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「お父様、まさかとは思いますが、ヒューを婚約者候補からはずすおつもりではありませんわよね?」
私が尋ねると、お父様はすっと目をそらした。
「お父様!」
「うむ、しかしなぁ。問題が起こってしまった以上……」
「起こったんじゃありません! 問題を作られてしまったんです!」
私がそう主張すると、お父様は首を傾げた。
「ステラはどうしてそこまでヒューイット殿を信頼できるのだ?」
それは、あの方が私に守り刀を差し出したからですわ。
あの時、彼は自分に私を牢から助け出す力がないことは充分にわかっていたはずだ。
それでも、私の元へ来てくれた。私が辱めを受けずに済むように。自分の大切な守り刀を差し出して。
貴族の子息が持つ守り刀は、婚姻の証として妻に贈られる。妻は夫への操を立てて、いざという時はそれで命を絶つのだ。
だから、守り刀を結婚していない相手、愛人や妾に与えることは、貴族の男として恥ずべき行為であり、笑い者にされる。
ヒューは自分が笑い者になるのがわかっていて、私に守り刀をくれたのだ。
「ヒューは確かに評判が悪いです。でも、私は彼の気高い行いを知っているのです」
私が確信を込めてそう言うと、お父様は深い溜め息を吐かれた。
「わかった。お前がそうまで言うなら、私も彼を信じよう」
「お父様! ありがとう!」
陛下と話をしてくるというお父様を見送って、私は居ても立ってもいられずに部屋の中をうろうろした。
あのクソゴミ殿下はなんのつもりでヒューを陥れたのか。
動機は一つしか思い浮かばない。ヒューが私の婚約者候補だからだ。
ヒューに罪を着せて私の婚約者候補でいられなくなるようにして、自分が私と婚約するつもりなのだ。
まったくもう、何だって今回は私にそんなに執着しているのか。学園に入学したら四年生の途中からルナマリアが編入してくるからそれまで大人しく待ってろよ。他人に迷惑かけんな。特に私とヒューに。
「ヒューはどうしているかしら……」
街で会ったお兄様の態度とか、ヒューが我が家にいる時に少し力を抜いている感じからして、たぶんヒューにとって実家はあまり居心地のいい場所ではないのではないかと思う。
今回のことで家族から責め立てられていやしないかと心配になる。
今すぐヒューの元へ駆けつけたいけれど、侯爵家へ行っても会わせてもらえないだろう。
私はやきもきしながらお父様が帰ってくるのを待った。