23. むちゃぶり の おねがい
よろしくお願いします。
「僕が男爵様に料理を?」
「ああ、お前がここで食事を作ってくれていることが閣下の耳に入ってな。しかも珍しい料理が多いということで興味を持たれたらしい」
夕食の支度を終えてアリサさんの部屋を訪ねた僕に、彼女が言い難そうに頼んできたのは「僕にソマリ男爵に出す料理を作って欲しい」という頼み事だった。
ここに来て1ヶ月、前世の滝本家の台所で見た料理を思い出しながら色々と作ってはいたけど、それを聞きつけた男爵は特に揚げ物に興味を持ったらしく、ぜひ食べてみたいと大乗り気。
ついでにアリサさん他騎士さん達一同、「自分達ばかり美味い物食ってワシに報告しないとは何事だ」と怒られたんだそうで。
自分は普段から騎士さん達よりずっと良い物食べてるくせに。
にしても僕がソマリ男爵に料理ねえ。
「それだったら僕みたいなどこの馬の骨とも知れない冒険者よりも、ちゃんとした料理人の方に作ってもらった方が良いのでは?調理法ならちゃんと教えますから」
てかむしろそれが普通だと思うんだけど。
でもそんな僕の意見にアリサさんは苦い顔。
「いやそれが、閣下は『そんな付け焼き刃でしっかりとした味が出せるものか、熟練の技をこの目で直に見てこそ味も分かるというもの』と言われてな……」
「いや僕のも付け焼き刃ですけどねえ!?」
自慢じゃないが、厨房と呼べる場所で料理したのなんて今回が初めてだ(実家に居た時にやってたのは基本盗み食いだったので)。
それにしても一体なんだその訳のわからないこだわりは。
一流の料理人だって、いちいち客に調理の様子を見せたりなんてするもんか。
……ん?『直に見る』?
「あの……もしかして僕は男爵様の目の前で料理をするということなんでしょうか?」
頷くアリサさん。
「今までに無い調理法ということで……どうしてもと仰られてな」
「あ、揚げ物は油跳ねますよ?近くに寄ると危ないです」
「そこは……少し離れた位置から見ていただくしかないだろうな。その辺は私から閣下に話をする。料理しているところをテーブルに座って見ていただくということになるだろう」
揚げたてを食べるには良い方法だ。
それに揚げ物は何が良いかって調理してる時の音が良い。
あの食欲をそそる音を聞きながら出来上がりを待つというのは、とても贅沢な時間といえるかもしれない。
……って、納得してどうする。
「貴族様の前に出られるような服なんか僕持ってません」
シャドウタイガーの服のことは黙っておく。
そんなの着て行ったら貴族権限で取り上げられかねない。
「当日は料理人の服の予備を貸してくれるように頼んでおく。お前なら着られるだろう」
どうせ僕はチビですよ。
そしてどうしよう、もう逃げ道が思いつかない。
僕が頭を抱えていると、アリサさんから更に追い撃ちが来た。
「それから閣下からもう1つ要望がある。『珍しい物を食べたい』とのことだ」
珍しい物……ねえ?
「普通の肉と野菜じゃダメなんですか?」
「いや、それらも勿論ご所望ではあるが、それに加えて今まで食べたことの無いような珍しい食材を、新しい調理法で食べてみたいと仰せなのだ」
さては他の貴族に自慢するつもりだな。
でも珍しい食材なんていっても、一冒険者でしかない僕にそんな物を手に入れるツテなんてあるわけもなく。
それなら領主であるソマリ男爵の方が、ずっと珍しい食材を手に入れ易い立場だと思うんだけど。
……ていうか、そもそもなんでそんな食材調達の話を僕にする?
「え、もしかして食材は自前で用意ですか?」
すまなさそうな顔で頷くアリサさん。
「男爵閣下が平民の冒険者、しかも低ランクの者の作る料理を希望されるのは問題だという意見が出てな」
なるほど、男爵が食べたがって僕を呼んだのではなく、あくまでも僕の方から食べてくださいと献上するという形にしたいわけだ。
貴族としての体面か。
てことは報酬的なものも無いな?
アリサさんに尋ねてみたところ回答は是。
「閣下にご満足いただければ、褒美がもらえるかもしれない」とは言われたけど、あんまり期待は出来そうにないな。
完全に僕の持ち出しになるわけだ。
「な……鍋と油と火元ぐらいは用意してもらえますよね……?」
「それについては私から厨房に話してある。厨房には魔導コンロがあるので貸してもらえることになっている」
「はあ……わかりました。やってみます。食べていただく日はもう決まってるんですか?」
僕の問いに、アリサさんは更に言い難そうに答えた。
「……明後日の昼食だ」
一瞬耳を疑った。
僕じゃなくても耳を疑うだろう。
「明後日って言いました?」
「い、言った」
「1ヶ月前にこの町に着いて何のツテも無い低ランク冒険者に明後日までに男爵様が今までに食べたことの無いような珍しくてなおかつ美味しい食材を調達してこいと?」
恨みがましい顔と声になったのは仕方ないことだと思う。
が、アリサさんの顔を見るとそれ以上のことは言えなかった。
別に彼女が悪いわけではない。
貴族が平民に対して無茶振りなんて、どこにでもある話だし。
『絵の中のトラを捕まえてみせろ』とか『弟の頭に乗せたリンゴを射抜け』とか。
これは命じた人が貴族だったのかは知らないけどさ。
ごねたところでどうにもならないので、結局引き受けることになる。
話が終わるとアリサさんは最後に「無茶なことを頼んで本当にすまない」と頭を下げてきた。
宮仕えって辛いよね、
僕は経験無いけれど。
何にせよ断ることも出来ないので、アリサさんには「了解しました。頑張ってみます」と伝えて部屋を出た。
明後日か……今日はもう夕方だし当日は朝から男爵の屋敷に行って準備だろうし、準備の時間が明日1日しかないな、
やれやれ。
ああ、そういえばアリサさんに出立と誘いの話、するの忘れてたな、どうしようかな。
次の日の午後、僕はコモテの町を出て近くにある森に来ていた。
あのオブシウスドラゴンがいた森ではなくて、真っ直ぐ歩けば半日かからずに抜けられるくらいの小さな森。
目的は食材探し。
午前中は市場を物色したり、魔物素材の組合を訪ねてアントニオさんに相談してみたりしたけど、そんな都合よく珍しい食材が転がっているわけもなく。
取り寄せにしたって、珍しい物なら値も貼るし何ヵ月単位でかかるとまで言われてしまった。
そして今、最後の手段として山菜的な物でもないかと森の中をあさっている。
ちなみにアリサさんや宿舎の皆には、明日ソマリ男爵の食事が済んだらそのまま出立することを、朝食の時に伝えてある。
皆僕が出ていくのを惜しんでくれたけど、冒険者なのだからということでアリサさんが皆を納得させてくれた。
そんなこんなで昼一から何かないかと探しているのだけど、いざ探してみるとなかなか見つからない。
こうなったら何か派手な色のキノコでも生えてないかな。
めったに人の口に入らない物ではあるし、本当かどうかわからないけど危ないやつほど美味しいって聞くし。
キノコキノコと歌いながら探しているけど、歌の通りに銀色の雨でも降ってこないかな。
あれが降るとなんか育つらしい。
探し回った結果、キノコならいくつか見つかりはしたけど、小さなものばかりで正直インパクトに欠ける。
前世ではキノコなんて食べなかったから、自慢の鼻も今回はあまり役に立たない。
もうちょっとこう、メインを張れそうなのはないものか。
とはいえそろそろ日も傾いて薄暗くなってきたし、ここまでかなあ。
……おや?あれは。
◇
「変だなあ、スープがとろとろにならない。これじゃクリームシチューにならないぞ」
「……」
「ミルク入れてバター入れて、あと何か入れるのかな。前世でお母さんが入れてたあのルーってなんだったのかなあ。あれ入れたらすぐにとろとろになったんだよな。バターとスープの匂いは確かにしてたんだけどなあ」
「……(ジト目)」
「あ。……き、今日の夕食はミルクを使ったホワイトスープです!……だ、大丈夫です!そんな疑いの目を向けなくてもちゃんと食べられますから!ほらこのとおり……あっちち!!」
お読みいただきありがとうございます。
また、評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。
本編中で、コタロウがキノコに関して物騒な考えを口にしていますが、言うまでもなく大変危険な行為です。
絶対に試したりしないでください。




