2. とつぜん の ていしゃ
よろしくお願いします。
山道を走る途中で、急に止まってしまった魔獣車。
御者さんが走らせようと何度か合図を送るけど、騎獣は歩き出す様子は無い。
「どうかしたのかね?」
と商人さんが御者さんに声をかける。
「すいません、ちょっとこいつが動かなくなっちまって…」
答える御者さんの声に、しかしそれほど戸惑いの色は無かった。
何か思い当たることでもあるんだろうか。
「腹でも空かしているのではないかね。でなければ疲れでもしたか」
「いや、さっき止まった時に飯も喰わせたし、休ませてもいるんで多分違います。これは……いるんじゃねえかな」
「いる?」
「ええ……」
少し迷った御者さんは車の小窓からこちらを見て、そして言い難そうに口を開いた。
「おそらくこの先に魔物がいます。それも、大物が」
「魔物!?」
「ええ。だからこいつ、危ないと思って前に進まなくなっちまったんだと思います」
聞けばこの車を引いているコクルージアン、行きのホウロの町に向かう時もこの辺りで様子がおかしくなっていたらしい。
ただその時は、多少戸惑いはしていたもののそのまま道を進んではいた。
ところが今回は道の先を睨んだまま、まったく進もうとしなくなってしまったのだそう。
「そういえば、朝ホウロを出てから他の馬車や通行人を見ませんね」
「そうですね。普段はけっこう車の行き交う道なんですが……」
出発した早朝ならともかく、これだけの道で昼を過ぎた頃になっても1台の荷馬車とも行き合わないというのは、やっぱり少しおかしい。
車が動き出しそうにないので、僕は一旦降りて騎獣の様子を見に行ってみる。
彼は近寄ってきた僕に一瞬目を向けたもののすぐに視線を前方に戻し、そのまま動かない。
確かに何かを警戒している感じにも見えるけど……
僕は御者さんに尋ねてみた。
「どこか他の道ってありますか?」
「ここからだと、ホウロまで戻って山を大きく迂回する道になります。そうするとこの車でもさすがにドーヴまで……1週間はかかるんじゃねえかな」
その言葉に、車の中から商人さんが顔を出す。
「1週間か、無理な日程という程でもないが……なんとかならないものかね?」
「そう言われても……」
と御者さんは困り顔。
まあ確かに、危険なものの気配がある所にわざわざ踏み込んで行くなんてことは出来ない。
実際今僕もこの先に、はっきりとは分からないけど違和感のようなものを感じている。
敵の気配に敏感な野生の魔獣ではなく、人に飼い慣らされてある程度勘の緩んでいる騎獣が危険を察知している以上、何かがいるというならそれは相当な相手とみた方がいい。
今ここにいる僕達全員でも、手に負えないやつがいる可能性だってあるのだ。
とはいえ、1週間程の大回りとなると確かに辛いものもあるわけで。
そこでふと思いついた僕は、彼らに声をかけてみた。
「あの、もしよければ僕が先に行って様子を見てきましょうか?」
「君がか?」
突然の申し出に驚く皆。
「ええ。僕忍び歩きとか多少出来ますので、ちょっと行って見れる範囲で見てきますよ。それで本当に危ないようだったらすぐに逃げて帰って来ます。その時は迂回か、ホウロに戻って冒険者ギルドに相談をするか考えましょう。どうですか?」
「そうですねえ……俺は車を離れるわけにいかないんで、お客さんには申し訳ないですがお願いできますか?もし何か見つけてくれれば、お礼の方もちょっと考えますんで」
「わかりました」
了承を得られたので、僕は出発前に装備を軽く点検。
リュックなど調査に必要の無い物は車に預け、音の出る装備は出来る限り身体から外すか紐などで固定、最後に汗よけでバンダナを額に巻き付ける。
今回はアリサとユーナには車の守りで残ってもらうことにする。
アリサは斥候とかあまり得意ではないし、ユーナは目が良いので車の周囲を警戒してもらう。
準備をしていると、車の御者台に乗っていた護衛の冒険者が「俺も行こう」と声をかけてきた。
「さすがに何から何まで客にやらせるわけにはいかんからな」
と言う彼の名前はガンユさん。
年齢は40代くらいで魔物革の軽鎧を着て、腰に細身のロングソードを下げている。
なんでも3級の冒険者らしい。
みた感じ軽戦士だけど、ややスカウト寄りの行動スタイルってところだろうか。
彼が皆に「何も見つからなかったとしても3時間程で戻る。その間休憩にはなるが、今は絶対に火は焚かない。食事の煮炊きも、騎獣に餌をやるのもなし。出来れば森の中に潜んで、可能な限り静かにしているように」と指示を出している。
その間に僕は急いでアリサとユーナと3人で森の中でしていた作業をすませると、伝達を終わって近寄ってきた彼に「よろしくお願いします」と挨拶。
皆の「気をつけて」という声に送られて、僕達2人は前方の異変の確認に出発した。
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