2. きゅうこん の ことば
よろしくお願いします。
「……はぇ?」
はて、今ユーナさんは血痕と言ったのだろうか、つまりはこれからお前をぶん殴ると?
それとも欠陥だろうか、つまりはお前はダメ猫だと?
いやいやそんなわけはなく。
「「け、結婚!?」」
2人でハモって大声を上げる僕とアリサさん。
それに対してユーナさんは平然と頷く。
「そう。どうせなら私とアリサと、2人一緒に結婚してくれるかな?」
「お、おいユーナ!」
「どういうつもりだ!」とユーナさんに詰め寄るアリサさん。
そんな彼女にユーナさんは思いの外真面目な顔で「良い機会なのかなって思ってさ」と答えた。
「確かにこういう形でコモテを出ることになったのは驚いたし、彼に腹が立ってる部分もあるんだけどね。ただその一方で嬉しくもあるんだ」
「嬉しい?」
予想外な言葉に、アリサさんは訝しげな顔になる。
「うん、だってこれでアリサと一緒に冒険が出来ると思ったらね。アリサはそういうの、嫌?」
「う……嫌……というわけじゃ、ないが……」
ユーナさんの言葉が思いもよらなかったのか、狼狽えるアリサさん。
「それにあのままコモテにいたら、いずれはギルマスの誘いを断れなくなってたと思うしね。支援してくれたのを感謝はしてるけど、でもその恩を着せられて愛人になるなんて正直嫌だし。それはアリサだって一緒でしょ?あの男爵の夜の相手とか」
「それは……そうだが。でもそれがなぜこいつと結婚などという話になる?」
「この子なら私、一緒になったら楽しいと思うんだ。まだ若いし、年下なのは少し気になるし、放っておいたらそのうちまた何かやらかしそうなのがかなり心配ではあるんだけど」
すみませんね、行動の読めない猫で。
「でも性格は悪くないし、しっかりしてるところはしっかりしてるし、いい意味でも何かやってくれそうな気がするんだよね。何よりこの子けっこう可愛いし」
え、可愛い?ほんと?
「ついでにぶっちゃけ他に誰か良い相手がいるかっていったらいないしさ。後はまあ、着の身着のままで出て来ちゃって、行く当てもないから取り敢えずは生活費と寄る方かな、こんなところ。それともアリサはコタロウのこと嫌い?それなら私だけ彼と結婚するけど」
ただしその場合は私とコタロウがイチャコラ新婚生活してる間アリサは寂しく一人寝だね、なんて言いながらぐっへっへと笑う。
そんなユーナさんを嫌そうな目で見つつ、アリサさんはこちらにもちらちらと視線を向けてくる。
「別に……嫌いじゃ、ない」
「なら良いじゃない。ここは私達2人、責任取って彼にもらってもらおうよ」
なんか僕の意思を無視して話が進んでいるので、ここらでおそるおそる手を挙げてみる。
「あの……拒否権とは言いませんが、せめて少し心の準備をする時間を下さい的なものは……」
「そんなものは無い」
「えぇ~……」
「キミ言ったよね?私達に一生お金の苦労はさせないって」
「僕そんなこと言ってない!!」
「出来ることなら何でもするって言ってたのは嘘かい?」
「うぐっ……」
それは確かに言った。
そして彼女達にお金の苦労させないっていうの、今の僕なら出来る。
マジックバッグの中のオブシウスドラゴンのウロコを1枚でも売れば、多分それだけで僕達3人一生遊んで暮らせる。
結婚が嫌だったら2人にウロコを渡してとんずらって選択肢もあるのかもしれないけど、流石にそれはダメだろう。
ど、どうしよう……頭がパニクって逃げ道が思い浮かばない。
……いや駄目だ。2人がこれまでの生活も、立場も全部捨ててコモテを逃げ出すことになったのは僕のせいなんだから、僕は責任を取らなければならない。
……でもなあ?
僕もユーナさんとアリサさんが好きだし、なんだかんだいって2人と結婚出来るとなると、嬉しい気持ちも確かにある。
これは……むしろ喜んでいいことなのでは?
とはいえ、まさかこんな形で結婚という人生の節目を迎えることになるなんて……
2人と結婚……お嫁さんが、一度に2人か……
「頑張ります……」と半泣きで肩を落として答えた僕に満足そうに頷いたユーナさんは、アリサさんの方に向き直った。
「ほら、彼もOKだってさ」
笑顔のユーナさんにアリサさんは「お前という奴は……」と呆れた顔。
ユーナさんはそんなアリサさんにまあまあと顔を寄せ、「それに彼、多分かなりお金持ってるよ?」と囁く。
小声ではあるけどこっちにもしっかり聞こえる。
「いつの間にか新しいマジックバッグ持ってるし。ワイバーンを倒したことといい、あれを買えるくらいのお金を稼げるだけの実力はあるってことだよね。大方あの様子じゃシャドウタイガーとワイバーンだけじゃなくて、まだ何か隠し玉を持ってるんじゃないかな」
「隠し玉ねえ……まてよ?」と、ふと何かを思い出した様子のアリサさん。
そしてハッとした表情になると、これでもかってぐらいの疑いの眼差しを僕に向けてきた。
「コタロウ、1つ訊きたいことがある」
「な……なんでしょう?」
「お前まさか……ドラゴン関係の何かを持ってたりしないだろうな?」
うわぁ、僕達が初めて出会った森にオブシウスドラゴンがいたって報告したこと、やっぱり覚えてたか。
まあここまできて今さらしらばっくれるでもないか。
僕は立ち上がると、マジックバッグからオブシウスドラゴンのウロコを1枚取り出して、アリサさんに差し出した。
アリサさんが訝しげな目で僕を見てくる。
「念のため訊くが……これは何だ?」
「オ、オブドラのウロコです」
おそるおそる答える僕。
「オブドラ?」と首を傾げているユーナさんと、額を押さえて天を仰ぐアリサさん。
続いて発せられた声は、地の底から沸き上がるかのように低い。
「……様子を見に行ったあの森でか?」
「は、はい」
「戦って、剥いできたのか?オブシウスドラゴンから」
「ち、ちな……違います!くれたんです!投げて寄越して、持って行って良いって!本当です!」
そもそもが僕にドラゴンをどうにか出来るような力も度胸もあろうはずがない。
慌てて弁明する僕と、そんな僕をジト目で見つめるアリサさん。
その後ろではユーナさんが「オブシウスドラゴン!?」と仰天している。
「ドラゴンを怒らせたりはしていないんだな?」
アリサさんの問いに必死で首を縦に振る僕。
「まあ怒らせていたら、今頃コモテはこの世から消えているか……」と彼女は呟いてため息をついた。
「オ、オブシウスドラゴン……これが……」
震え声で横から覗き込んできたユーナさんにそのままウロコを渡すと「あわわわわ」と腫れ物にでも触るみたいにして持っている。
まあ国宝を通り越して、世界遺産クラスの代物をいきなりはいと渡されれば怖くなって当然か。
彼女からウロコを返してもらってマジックバッグに仕舞っていると、やおらアリサさんに肩を掴まれた。
アイアンクローのごとく力がこもっていてとても痛い。
そのままぐいと顔を寄せてくる。
「それで、持ってるのは1枚だけか?」
「さ、300枚ちょっとくらい……」
ぎりり、と更に肩を掴んだ手に力が入る。痛い痛い痛い。
「コタロウ」
アリサさんは更に僕に顔を近づけ、凄みのある笑顔でにっこりと笑った。
「不束者ではあるが、これから末永くよろしく頼む」
僕は冷や汗を流しながらガクガクと頷く。
好きな人からプロポーズされたというのに、嬉しさよりも今は恐怖しか感じない。
そこに気を取り直したらしいユーナさんが声をかけてきた。
「そ……それじゃ、アリサも良いんだね?結婚」
その言葉を聞いたアリサさんはユーナさんににっこりと笑いかけ、そして僕を指差し怒鳴った。
「こいつには監視役が必要だ!!」
◇
「念のためもう一度訊いておくがコタロウ、もう他に変な物は持って無いだろうな?」
「え~と、ドラゴンのタテガミも6束くらいと、シャドウタイガーの革で作った服と……」
「……早くも監視のレベルを上げる必要がありそうだ」
「監視っていうか……もういっそのこと簀巻きにでもしてどこかに閉じ込めておいた方が良いんじゃない?私達の精神衛生的に」
「ひいぃ」
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