3. しんてんちへ の ふなで
よろしくお願いします。
マリアネーラ様からの依頼を受けてから1週間後。
僕達はクイイユ市からの船に乗って、南の暗黒大陸へと向かっていた。
予定より出発が2日程遅れたものの、魔族領カイラ港行きの連絡船は無事にクイイユを出港し、順調に航路を進んでいる。
そのカイラ港から街道を1日程内陸に進んだ所が、今回の目的地であるテーベア市になるのだそうな。
クイイユ市から魔族領のカイラ港までは、船で3日程の道程。
今日の夕方頃に港に着く予定だ。
クイイユ市の港から見た時はわりかし近くに思えたのだけれど、やっぱりそれなりに離れてはいるようだ。
でもこうして船の上から見ていると、行く先の大陸が次第に近づいてくるのがよくわかる。
快晴の空の下、甲板に出て日向ぼっこをしつつ、そんな海の景色を眺めていた僕。
季節は冬だけど、グランエクスト帝国の気候は温暖であり、こうしている今も太陽の日差しが暖かい。
こうして暖かい所でのんびりしていると、前世の滝本家の家族の傍、畳の上で寝ていた時のことを思い出す。
僕は寝相が悪かったので、寝ているうちにお腹を上に向けて大の字や上の字になっていたり、上半身と下半身が反対を向いてねじれたような体勢によくなっていた。
たとえ無防備な体勢でも、家族の皆と一緒にいれば安心だ。
家族の皆はそんな僕のおかしな姿を見て「盆踊り」とか「ストレッチ」とか言いながら可愛がってくれたものだった。
懐かしいなあ。
元気にしてるかなあ。
滝本家の皆にも、また会いたいなあ。
また、会えることとかあるのかなあ。
今は無理でも、この世界で精一杯生きて、死んだ後でとか。
ふと前世のことを思い出したので、テレビで流れていた冬になると北風を連れてやって来る男の子の歌を歌ってみる。
ただこの歌は、どちらかというと冷たい風が吹いて、さあこれから冬になって雪も降って寒くなるぞ、という時期の情景の歌。
今の暖かい天気にこの歌はミスマッチだったかなあ、なんて思っていると、そこにユーナが近寄って来た。
「いよいよ今日、魔族領に着くね」
「うん。なんかちょっとドキドキするでござんす」
「ござんす?」
2人で並んで、もうすぐ近くまで迫ってきている大陸を眺める。
ちなみにアリサは、慣れない船旅にまたもや盛大に酔ってしまい、傍のベンチにもたれかかって空を仰いでいる。
実は読書家のアリサなのだけれど、だからといって揺れる船の上で本など読んでいれば、そりゃあ酔うのも無理はない。
そしてしっかりと僕達についてきているクロベエは、相変わらず僕のリュックの中でぐうぐうと寝ている。
「2人は、魔族領に入ったら何が見たい?」
「私は……やっぱり町かな。向こうではどんな街並みが造られてて、どんな品物が売り買いされてるのか興味あるし」
「私は、とりあえず陸が踏めれば何でも良い……」
ぐったりとしているアリサに、苦笑顔を見合わせる僕とユーナ。
貴族を辞めて、世界を見ようとルシアン伯爵領を出てから1年足らず。
なんだか、すごい遠くまで来ちゃったな。
アト王国を出て、クロウ共和国、ルフス公国、スカール公国、グランエクスト帝国と4つの国を回り、そして今や暗黒大陸の魔族領へと向かっている。
実家のルシアン伯爵家にいたら、こんな経験は出来なかっただろう。
色々と大変な目、命の危険にも遭ったけれど、アリサとユーナとも結婚出来たし、クロベエとも会えたし、やっぱり旅に出たのは良かったな。
また少し、先方の大陸が大きくなってきたように見える。
魔族領まで、あと少し。
さあ、向こうでは、一体どんな景色が待っているのかな?
「コタは、魔族領に行ったら何が見たいの?」
「僕はね……」
言いかけたところに、少し離れた所から僕達が護衛している商人さんの声がかかった。
「お三方、昼食が出来ましたよ!今日の昼食はミーバ鯛の煮魚ですよ!」
「さかにゃあああぁぁああ!!」
「魚だってさ」
「まあ、あいつはそうだろうな」
「ブレないねえ」
叫び声を上げて、僕は船室に駆け込んで行く。
そんな僕に、ユーナとアリサは顔を見合わせて微笑むのだった。
◇
「それにしても、マリアネーラ様も残念でございましたね。色々とゴタゴタが重なって、結局結婚もなさらずにこうして臣籍降下ということになられてしまって」
「まあ、その点はご心配なく。結婚相手の当てはありませんが、子供の父親の当てならありますから」
「は?子供の父親?」
「他国の者とはいえれっきとした貴族、それも伯爵家という高位の出身のようですからね。もう既に妻帯はしていますが、奥様方には現在秘密裏に交渉を進めているところです」
「は、はあ……?」
お読みいただきありがとうございます。
また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。
次回、エピローグになります。
この世界、紙は流通していますが本はやっぱり高価です。
アリサが所持しているのは、軍人時代に読ませてもらった詩集(『ルバイヤート』みたいな内容)を書き写して自分で手帳のように綴じた物と、ルフス公国の建国祭で購入した昔話の英雄譚(『桃太郎』や『力太郎』のような短編の民話をまとめた物)の2冊で、暇がある時などに開いて読んでいます。




