4. こんやくはき の けいい
よろしくお願いします。
今回はNTR的な話になります。
苦手な方はご注意ください。
また、説明のみの回でストーリーは進みませんので、飛ばしていただいても問題ありません。
僕とアディールが最初に出会ったのは、2人が5歳の時。
どういう用件だったのかはわからないけど、ベリアン侯爵がルシアン伯爵家に訪ねて来て、その時にアディールも連れてきていて僕と初めて出会った。
同い年だったということもあって僕らは仲良くなり、父上がベリアン侯爵家を訪ねる時などは頼んで一緒に連れていってもらい、彼女と遊んだものだった。
2人がある程度大きくなると、武門の家柄ということで彼女も騎士としての修行を始めて、会う機会も少なくはなった。
でもそれでも手紙のやり取りはしていたし、なんとか機会を見つけては会うことを続けていた。
そんな僕達に婚約の話が持ち上がったのも、ある意味当然のことだったのかもしれない。
婚約が決まってから、彼女とは「アディールは家督を継いで当主になる、僕はベリアン侯爵家に婿入りしてアディールを補佐する。そうして2人で傾いているベリアン家を立て直そう」と約束もしていた。
当時のルシアン伯爵領は、父上と兄上の仕事に僕がした幾つかの些細な口出しがたまたま上手くいったこともあって、経済的にはかなり余裕があった。
ベリアン侯爵家としてはそんな僕を婿として迎えることで、ルシアン伯爵家からの経済援助的なものを期待していた節がある。
でもそれとは関係無しに、僕はアディールが大好きだったし、アディールも僕を好きでいてくれたと思っている。
しかしそんな時、隣国ドルフ王国とアト王国の国境付近に魔物の群れが出現。
かなり規模の大きな群れであったため、アト王国とドルフ王国2国の軍が合同で討伐に当たることになった。
ところがそこで、今こそ武門の活躍の場とベリアン侯爵家の軍を率いて出陣したアディールが、なんと敵の襲撃を受け負傷してしまう。
幸い怪我の程度はそれほど酷くはなく、命に別状もなかったということで、討伐が終わった後しばらく現地で療養して、それから家に戻ることになった。
僕は、その時は家の用事もあり出陣してはいなかったのだけれど、アディール負傷の報せを聞いて大慌て。
急いで薬やら差し入れの食べ物やらを現地に送る手配に奔走した。
あまりにも大量に送ろうとしていたので、父上と兄上に怒られたほどだ。
そしてアディールの療養が終わり、実家に戻った途端にこれまたなんと、ドルフ王国第2王子のベルマ殿下からアディールに結婚の申し入れが来た。
ベルマ王子もまた今回の魔物討伐に参加しており、怪我をして動けなくなっていたアディールを助けたのが王子だったらしい。
どうもその際にベルマ王子がアディールを見初めた様で。
ベルマ王子は武勇に名を馳せた人であり、アディールもまた軍事畑の人だったということで、現地で怪我の療養をしている間に気が合ったか何かしたんだろう。
思い立ったら即行動のベルマ王子に対し、父ドルフ王の意向がどうだったのかは分からない。
ただ国として正式に婚姻の申し入れが来たということは、特に異存は無かったか、それともベルマ王子が押しきったか。
アディールには既に僕という婚約者がいたということで、アト陛下も多少迷うところはあったようだけど、結局はこれがケンカを繰り返してきた両国の友好に繋がることになると結婚に同意。
ベリアン侯爵家とアディールも、それを受け入れたというわけだ。
確かに第2王子とはいえ隣国の皇族と娘が結婚なんてのは、貴族の家にとっては非常に利益が大きい。
また陛下が同意したということもあって、ベリアン侯爵家としては実質断ることは出来ないし、また断る理由も無い。
ドルフ王国は軍事国家であり、先代ドルフ王は領土の拡張を狙って次々とアト王国を含む周辺国に侵略の手を伸ばし、その欲は餓狼の如しとまでいわれた程だった。
今代のドルフ王は先代とはうって変わって穏健派であり、先代の時とは見違えるように大人しくなってはいる。
とはいえやはり、今でも先代からの後を引きずる因縁により、周辺国との仲ははっきり言って良くない。
なんだかんだでドルフ王国側も、この何十年か続く緊張状態を終息に向かわせようという考えがあり、この縁談をそのきっかけにしようと考えたというところだろうか。
まあ確かにこの経緯を聞いたときはちきしょうめと思ったりもしたけど、そのことについて僕が聞かされた時には既に全部が決まってしまっていた後。
そして貴族の結婚なんてそんなものと言ってしまえばそれまでのこと。
国や家が絡む以上拐って逃げるなんてことも出来ない。
実は少しは思ったりもしたけど、ベリアン侯爵家という家に誇りを持っていたアディールのこと。
一緒に逃げてなどはくれなかっただろう。
もしこれで本当に2人で逃げたりしたら、アト王国とドルフ王国間で戦争になったりしたんだろうか。
前世でなんかそんな感じの話を聞いたような気がするな。
でっかい木馬が町を滅ぼす話だったかな?
とにかく、そうした経緯の後に、ルシアン家に届いた婚約破棄の通達。
その封書には、僕から昨年の誕生日にアディールに贈った短剣が同封されていた。
彼女から僕への手紙や伝言などは一切無かった。
この件については僕なりに気持ちに整理はつけたつもりなのだけど、気になることがあといくつか。
当代のベリアン侯爵はどうも子供が出来難い体質だったようで、ベリアン侯爵家にはアディール以外には子供がいない。
探せば庶子の一人くらい出てくるのかもしれないし、親戚も多いから家の存続については大丈夫だろう。
ただしアディール、彼女が目指していた「ベリアン家を立て直す」という目標も、降って湧いたように隣国に嫁ぐことになって、それも出来なくなった。
気落ちしてなきゃいいんだけど。
もう1つがこういう縁戚とか人脈関係って、ほとんどの場合持ってるだけじゃ意味が無くて、上手く使いこなさないと役に立たない。
正直、今のベリアン侯爵家にそれが出来る人がいるとは思えないのだ。
どうもこれまでの経緯からもあの家、デンとあぐらかいてただ助けてもらうのを待ってるだけって感じがしてる。
他国の皇族との外戚関係が家同士をつなぐ強力なステンレスワイヤーになるのも、それを武器に上手く立ち回れればこそ。
逆に一つ間違えれば、核爆弾への導火線に早変わりなんだけど……
まさかとは思うけど、ドルフ王国からの経済援助をあてにしてるだけなんてことないだろうな?
大丈夫かなぁ。
まあこれ以上は僕が考えても仕方ないことか。
これからの僕はルシアン家とも、アディールともお別れして平民の冒険者として生きていく。
心配事は尽きないし確かにつらい気持ちもあったけど、逆に旅立つ決心がつく良いきっかけにもなったわけだし、悪いことだけでもなかったかな。
えーと確かこういうのなんていったっけ……人生バンジージャンプの際のカマドウマ?
どういう例えだ?
◇
「しかし、この度のアト王国貴族の娘との婚儀の件、ベルマ殿下にも困ったものですなブルトゥス大臣。昔からの婚約を強引に破棄とされてしまって、ご息女は大丈夫でしたかな?」
「今はまだショックがあるようですが……あれもしっかり者ですので、程なく立ち直るものと思っておりますよバルト卿。しかし殿下の新しいお相手も災難だ。あまりにも急なことで、宮中……いや、我がドルフ王国中に何の後ろ楯も無いまま嫁いでくることになるわけですからな」
「一軍を率いて戦場に出る、勇ましいお方と聞いておりますが、軍部の方では何か?」
「何、多少は鍛えているのかもしれませぬが、所詮はままごとの範疇でしょう。我が国の軍事に口を出されても面倒です。後宮の掌握をお願いするとでも言って、飼い殺しにしておけばよろしい」
「なるほど、妙案ですな」
お読みいただきありがとうございます。
タグや本編中にもありますが、主人公はこの件についてへこみはしても恨んではいませんので、今後復讐的な展開にはなりません。
ご了承ください。
元々恋愛面は猫気質でわりとドライな質なのに加え、今世で貴族としての教育を受けているので、貴族同士の恋愛や結婚とはそういうものという認識があります。
また、政治関係の知識も貴族教育で学んだものです。