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24. りょうり の ひろう

よろしくお願いします。


いつもより少し長くなりました。

次の日、僕は朝市でとにかく新鮮そうな肉と野菜とその他フライを作るのに必要な食材を買い込んで、一旦宿舎に戻った。


調味料関係は、市場で売っているのは塩ぐらいなものなので買っていない。


さすがにこれくらいは男爵の屋敷にあるものを使わせてもらえるだろう。




戻ったら出立の準備をして、最後に騎士さん達にお別れの挨拶をして宿舎を出た。


肩掛けの空の布バッグを引っかけて、買い込んだ食材の入った袋を抱えて、表で待っていたアリサさんについてソマリ男爵の屋敷へ。



屋敷に向かう途中で、僕は彼女に夕べ書いてきた手紙を2通渡した。


「これは?」という彼女に、両方同じ手紙なのでどちらか片方を時間がある時に読んでほしいこと、もう片方をユーナさんに渡してほしいことを伝える。


内容としては、もういっそこの町を出て新しい土地で自由に生きてみるのはどうですか?という誘い。


僕と一緒に来てくれたらとても嬉しいけど、駄目な場合は仕方ない。


アリサさんは冒険者の経験がないけれど、ユーナさんが一緒なら大丈夫だろう。


あとは2人が自分で決めること。


僕としては良い方向に向かうことを祈るだけだ。




2人で30分程歩いて、ソマリ男爵の屋敷の裏手門に着いた。


僕は貴族ではないしお客様という扱いでもないので、正門から入るというわけにはいかない。


アリサさんが門番の人に用向きを伝えて門を開けてもらい、簡単な身体検査を受けバッグ1つを預けて屋敷に入る。


「ここが厨房の勝手口だ。食材の搬入などもここでする」と、アリサさんに案内してもらった入口から中に入り、厨房に通される。


そこには白い調理服を着た料理人さんが5人、険しい目付きで僕達を待っていた。


「待たせてすまない。彼が今日の閣下の昼食の調理をする冒険者のコタロウだ。色々と思うところはあるかと思うが、力を貸してやってほしい」


「コタロウです。どうかよろしくお願いします」


アリサさんの言葉に続いて僕も皆に挨拶。


お辞儀をしたけど返事が無いので顔を上げると、5人の中央に立っていた一際年嵩の料理人さんが一歩前に進み出た。



「この御屋敷で料理長を拝命しているミルダーだ。話は聞いているので必要な物の用意はしてある。調味料関係も使ってもらって構わないが、それ以外の必要の無い所には触らないでもらいたい。それから珍しい料理を作るということで、その料理については今回我々は勉強に専念させてもらうのでそのつもりで頼む」


手伝ってはもらえないというわけだ。


それになんていうか、かなり険悪な雰囲気。


まあ実際、本職の料理人よりも得体の知れない冒険者の作る料理が食べたいなんて言われたら、面白くなくて当然か。


それに下手に手を出したら男爵から怒られるかもしれないし。


ただ人の職場に無理矢理ねじ込んできてるのはこちらの方なので、僕は謝罪の意味で再度頭を下げる。


「大丈夫です。こちらこそ無理を言ってすみません。今回1回だけということでどうかお許し願います。それで、今日はこの道具を使わせていただけるということでいいですか?」


僕の言葉にミルダーさんは無言で頷いた。



僕達が立っていた場所のすぐ脇のテーブル(要は入口に1番近いテーブル)に、白色の調理服と魔導コンロと包丁まな板バットなどの調理器具と、ボールに山盛りになったラードが置かれていた。


これが今回貸してもらえる道具で、逆にこれ以外は触るなということだ。


僕は皆に断って、一旦厨房の外に出て用意されていた調理服に着替えた。


着替えたといっても今着てる服の上から調理服を着込んだ形。


僕の体格ではそれくらいがちょうど良かった。




調理服を着て厨房に戻ると、アリサさんがなんとも微妙な顔で僕を見てきた。


「あ〜コタロウ、似合って……う~む……」


「無理しないでいいですから……」


「す、すまん……」と申し訳なさそうにするアリサさん。


「それから、残念だが私は同席出来るのはここまでだ。頼んでおいて最後まで付き合えなくてすまないが……」


「いえ、大丈夫です。どうもお世話になりました」


と頭を下げる僕に彼女は笑って


「世話になったのはこちらの方だ。それではこの後の段取りについては彼らから聞いてくれ。私は終わった頃にまた迎えにくるから」


と言う。


「いや、わざわざそこまでしていただくわけには……もう終わったらその足で町を出るつもりですから」


遠慮する僕にアリサさんは、


「何、最後なんだからそれくらい良いだろう。それにせっかくだしユーナにも声をかけておこう。黙って行かせたとあってはあいつに恨まれる。それではまた後でな。皆も、申し訳ないが彼をよろしく頼む」


と、最後に料理人さん達に声をかけて彼女は厨房を出ていった。




アリサさんを見送ったら、僕達は早速昼食の支度を開始。


ミルダーさんに男爵の昼食の時間を尋ねると、いつもは正午からだけど今日は少し早めの時間を希望されているとのこと。


大体正午の30分前くらいを目安に準備を終えとけばいいだろう。


僕はミルダーさんと今回作るフライについての説明や、添えるスープや野菜などの打ち合わせをしてから、厨房の隅のテーブルを借りて市場で買ってきた野菜を袋から取り出し洗い始めた。


野菜を洗って皮剥いて切り分けて、肉を切って塩胡椒振って、堅パンすりおろしてパン粉を作ってと下ごしらえをしていると昼食の時間が近づいてきたので、そろそろ食堂の方の用意をすることにする。


ちなみにやっぱり料理人さん達の手伝い的なものは一切無かった。


皆でスープや温野菜の仕込みか何かをしながらこちらの方をチラチラと見ているのはわかったけど、話しかけてみても全無視。


食材の良し悪しとか見てもらえたらありがたかったんだけど仕方ない。



廊下に出て近くを歩いていた使用人を捕まえて、食堂に調理器材を入れたいことを伝えると執事さんを呼んでくれた。


執事さんは僕より背が高く、執事服を着こなした初老の男性で、一見柔和な顔つきだけど僕を見る目は冷たく鋭い。


彼は僕が自己紹介しようとするのを遮って口を開いた。


「当家で執事を拝命しておりますヘルマンと申します。名乗りは結構、男爵閣下も我々としましても冒険者などの名に関知は致しませんので。閣下の召し上がられる物に携われることがいかに光栄なことかを良く良く心にお留め置きの上、くれぐれも失礼な振る舞いなどの無い様、お願いいたします」


と低い声で告げる。


正直感じは良くないけどまあ仕方ない。


貴族やその関係者が平民の、しかも冒険者に向ける態度なんてこれでも上等な方だ。


なので僕も話は必要最低限に留めることにする。



昼食の調理のセッティングをしたい旨を伝えると、ヘルマンさんは食堂に案内してくれた。


食堂は屋敷の庭に面した陽当たりの良い広い部屋で、 中央には20人かそこらは座れそうな大きなテーブルが置かれている。


テーブルクロスは真っ白で、絨毯や照明・調度品などもとても豪華な物になっているので、お客さんとの会食などにも使われる部屋なのかもしれない。


実家では家族が食事をする部屋とお客さんをもてなす部屋は分けていたけれど、そこら辺は家によって様々だ。


僕はヘルマンさんに、男爵の座る席から少し離れた場所に小さめのテーブルを置いて、そこで調理をしたいと伝える。


「男爵様は調理をしているところを近くでご覧になりたいと仰られておりますが、それは必要なことなのですか?」と尋ねられたので、揚げ物は油が跳ねるので男爵様の服やテーブルを汚したり火傷なんぞさせたりしたら一大事と説明。


ヘルマンさんはなるほどと納得して「すぐに用意します」と言ってくれた。


あと男爵にも、鍋には近付かないように伝えておいてくれるらしい。



食堂にカフェテーブルのような小さめのテーブルを2脚持ってきてもらい、厨房からは調理器材と材料を運び込む。


テーブルにクロスをかけて片方にはコンロと鍋、もう片方には材料を置く。


セッティングが終わると時間は正午の1時間程前。


ヘルマンさんにもう食事の用意を始めて良いか尋ねると、彼は頷いて「30分程で男爵様がいらっしゃいますので、それ迄に用意をお願いします」と言い置いて食堂を出ていった。


ラードを入れた鍋を魔導コンロにかけて暖めていると、ミルダーさん達料理人が入ってきて、テーブルの上の配膳を始めた。


皿にはパンや温野菜が盛られ、器にはスープが注がれる。


手際良く作業をする彼らは流石プロの仕事と思う。


自分の家ならともかく、他家でこういう場面を見ることって無いからちょっと面白い。


油の様子に注意しながら眺めているとやがて彼らが配膳を終えて出ていって、それとほぼ同時にヘルマンさんが戻って来て「男爵様がいらっしゃいました。お控えを」と告げた。


頭を下げて待っていると食堂に数人が入ってくる足音がして、僕の頭の上から声がかけられた。




「ほう、お前が話に聞いていた平民か。何やら変わった料理を作るらしいな。かまわん、顔を上げろ」


許しが出たので僕は顔を上げて挨拶をする。


想像していたよりもなんていうか、凄く太い。


長年の飽食の結果か。


この上更に揚げ物とか食べるようになったら体壊すんじゃないだろうか。


とはいえ今さら断るわけにもいかないけれど。


「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。この度はこのような機会をいただけたこと、欣喜の至りにございます。下賤の身ではございますが、精一杯勤めさせていただく所存にございますので、どうかよろしくお願い申し上げます。申し遅れましたが私、冒険者のコタロウと申します」



貴族相手へのこういう礼儀を学べたというのは、貴族家の生まれと教育に感謝だ。


貴族の中にはひとつ言葉遣いを間違えると、無礼だってんで即死刑なんて人もいるみたいだし。


僕の挨拶にソマリ男爵は少し驚いたように目を開いて、すぐに満足そうな表情になった。


「ほう、平民ごときのわりには礼儀というものを弁えておるではないか。ああ、お前の名などどうでもよい、さっさと料理を作れ。それから、言い置いた珍しい材料は用意してきたのだろうな?騎士共に食わせた物の二番煎じなど許さんぞ」


「はい、余程の機会が無ければ、人の口に入ることの無いであろう食材をご用意させていただきました。ご説明致しましょうか?」


「いや、食ってからでよい。珍しい食い物ならその方が楽しめるというものよ」


そう言いながら席に着く男爵。


テーブルの両脇には後に付いて入ってきた男性2人が座る。


この人達は多分毒見役だろう。



身分の高い人となると、当然の話食事の安全にも非常に気を使う。


僕の実家は田舎でそういうことには緩めだったとはいえ、それでも毒見役の1人はいた。


これが皇族や、政権の中枢に近くなる人程毒見役の数も跳ね上がる。


特に国王陛下の食事に至っては、徹底的な栄養管理の上に魔法による混入物チェックの他、毒見役が10名近く。


更には火傷なんかしちゃいけないってことで、念入りに冷ましてからやっと食卓に出されるんだそうな。


偉い人というのも中々に窮屈なものだ。


料理が熱くないのは大歓迎なんだけど。


ちなみに現在までに「サンマが食べたい」とか「ネギマが食べたい」とか言った王様はいないと思われる。


てか、その2つなら僕が食べたい。


そして今回、ソマリ男爵の食卓にいる毒見役は2人。


まあこんなもんだろうという人数だ。



様子を眺めていると男爵から「何をしている?さっさと始めんか!」と怒られた。


ヘルマンさんからも促されたので、僕は料理にかかることにする。


珍しそうにこちらを見てくる男爵や他の人達に揚げ物についての説明をしながら、まずは野菜から素揚げやフライにしていき、出来た端から男爵が食べていく。


毒見役の人も試食はしているけど、幾つか数を揚げた内の1つを摘まむ程度で、どうやら毒見といっても最低限の形だけで済ませているみたい。


味付けは塩と胡椒、それから料理人さん達が用意してくれた何味かはわからないけどソースや辛子などが、テーブルに並べられている。


男爵は濃い目の味付けが好みの様で、使っているのはソースばかり、それも毎回たっぷり付けて食べている。


それにしても男爵、美味い美味いと言ってくれるのは嬉しいんだけど、口の中に物入れたまま喋るわペチャペチャクチャクチャ音立てて食べるわ、テーブルの上をやたら散らかすわであんまり貴族の食事って感じがしない。


むしろ野卑な感じさえする。


使用済みの油を川に流さないようにという注意を添えてみたら「そのようなことワシの気にすることではないわ!」と口から咀嚼したフライを噴き出しながら怒られた。


豚肉をフライにしたのは「カツレツに似ている。珍しくない。つまらん」という感想だった。




そうしていよいよ最後の食材。


揚がった物を油から取り出しながら皆に案内する。


「それでは次が本日の最後、閣下ご所望の珍しい食材でございます」


「おおいよいよか!待ちかねたぞ!」


お皿に盛って毒見が済んで、男爵の前に出された細長いフライにソースをどっぷりかけていそいそと口に運ぶ。


口に入れた男爵の目が軽く見開き、「ふむ」と小さく呟いて、そしてその顔ににやりとした笑みが浮かんだ。


「なるほど、このような地でよく手に入れたものよ。これはエビだな?確かに海も知らぬ貴様ら田舎の平民風情には珍しかろうが、ワシはこんな物何度も食っておる。まあ平民の、しかも賤しい冒険者ごときが見つけて来る物といえばこの程度か」


ふん、と鼻を鳴らす男爵。そんな男爵に僕は首を横に振る。


「いいえ、エビではありません」

お読みいただきありがとうございます。


また、評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。



毒味については、政府中枢で政争に明け暮れている人達であれば自身の体調管理も兼ねて注意を払いますが、ルシアン伯爵家やソマリ男爵家など地方貴族であればそこまで気は使いません。


あくまで形式だけということで、ルシアン伯爵家などでは毒味は使用人の回り持ち、家族の人数分+1食多く作った料理の中から毒味当番がランダムに1つを取って先に食べるという形で、毒味というより味見係みたいなものになっています。


普段の食事よりも美味しい物が食べられるということで、ルシアン家の使用人達からはその座を虎視眈々と狙われている役目です。

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