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辺境伯領と子爵領へ別れを告げ、私とヒューは王都へ戻ってきた。
「よく帰ってきたねステラ! ヒューイット殿も、辺境伯から報告を聞いているよ」
「ステラちゃん、お帰りなさい」
公爵家ではお父様とお母様が笑顔で出迎えてくれた。
とっても温厚そうな笑顔なのだけれど、サリーナ様から色々と武勇伝を聞いてしまったのでお父様のことを以前と同じようには見れないわ。下級貴族をいじめていた高位貴族の令息達を一列に並べて大声で恋愛小説のラブシーンだけ朗読させたとか、生徒に陰湿な嫌がらせを繰り返していた教師を下級貴族の令息に変装した自らが囮となって捕まえて全校生徒の前で土下座させたとか、自分より背の高い男子生徒の頭上をジャンプして飛び越えたとか。
「さあさあ疲れているだろう。ゆっくり休むといい」
王都に戻ってきたけれど、ヒューは実家に帰さずに我が家で入学準備をすることになっている。あの生ゴミ共が何かしてこないとは限らないし、実家のお兄様達に何を言われるかわからないからね。ヒューは我が家で守るわ。一緒に入学準備したいしね。ペンとかこっそりお揃いにしちゃおう!
「ステラ、ちょっといいか」
ヒューに呼ばれて、私は彼と一緒に久しぶりの離れに入った。今日からまたヒューがここに住むので、中はきちんときれいに掃除され整えられている。
「辺境伯領での暮らしは楽しかったし、たくさん学ぶことが出来た。伯は厳しいけど出来損ないの俺を馬鹿にせず指導してくれたし、夫人も優しい人だった。ジュリエットもいいライバルになってくれたしな」
うんうん。最初の頃は剣の稽古でジュリエットに全く適わなくて、ぼこぼこにされていたのよね。でも、最近では五本に一本はとれるようになっていた。
「以前の俺は、どうせ兄貴達には適わないとなんでも最初から諦めて腐っていた。俺に期待する者もいなかったし、何をやっても馬鹿にされるか否定されるかだった」
ヒューは淡々と話す。
「でも、お前と出会ってから、俺が何をしてもお前は肯定してくれた。正直、なんでそんなに賛美されるのか本当にわからないんだが、とにかくお前が俺を好いてくれているのは十分に理解した」
好いて……
そうよね。私、最初はヒューに好きな人が出来るまでの間だけ、彼を手助けするために婚約者になったつもりだったけれど、いつの間にか恩人としてだけではなく、ヒューの努力家で真面目なところを好きになっていったんだわ。
「これから学園に入学して、俺なんかより立場的にも能力的にもお前にふさわしい男が現れると思う。でも、俺はお前を誰にも渡さないからな。お前もそのつもりでいろ」
「ヒュー……っ!」
私は頭の上で鐘が鳴り響いて天使の羽が舞っているような心地になった。
二度目の学園生活は、きっと一度目とは全然違うものになるわ。私の隣にはヒューがいてくれる。
ああ。駄目ね。このやり直しはヒューを幸せにするために使うと決めたというのに、これじゃあ私の方が幸せにしてもらっちゃっているじゃない。
でもでも、ヒューのおかげで僅かに心に引っかかっていた不安が消えてなくなったわ。
二度目の学園生活、今度はあんな結末にはしない。
ヒューの隣で生きて卒業を迎えるんだ!
私は改めて決意した。