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青紫色のサルビアの花を刺繍したハンカチが完成した。
花言葉は「尊敬」だ。
よーし、私がいかにヒューイット様のお役に立ちたいかを書き綴った手紙と共にハンカチを贈るぞ!
ウキウキと便箋を用意していたところへ、招かれざる客がやってきた。
「お嬢様。ブライム伯爵家のコリン様がおいでです」
「うげ」
正直に「うげ」と言ってしまった。
「私は体調が悪いと言って追い返して」
「そうしたら「見舞いをする」とか言い出しそうですけどね」
うぐぅ。
そうなのよね。ブライム伯爵夫人は私のお母様の姉なのだけれど、いつも我が物顔で公爵家へ遊びに来るのよね。その息子もしかり。
今にして思うと、コリンが養子になったのだって伯母様がかなり強引にねじ込んできたような記憶があるし。公爵家、狙われてんじゃないの?
しぶしぶ応接間へ向かうと、一つ年下のコリンがちょこんと座っていた。
亜麻色の髪に緑の瞳で、幼い頃から「天使みたい」と可愛がられているせいか、ちょっと甘ったれたところのある従兄弟だ。前回はそれなりに仲良くしていたが、今回はそのつもりはない。お前は敵だ。
「何かご用?」
冷たい声で尋ねると、コリンはぷくっと頬を膨らませた。
「母様が言うんだ。「ステラが王子様と結婚しちゃうかもしれない」って。そんなの嘘だよね? 王子様と結婚なんかしないよね」
「しないわよ」
私が答えると、コリンがぱっと顔を輝かせた。
なんで喜ぶのかしら? 私がどこかに嫁入りしないとお前は公爵家の後継になれない訳だけど。
「そうだよね。ステラが王子様と結婚する訳ないよね。よかったー」
「話はそれだけ? なら、帰ってちょうだい。私は忙しいの」
ヒューイット様に手紙を書かなきゃいけないんだから、コリンの相手なんぞしている暇はないのよ。
だけど、コリンはなかなか帰ろうとせず、だらだらとくだらない話をして私を苛立たせた。どついたろか。
こみ上げる怒りを抑え、紅茶のカップを投げつけてやりたい衝動を抑え、苦行のつもりでコリンの相手をした。いずれド外道に成り下がるとはいえ、今は九歳だ。泣かせたらこっちが悪者にされる。
これはヒューイット様をお支えするための試練と思おう。
鋼の忍耐を手に入れろという神の思し召しかもしれない。
そう自分に言い聞かせてひたすら耐えた。ほぼ一方的に喋っていたコリンは何が言いたかったのかしらないが満足そうに帰って行った。
やっと帰ったか。やれやれ。
ようやくヒューイット様に手紙を書けるわ。