憶に残らないような、特徴の無い風貌。漆黒の衣服を纏い、腕に屍人との契約を意味する刺青をしたその男は、私の卓まで澱みのない足取りでやって来たのだ。
この酒場は店内が薄暗く、酔客の雑談や笑声で騒がしいのが常だった。だから、密談や謀略の類い、後ろ暗い商談等をするのに打ってつけの場所なのだ。
私は、この酒場で屍人殺しの仕事を請け負っていた。依頼主の顔触れは様々で、城郭の役人や旅人、契約した屍人を持て余した紋様者等だった。
男が酒を飲んでいないのは明らかだった。顔色、足取り、瞳の開き具合。どれを取っても、酒で絡んできたとは思えなかった。
『蛮族の出で、髪や眼の色は緋い。身長は貴方と同じぐらいだ。ここより北の、砂漠を越えた先の街で目撃された』
口早に説明すると男は身を屈めて私の側に寄り、更に声を低めて続けた。
『喰らった数は、とうに二桁に達している。一日で一つの村が壊滅するほどだ。私の咎人は、もはや災害の域にまでなっていて、手に負えないのだ』
咎人とは、紋様者と契約して従者となった屍人を指す。
総本山である崑崙山を降った紋様者達は、強い未練で死にきれず、屍人となった魄と契約する事が多い。
契約した紋様者は、己が屍人の身体の維持、強化の為に自身の生命力と他の生きている人間を喰わせる。喰らわせた桁によっては、主人である紋様者よりも強大な力を得、紋様者の手を離れて勝手に行動するようにもなるのだ。
ご多分に漏れず、この男もそうらしかった。
男が懐に手を伸ばす。中から袋を取り出し、私に差し出した。
『額は、これぐらいでどうだろうか。もっと欲しければ、多少は増やせる。心当たりのある役人が幾人かいるんだ』
袋はそれなりの重さだった。砂金と銀の粒、それに玉石が幾つか。
了承の意を伝えると、男はほっとしたようだった。
『助かった。ではくれぐれもお願いします』
男は頭を深々と下げ、去っていった。
斯くして、あの師弟と関わる最初の屍人殺しの依頼は、普段呑んでいる酒場で幕を開けたのだった。
懐に手を伸ばし、白色の玉石を取り出す。円形で、掌に収まるほどの大きさだ。玉石は、仄かに光っていた。
最近になって西方の国々で高値で取引され始めたそれは、今の刻を示す物だった。石には太極図が描かれ、見やすいよう一定の感覚で線が刻まれている。
大気に満ちている『気』は、時間の経過に従って陽から陰へ、あるいは陰から陽へ遷移していく。この玉石は外界の『気』の変異・遷移を読み取って発光する位置が変わるので、およその刻が解るのだ。
だが一方で、西方の国ではこれよりも更に精巧な物が作られて売られていると聞くが、それはあまり関係が無いので割愛しておく。
玉石を見る。夜明けまで、線二本分だった。
その場に腰を下ろした。背負っていた荷を下ろし、足元に置く。
腰に括り付けていた水筒を外し、口に運んだ。
冷たい。知らず、溜息が溢れた。水が、快感と共に身体中に染み込んでいくようだった。
私は懐に手を伸ばし、小さな布袋を取り出した。その中から特製の丸薬を取り出し、口に含んだ。
甘酸っぱい味が、瞬く間に口中に広がっていく。それと共に、先ほどまで感じていた疲労が、嘘のように身体から抜けていった。
私は、空になった水筒を砂の中に半分ほど埋めた。
「浸潤、冷却、降下」
水筒に刻まれた紋様が詠唱と砂に反応し、輝き出す。刹那にして、水筒の内側に取り付けられた金属片に水滴が生じた。その水滴が瞬く間に大きくなり、水筒をゆっくりと満たしていく。
刻まれた紋様が輝きを失った。水で満杯になった水筒を、腰に括り直す。
突然、身体に悪寒が奔った。人の気配を複数感じる。否、人では無い。人のようでいて、人では無くなったもの。仮初めの身体を得、強い未練の為此岸を彷徨う事になった魄。
―――即ち、屍人。
月明かりに照らされた屍人の身体は、凄惨な物だった。干からびて骨と皮だけになった者、身体の幾つかの部位を獣に喰われた者、肉が腐り落ちている者等がいるが、共通している物があった。
餓えと渇き、恨みと憎しみに満ちた双眸。それらの欲や邪念を込め、屍人達は私を睨んでいた。