3. しゅっしん の こくはく
よろしくお願いします。
それから僕達は、これからどうするかを話し合った。
その結果決まったことは、まずは近場で1番大きな町であるクドリへ向かって、そこの冒険者ギルドでアリサさんの冒険者登録。
それからそのクドリでお金の両替と、必要な物の買い出しをすることにした。
今さらアト王国に帰るでもないし、何よりももうソマリ男爵領には近付けない。
そんなわけでアリサさんも冒険者になって、僕達3人で世界を見て回る旅に出ることにしたわけだ。
今いるズメはあまり大きな町ではないので、冒険者ギルドの支部が無い。
加えて関所の門前町などは、基本売り物も宿代も一般より割高なことが多く、あまり長く滞在する所ではない。
クドリはズメから街道1本で、歩きでも半日くらいの道程らしいので、このまま出発しても今日中には着く。
そんなわけで、それじゃ行きましょうかと歩き出そうとしたところで、僕は後ろからアリサさんに「ちょっと待て」と呼び止められた。
「?」
振り返るとアリサさんとユーナさんと2人そろって、真剣な目で僕を見ている。
僕が2人に向き直ると、アリサさんが少し硬い声で問いかけてきた。
「コタロウ、結婚するにあたって1つ確認しておきたい。お前……何者だ?」
「何者……というと?」
「初めて会った時から気にはなっていたんだが、お前は平民とは思えないぐらいに言葉遣いが丁寧で礼儀正しい。元はどこか大きな商人か教会か、もしくは貴族の出ではないのか?」
ああ、そういうことか。
僕が貴族の出だということは……う~んまあ死ぬ気で隠すようなことでもないし、2人にならばらしても大丈夫かな。
「はい、僕の元の名前はリーオ・ヒル・ルシアン。ルシアン伯爵家の次男です」
元猫だってのは、これはわざわざ言う必要も無いか。
元貴族だって以上に突拍子もなさすぎる話だし、言ったところで信じてはもらえないだろう。
「「ルシアン伯爵家!?」」と揃って目を丸くする2人。
「そ、それじゃ私、伯爵家の息子に結婚申し込んだわけ!?」
と震え出すユーナさんを僕は慌てて宥める。
「ああいや、もう身分も捨てて家も出たから、そういうのは気にしないで。今の僕は貴族なんかじゃない、ただのコタロウだよ」
「た、確かに元貴族だっていう冒険者はたまに見るけど、でもコタロウって全然そんな感じしないし……それじゃ、良いの?今後もコタロウとして接しても」
「もちろん。全部今まで通りで」
「……そっか、なら安心したよ」
わりとすぐに気を取り直したユーナさん。
流石にその辺は肝が据わっている。
オブシウスドラゴンのウロコなどに比べれば、まだ許容範囲ということなんだろうか。
ちなみに僕はまだ会ったことがないのだけど、貴族出身の新人冒険者はやっぱり特権階級意識を捨てきれてないことが多いのだそう。
冒険者になりたてから6級辺りまでの人だと無意味に偉そうにしてたり、ギルドに「俺は貴族なんだから今すぐ高ランクに上げろ」みたいな無茶な要求をしたりする人も珍しくはない。
そういう人はやっぱり、早々に死んだり脱落していったりする。
これが上手く生き残って5級~4級ぐらいにまで上がると、周囲に揉まれてそういう態度も無くなっていくのだとか。
貴族冒険者の話はまあいいとして、僕達結婚するなら完全に今までと同じ態度を続けるってのも良くないかな?
ちょっと話し合った方が良いだろうか。
僕がそれについてユーナさんに尋ねて、彼女が「そのことなんだけどコタロウ……」と言いかけた時、横で考え込んでいたアリサさんが声を上げた。
「そうだ、ルシアン辺境伯の次男といえば確か婚約者が……」
ああ、アリサさんも知ってたか。
やっぱりソマリ男爵領でも多少の噂になったりしたんだろうか。
別に隠蔽されるようなことでも無いしなあ。
僕が「アディールのことですねえ」と答えるとユーナさんが「何、コタロウ婚約者いるの!?」と食い付いてきたので、2人には僕のこれまでの経緯を説明することになった。
幼馴染で婚約者でもあったアディールのこと。
彼女がドルフ王国のベルマ王子に見初められてそちらに嫁ぐことになったので、僕との婚約は解消になったこと。
この際良い機会だと思ったので、家を出て冒険者として世の中を見て回ろうと思ったこと。
家族に頼んで死んだことにしてもらって旅に出たこと。
すべてはかつぶしのために。
「……まあそんな訳で、ルシアン辺境伯の次男のリーオ・ヒル・ルシアンはもういません。ここにいるのはただのコタロウです」
「そっか……色々大変だったんだね」
とユーナさんは同情半分、呆れ半分みたいな顔で僕を見る。
最後の一言については聞かなかったことにするつもりらしい。
「そう、そんな話だったな。私が噂で聞いたのでは、修道院送りになったということになっていたが」
ん?修道院送り?
「あれ、死んだってことになってるんじゃないんですか?」
「ああ。私が聞いた話では確か婚約破棄になって自棄を起こして夜中に屋敷のガラス窓を100箇所程壊して回った挙げ句にメイド50人に狼藉を働こうとしたので取り押さえられてラノ修道院に送られた、ということだったが……そんなことやったのか?」
「やってませんよ!そもそもうちの実家にガラス窓100も無いしメイドだって50人もいませんでしたよ!屋敷の手が足りない時は近隣のおばちゃん達に日雇いで来て手伝ってもらってたんですよ!ユーナさんもなんで僕のことそんな冷たい目で見てんの!?こんなのでっち上げだ!冤罪だ!」
なんだその青春と犯罪者まっしぐらな話は!?
さては父上と兄上の所業だな!
僕が昔から好き勝手にやってる意趣返しか。
おのれ今に見ていろ、猫は祟るんだからな!
フシャーッと毛を逆立てた僕の訴えに、2人はやれやれと顔を見合わせる。
ちなみにラノ修道院というのは、アト王国北部のアシトア山脈の山中にある、規律が非常に厳しいことで有名な修道院……という名の、問題行動を起こした貴族の隔離施設。
「まあ、お前がそんなことやりそうにないとは……思うのだがな?」
「でも窓壊しくらいはやったんじゃない?」
結婚早々信用されてない……
「2人してなんて非道い」
泣きべそをかく僕に悪かった悪かったと謝ってくるアリサさんとユーナさん。
まあこうしていつまでも拗ねてても仕方ないし、ここは切り替えよう。
「そ……それじゃ、悩み事は尽きませんけどここは置いといて、アリサさんもユーナさんもこれからよろしくお願いします。2人共幸せに出来るよう頑張りますので」
言いたいことは色々あるだろうけど、ここはあえて何も言わないでほしい。
その悩み事の、原因の大半が僕だということくらいは自覚している。
こうして僕達3人の結婚生活は、アリサさんの呆れ顔とユーナさんの笑い顔と、僕のがっくり顔とで始まることになったのだった。
◇
「あ、それからコタロウ」
「何?ユーナさん」
「そう、それ」
「え?」
「さん付けとかは今後無し。もう私達キミの奥さんなんだから」
「私も敬語とか要らないし、名前も呼び捨てにしてもらおうか。ここにきて今さら騎士でもないしな」
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次回、また説明回になります。




