5. ぜんせ の うた
よろしくお願いします。
父上と兄上に挨拶をしてから1週間程後、僕はベリアン侯爵領からルシアン伯爵領を挟んで反対隣の、クレックス子爵領の街道を歩いていた。
さすがにルシアン伯爵領に残るわけにもいかないし、王都を目指すのもなんとなく気が進まない。
ベリアン侯爵領に行くのもなんか気まずい。
ついでにベリアン侯爵領といったら慢性的な貧乏なので、旅の人間が食べ物などを確保できるかってのがちょっと不安。
クレックス子爵領なら少し前に、領内を流れる大河ラガノ河の大規模な治水工事が行われて、その影響でかなり景気が良くなっているらしい。
そんな話を聞いたので、まずはそちらに向かうことにしたわけだ。
(まずは領都の冒険者ギルドで冒険者登録をして、その後はそれから考えよう)と大ざっぱな予定を立てつつ、前世でテレビなどで聞いて覚えた歌を歌いながら、クレックス子爵領のはずれの道をてくてく歩く。
ただ黙々と歩くだけよりも、この方が絶対に気分が良い。
歌うのは牧場とその周囲の自然と、そこで楽しく働く人々を歌った歌。
なんだけど妙に疾走感のある曲で、途中に入る掛け声が楽しい。
歌っていると清々しい気持ちになるので好きな歌だ。
ただなんか銅鑼が歌うらしく、それがどういう銅鑼なのかが未だによくわからないのだけど。
今のところ強力な魔物などには遭遇してないけど、弱い魔物や獣などはたまに見かけることがあったので、余裕がある時は仕留めて食べられるものは昼食もしくは夕食にした。
どうせなら魚を食べたいところだったけど、これまで歩いて来た道の近くには手ごろな川が無かったし、ついでに釣竿は家に忘れてきた。
魔物というのは、簡単に言ってしまえば魔力を持った怪物。
モンスターともいう。
普通の獣などよりも総じて気が荒く、他の生き物や人間を積極的に襲う。
狂暴と言ってもいい。
その強さはピンキリで、弱い魔物ならそれこそ一般人でも倒せるくらいの強さだったりするけど、強い奴になると一国の軍隊まるごと連れてきても太刀打ちできないようなのがいたりする。
ものによっては食べられるのもいるし、一方で食べたら身体が毒や瘴気にやられてしまうような奴もいる。
魔物とは別に魔獣というのもいるけど、その話はまた改めて。
獣との大きな違いは、魔力を持ち、また身体の中に『魔石』という石を持っていること。
魔石というのは魔物が身体の中に持っている、宝石に似た魔力の結晶体。
魔物が強力になるほど大きく、美しくなる傾向にあり、魔導具などの材料や動力になるためギルドや取扱店で買い取ってもらえる。
今までに倒した魔物は弱いものばかりだったので、魔石も小さく麦粒くらい。
それらはまとめて荷物の中に放り込んである。
どこか町で売れば、いくらかにはなるだろう。
今の僕の持ち物は、実家に出入りの商人さんのツテを頼んで作ってもらった旅装束に、旅道具一式プラスアルファ。
背中には自作の背負い紐付きのずだ袋(僕が試しに作ったのが便利だということで領内に広まり、ついでに僕が呼んでいた『リュック』という名前も定着した。それまでは鞄といったら手持ちか肩掛けか腰袋、背負う物といったら背負子や籠などで、背中に担ぐ鞄というのは不思議なことに無かった)。
中には実家の倉庫から持ち出してきた、なんか紫色の宝石を入れている。
あと腰には同じく倉庫から持ち出してきた片手剣と、後ろの腰に自作した小型のボウガンを下げている。
お金は銀貨で15枚程。
これは大きな町で暮らす一般の、四人家族の生活費1ヶ月分くらい。
今すぐに生活がどうこうということはないけど、これから先冒険者として旅をしていくことを考えると、正直心許ない。
今後のためにも、これから行く領都で頑張ってお金を稼ぎたいところだ。
途中途中にあった村や、集落に泊めてもらいながらここまで来た。
馬車の1つも通れば乗せてもらえないかと思ったけど、運が悪いことに満杯だったり、野盗か何かと警戒されたのか無視されたり。
まあここまで来れば、この先にはもう村は無し。
目指す領都まではあと3日かからないくらい、といったところか。
お昼過ぎ、ちょっとした山道に差し掛かった時のこと。
前方から一人の男の人がよろよろと歩いて来るのが見えた。
その人は僕の姿を見つけると、転がるようにしてこちらへ駆け寄ってきた。
「お、お願いです!助けて下さい!」
お読みいただきありがとうございます。
主人公の前世での知識は、基本的に身の周りであったこととテレビから得たものなので、かなり偏りがあります。
また、間違った思い込みなどもしたりしていますので、生暖かく見守っていただければと思います。
「若人ら」を「わこう銅鑼」とか。




