2. みょうじ の あん
よろしくお願いします。
そんなわけで、
「この地の領主として、あなた達に依頼をします。近日中に、魔族領へ向けてグレイシャーシルクの交易再開交渉のための使節団が出発する予定です。あなた達には、その使節団の護衛をお願いしたいと思います」
「魔族領へ、ですか……」
早速、お抱え冒険者としての依頼が来た。
しかし魔族領へ行くとな。
てことは、船に乗って海を越えて、暗黒大陸へ行くことになるんだな。
僕とアリサとユーナと3人で顔を見合わせる。
「僕達魔族領には行ったことが無くて、地理やその他諸々まったく何もわかっていないのですが……」
正直、かなり不安がある。
魔族領となっている暗黒大陸については現状、噂程度しか情報を持っていない。
非常に過酷な環境だとか、こちらの大陸とは比べ物にならないぐらいの強力な魔物がうようよいるとか、聞こえてくるのは嫌な話ばっかりだ。
あからさまに不安な表情を浮かべていた僕に、マリアネーラ様は重ねて告げてきた。
「先代の自分から魔族領と交易をしている商人の方からうかがったのですが、魔族領側の交易の入り口になっているテーベアという町がありまして、その町に行けば先方の商いをする方達がいて対応してくれるとのことです。その町に行くまでの道も、交易に使われる道路なので整備はしっかりとされているし、よほどの異常事態がなければ魔物の襲撃なども無い。テーベアは大きな町なので、宿泊の心配なども無いと」
「交易の重要拠点になっている町なら、きっと防備もしっかりしているんだろう。商人の人達も行っているみたいだし、そこまで気構えることも無いんじゃないか?」
「ずっと止まってた交易が再開するんだったら、先方も早く商談したがってるだろうから、もしかしたらそのテーベアまで行かなくても、港にもう誰か待ってたりするかもね。それに魔族領に行く機会なんて、こういう仕事でもなきゃそうそう無いことなんだし、依頼がてら見物してみるっていうのも面白そうじゃない?」
「う〜ん……まあ、それは確かにそうなんだけど」
「報酬につきましては、皆様お1人につき金貨5枚をお支払いいたしますわ。他に聞いた話では、テーベアから少し奥に入ったところには我が国のシエラノ河とも見紛うばかりの大河が流れていて、その川にはそれはそれは大きくて美味なお魚が捕れる……」
「ご依頼喜んでお受けいたしますマリアネーラ様!全力をもって、遂行に当たらせていただきます!」
「はい、それではよろしくお願いいたしますわね」
「やられた……」
「完全に胃袋を握られたな」
笑顔で頷き合う僕とマリアネーラ様を、ユーナとアリサが呆れた顔で見てきている。
使節団の出発は明後日の朝になるので、僕達はそれまでに旅の支度を整えておくようにとのことだった。
慌ただしい感じもするのだけど、まあそれだけ交易の再開を先方からもせっつかれている状況ということのようだ。
それから、とマリアネーラ様は話を変える。
「あなた達、将来にそなえて、今のうちから家名を考えておいてくださいね」
「家名ですか?」
「騎士になったら家名が要りますから」
「自分で決めて良いんですか」
新しい家が興る際に付けられる家名というのは、由来は様々である。
その土地の名前から付けられるもの、かつて存在した昔の貴族家の名前をもらうもの、書籍などからおめでたい言葉を探してくるもの、識者から付けてもらうもの、そして自分で考えて決めるものなど。
身分の高い貴族であればそのあたりも色々も作法があるものなのだけれど、僕達は騎士ということで、自分で考えて決めて良いらしい。
「じゃあ『メインクーン』でお願いします」
「メインクーン?変わった言葉ではありますが……それで良いのですか?」
「ええもちろ……うなぁん」
「恐れながら、家名につきましては私達の今後に関わることとなりますので、3人で熟考の上で決めたいと思います。何卒今しばらくお時間をいただきたく」
即座に決めようとした僕の首根っこを掴んで脇に避け、アリサがマリアネーラ様に頭を下げた。
家名と言われて、即座に浮かんだのがこの『メインクーン』という言葉。
前世の猫だった僕はメインクーンとペルシャのハーフではあったのだけれど、僕はメインクーンであるお父さん似。
大きな身体と尻尾にふっさふさな毛並みで、家族からもメインクーンとして扱われていた(膝とか腹とかに乗っかったら重い重いといわれていた)。
「メインクーン」という語感も気に入っているし、家名としても良いんじゃないかと思ったのだけれど。
タヌキという意味があるらしいのは今初めて知ったので、そこはちょっと気になるところではあるのだけど。
さすがにアト王国貴族である実家の『ルシアン』は使えないし、前世の家であった『タキモト』だとこの辺りの名前の風味とは明確に変わるので違和感が出るし、そんな名前どこから出てきたんだという話にもなる。
『タキモト』は僕の大切な思い出として、心の中にしまっておくのが良いのかなと、今は思っている。
横で「タヌキって何タヌキって!?」とポコポコと僕を叩いているユーナにちらりと目を向けつつ、マリアネーラ様が僕達に告げた。
「私は良いと思いますよ?コタロウ・メインクーン、アリサ・メインクーン、ユーナ・メインクーン。語感も悪くありません」
「そ、そうですか?」
「何よりあなた達、人を化かしますし」
「「「……」」」
愉快そうなマリアネーラ様に、げんなり顔を返す僕達。
そんな僕達にマリアネーラ様はもう1度笑い、「まあ急ぎませんから、皆さんでじっくり考えておいてくださいな」と言い残してその場を去って行った。
その後、部屋に残った3人の間で、家名決定のための史上最大の激戦が丁々発止と繰り広げられたのは言うまでもない。
◇
「それにしても……とうとう公爵としての着任初日ともなれば、やはり気疲れはするものですね。マグダレナ」
「誠にお疲れ様でございます」
「旅の疲れもあるのでしょうか。なんだか幻覚まで見え始めて……」
「幻覚……ですか?大丈夫でいらっしゃいますか?お化けか何かでも見えるとか……」
「お化けではないのですが、あなた達の後ろで子犬くらいの大きさの黒いドラゴンが、テーブルに着いてお茶を飲んでいる姿が見えるのです。さすがにそのようなこと、現実にあるわけがないでしょう?やっぱり、疲れのあまり幻覚を……」
「あの……誠に申し上げ難いのですが……マリアネーラ様はこれ以上無い程に正常でいらっしゃいます」
「は?」
お読みいただきありがとうございます。
また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。
本話に出ましたメインクーンの意味については、あくまでも本作の中での設定です。
この世界の言葉に当てはめるとそういう意味になるということで、ご了解いただきたくお願いいたします。
実際の『メインクーン』の名前の由来は諸説ありますが、「アメリカのメイン州のアライグマ」という説が有力なようです。




