32
お父様にヒューが辺境へ送り出される日を調べてもらって、その日に私も子爵領へ向けて出発した。行く方向は同じなので、途中でヒューを拾って一緒の馬車で旅しよーっと。
「お嬢様。あまりルンルンしていてはいけませんよ」
アニーにたしなめられてしまった。
そうよね。ヒューは落ち込んでいるに違いないもの。私が慰めてあげなくては。
街道の途中で侯爵家の馬車に追いついて、ヒューにはこちらの馬車に乗ってもらった。
「お前、なんで……」
私が辺境伯領の隣の子爵領に滞在するのだと知って、ヒューは唖然としていた。
「私は子爵領で頑張るからヒューは辺境伯の元で頑張ってね! 時々会いに行くわ!」
「いや……なんで……」
うぬぅ。ヒューがあんまり喜んでくれないわ。
やっぱり辺境行きがショックなのね。
「ヒュー! 辺境で嫌なことがあったらすぐに私に教えてね!」
ヒューのためなら辺境伯にだろうと負けないわ!
「そうじゃない。そうじゃなくて……婚約はなくなるんじゃないのか? だって、俺は第一王子を……」
「そんなの嘘よ。ヒューは殴ったりしていないわ」
ヒューは乱暴者と言われていたけれど、これまで私が見てきたヒューは何の理由もなく暴力的な行動をする人じゃなかった。だから、初対面の第一王子を殴るような理由はヒューにはない。イコール、ヒューは無実ということだ。
私がそう説明すると、ヒューは顔を赤くした。
「わからねぇだろ。お前のことであれこれ言われて、腹立てて殴ったかもしれないぜ?」
「まあ! 私のために殴ってくれたの!? それはそれで最高にうれしいわ!」
ヒューは殴っていないと信じているけれど、でも、ヒューなら殴ってても殴ってなくてもどっちでもいいわ!
「辺境なら第一ゴミ殿下も手出し出来ないと思うわ。ヒューは安心して辺境伯の元で学んで」
「……」
ヒューは複雑そうな顔で黙り込んでしまったが、しばらくしてから長い溜め息を吐いて顔を上げた。
「俺の何を気に入ったのか知らないが……お前がそこまで言うなら、俺は未来の女公爵を支えるために辺境伯の元で強くなろう。もう二度と、陥れられたりしないようにな」
そう言って、ヒューが口角をあげて笑った。
ヒューが私に笑いかけている!尊いわ!
その後もヒューと一緒の四日間の馬車旅を楽しんだ私は、子爵領でヒューと別れた。再び侯爵家の馬車に乗り換えて辺境伯領へ去っていくヒューを涙ながらに見送って、私はベルン子爵のお屋敷を目指したのだった。