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「ステラ・グリーンヒル! 俺の愛しいルナマリアへの度重なる嫌がらせと暗殺未遂により、貴様との婚約を破棄する! おい、この女を連れて行け!」
ジュリアス殿下の命令で、王城で行われた卒業パーティーの会場へ兵士がなだれ込んでくる。
私はジュリアス殿下と彼によりかかってニヤニヤ下卑た笑みを浮かべる女を信じられない気持ちでみつめた。
嫌われているのはわかっていたし、ジュリアス殿下とルナマリア嬢が情を通じているのも知っていた。
だが、まさかこんなことをするだなんて。
婚約がなくなることは覚悟していたが、まさか冤罪を着せられるとまでは思っていなかった。
呆然とする私を、殿下の側近方や私の「お友達」も見下すような目で見ている。
何故、ここまでの悪意に晒されなければならないのか、ことの異様さに体が震えた。
踏み込んできた兵士達は王族を警護する近衛騎士ではなく、格好と粗野な態度からしておそらく役付きですらない。王宮の中でも下っ端の者達だろう。本来なら、高位貴族を捕縛するなど出来ない立場だ。
それなのに、彼らは何の遠慮もなく公爵令嬢である私に手を伸ばしてきた。
だが、誰かがその手を振り払い、私と彼らの間に割って入った。
「お前ら、頭おかしいんじゃねぇのか!?」
その乱暴な口調で、誰なのかわかった。
「グレイ! 貴様、誰に口を利いている!!」
ヒューイット・グレイ。グレイ侯爵家の四男だ。
「さっきから聞いてりゃあ、ろくな証拠もねぇのにいじめられただ殺されかけただのグチグチ鬱陶しいったらありゃしねぇ!! こんなのが王太子じゃあこの国もお先真っ暗だな!」
「なっ……」
あまりの暴言に、ジュリアス殿下の顔が真っ赤になった。
「仮にそれが本当だったとして、公爵令嬢を取り押さえるなら陛下の命令で近衛騎士が派遣されるはずだろうが! 近衛騎士はバカ王子の命令なんかきかねぇからこんな下っ端ども連れてきたのか!?」
「ぐっ……! 貴様、平民の分際で!!」
私は目の前の背中をみつめた。ヒューイット・グレイとは会話をしたこともない。それなのに、今この場で彼一人が私を庇ってくれている。
「こいつも連れて行け!! 王族への不敬で処刑してやる!!」
ジュリアス殿下の命令で、ヒューイット・グレイが兵士達に取り押さえられ、会場から連れ出された。続いて私も乱暴に掴みかかられて、引きずるように歩かされた。
連れて行かれたのは信じがたいことに城の地下牢だった。貴族を入れる場所ではない。
それなのに、狭い独房に放り込まれて、嘲笑を浴びせられる。
私は愕然として涙すら出なかったけれど、こんなことがまかり通るはずがないと思い直して気力を保った。
お父様が知ればすぐに助け出してくれるはずだし、陛下だってこんなこと許すはずがない。
そう考えてひたすら助けを待っていたけれど、しばらく経ってから地下牢を訪れたのは連れて行かれたはずのヒューイット・グレイだった。
彼の服はぼろぼろで、あちこちに怪我をしていた。
「はあ、はあ……」
荒い息を吐いて牢の前に来た彼に、私は思わず駆け寄っていた。
「あの、クソ兵士ども……イカレ王太子とクズ女に、お前を自由にしていいって命じられてるとか抜かしやがった」
それを聞いて、私は背筋が冷たくなった。
まさか。例え王太子といえど、そんなこと許されるわけがない。ああ、でも、学のない兵士なら後先考えずに王太子の命令を聞いてしまうかもしれない。
「俺は明日には平民になる身だ。お前をここから出してやるような力はない。すぐに陛下か公爵が助け出してくれるだろうが、もしも……もしも、その前に、あのクズ共に何かされそうになったら……」
ヒューイット・グレイは痛々しそうに顔を歪めると、すっと何かを牢へ差し入れた。
それを見て、私は彼の言わんとすることを悟った。
「……どうして、ここまでして下さるのですか?」
私は彼に尋ねた。彼とは話したこともない。不良で乱暴者だという噂を聞いて遠巻きにしていたぐらいだ。
それなのに、兵士達を倒してここまで来てくれるだなんて。
「別に……あのクズ共が権力使って好き勝手するのが気に入らねぇだけだ」
ぶっきらぼうに言う彼を見て、私は周りの噂だけを聞いて彼を評していた自分を恥じた。
「あの、私……」
彼に謝罪と感謝を伝えようと口を開いたが、皆まで言う前にどやどやと地下に兵士達が降りてきた。
彼が立ち上がり、私を庇うように牢の前に立つ。
「ここで何してやがる!」
「テメェらこそ、何しに来た」
「はっ! 王太子殿下の命令で、その女は囚人共の慰み者にされるんだってよ」
「かわいそうだからその前に、俺達が慰めてやれって」
どうやら、最悪の事態のようだ。
パーティーで何が起きたか、そろそろ陛下の耳には入っているだろう。でも、お父様が事態を把握して動き出すにはまだまだ時間がかかるだろう。
私は覚悟を決めてヒューイット・グレイが差し入れてくれた短剣を握った。
貴族の子息に与えられる守り刀だ。
肌身離さず身につけて、結婚する際に妻に贈るものだ。貴族の妻たるもの、貞操を守るためにいざとなればこれで自害せよ、という古くからの因習だ。もっとも、本当にこれで自害した話など、大昔の伝説でしか聞いたことがない。
まさか、今日初めて話した男の守り刀で誇りを守ることになるとは。
「ヒューイット・グレイ様! 私は神の御元へ参っても、あなたへの感謝を忘れません!」
喉に当てた小刀を握る手に、力を込めた。