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「えー……では、なんの意味があるのかは謎ですが、これよりジュリアス第一王子殿下とヒューイット・グレイの栗の皮むき勝負を行います。まずは両選手の意気込みのほどをお聞きしてみましょう」
何故か成り行きで実況を始めたジュリエットが殿下に話を向ける。
「僕は悪の力になど負けない! 見ていてくれステラ!」
「悪の力とはもしかして栗の鬼皮のことなのでしょうか? では、ヒューイット選手も一言お願いします」
「なんだかわからないがこうなったら無心に皮を剥くしかないと思っている」
「悟りを開いたようなコメントありがとうございます。ではここで、解説のグリーンヒル公爵令嬢からも一言いただきましょう」
「ヒューが剥いた栗はすべて私がいただきます」
「なんという独占欲……っ! それでは……勝負始めっ!!」
ジュリエットの号令と同時に、ヒューと殿下は一斉に栗を剥き始めた。使える道具は小さなナイフのみ。二人は小さな栗の皮に切れ込みを入れ、そこに爪を入れて皮を剥いていく。
「俺達は何故この国の第一王子殿下と侯爵令息が栗の皮を剥くのを見せられているんだ……?」
誰かはわからないけどこの場の雰囲気に流されていない冷静な誰かが呟く声が、見学する生徒達の中から聞こえた。まったくもってその通りだ。
「頑張ってください殿下!」
「負けないでください!」
バーナードとアダムが殿下の応援をしている。
「ヒュー! 頑張って!」
私も負けじと声をあげた。
ヒューは真剣な表情で栗の皮を剥き、また新たな栗を手にする。栗はヒューの指先でくるくると回され皮を剥かれて裸になる。
「……栗になりたい……っ」
「ステラ。また新たな扉が開きかけているみたいだけど、これ以上は流石に私とジョージは付き合いきれないよ。気を確かに」
よろめいた私を支えてくれたジュリエットがげんなりとした口調で言った。
勝負は圧倒的にヒューが優勢だった。殿下がもたもたと栗を手にする間に、ヒューは流れるように栗の皮に切れ込みを入れている。
「くそっ……!」
「無駄だ。俺は辺境暮らしで木の実の採取や狩りに慣れているからな。そういや、俺を辺境送りにしたのは殿下でしたね」
「うぐぅ……っ」
「今となっては感謝していますよ。辺境暮らしは楽しかったし、ステラもついてきてくれたから」
ヒューの剥いた栗が山になって、やがて最後の一個に手を伸ばした。
栗はあっという間に皮を剥かれ、ヒューの勝利が確定する。
「勝者、ヒューイット・グレイ!」
ジュリエットがヒューの腕を掴み上げ、周囲の生徒達が歓声をあげた。
「ヒュー! おめでとう!」
私はヒューに飛びついて首に腕を回した。
「格好良かったわ!」
「栗の皮を剥いていただけだが……まあいいや」
ヒューは私の腰に手を回して抱き締めてくれた。
「爪は大丈夫? 無理しないで!」
「大丈夫だ。心配するな」
私とヒューがイチャイチャする横で、殿下は悔しげに拳を握り締めていた。
「くっ……このままでは終わらんぞ……っ! 僕は絶対に諦めないっ!! いつか貴様の正体を暴いてやる!! 栗の鬼皮を剥くようにな!!」
不思議な捨て台詞を残して、第一栗殿下はバーナードとアダムを従えて駆け去っていった。