19. ゆーな の なやみ
よろしくお願いします。
今回、冒険者ギルド受付嬢のヘイト回収となります。
また、本編中にコタロウに発生するとある現象については、深くは考えないでいただけると幸いです。
そんなこんなでコモテの町の騎士団の宿舎で、訓練と料理の日々を過ごしていた僕。
ある日運動場の隅でククリの素振りをしていると、宿舎をユーナさんが訪ねて来た。
「やあ、元気そうだね」
手を上げて挨拶して来るユーナさん。
革のジャンパーを羽織ったラフな格好で、さすがに今日は弓などは持っていない。
「こんにちはユーナさん。今日はアリサさんにご用?」
「うん。アリサもせっかくこの町に帰って来てるから、積もる話でもどうかなと思ってね」
「そのわりにはここに来るなり真っ直ぐに、私ではなくコタロウの方へ向かったな。ユーナ」
近づいてきた気配に後ろから声をかけられて、振り向くとそこにはアリサさん。
剣を持って顔が汗ばんでいるところを見ると、訓練をしていたところだったのだろうか。
軽く笑みを浮かべながらのジト目にユーナさんは、
「そこはほら、友情よりも男の子が優先なのは女子の性ってことで」
あははと笑う。
なんか意味深な言葉。
その後ユーナさんと訓練を切り上げたアリサさんは、宿舎内の応接室へ。
僕はせっかくだからとお茶を入れて持っていくとなぜかそのまま長椅子に座らされて、今は2人の話のネタにされている。
どうやら積もる話とやらは早々に終わらせて、後は僕の話で盛り上がっていたらしい。
「それにしてもなんだいキミは?目立ちたくないとごねてた割に、実際は悪目立ちばかりしてるじゃないか」
「返す言葉もございません……」
小さくなる僕を見て笑うユーナさん。
そんな僕達2人を面白そうに見ていたアリサさんが口を開いた。
「冒険者ギルドのギルドマスターと喧嘩したというのは、この間言っていたな」
アリサさんの言葉にユーナさんは軽く首を横に振る。
「それだけじゃないさ。シャドウタイガーの素材を市場に流したのも、大方キミなんだろう?」
「シャドウタイガー!?」と驚きの声を上げるアリサさんに、ニヤッと笑いかけるユーナさん。
続いて僕に目を向ける。
「低ランクだからってセルマに買い取りを拒否られたらしいね」
「セルマ?」
「ギルドの受付嬢」
ああ、あの人セルマっていうのか。
「私はその場にいなかったんだけど、4、5日くらい前にギルマスが不機嫌な顔で外から帰って来たと思ったら、いきなりセルマを部屋に呼びつけてね、後はその日1日部屋から怒鳴り声が響いてたってさ」
「なんでまた?」
ユーナさんの話によればあの冒険者ギルドのギルドマスター、高ランクモンスターの素材が冒険者ギルドを通さずに街に出回ってるのが気に入らなかったらしい。
「この町は俺の町」みたいな感覚なんだろうか。
で、魔物素材の組合に素材の出所を聞きに行ったら「ふらっと現れた若い冒険者が売っていった」との回答。
そこで浮かんだのが僕とセルマ。
「低ランク冒険者のくせにシャドウタイガーの素材を売りに来たのがいた。どうせ偽物だろうから追い払ってやった」って話は前から彼女が吹聴してたから、帰って詳しく話を聞いて、それで大激怒と。
「にしてもよくそこまで詳しく……」
「だってあのギルマスの部屋、ちょっと大声出せば駄々漏れだもの。翌日には皆その話で持ちきりだったよ。セルマはその日から仕事に出てこないみたいだし、このまま退職かもね。彼女ギルマスのお気に入りだったから、いる間は矛先がそっちに向いてて助かってたんだけど」
「矛先?」
僕が何の気なしに尋ねると、ユーナさんはしまったという顔になった。
その表情を見逃さなかったアリサさんが尋ねる。
「どうした、何かあったのか?」
「う~ん……」
困った顔で頭をかくユーナさん。たまに話し難そうにちらりと僕を見る。
「あの、なんだったら僕席を外すけど……」
「あ、いや、いいんだ。そうだね……キミだったら大丈夫かな」
彼女は軽く頷いて、重い口調で話し始めた。
「実は大分前からなんだけど、ギルマスから愛人になれって誘いを受けてるんだよね」
「「……愛人?」」
僕とアリサさんの声がハモる。
愛人って、あの愛人?
誰が?
あのギルマスが?
ユーナさんを?
……よし。
僕はおもむろに立ち上がる。
驚いた顔で僕を見るユーナさんとアリサさん。
「おいどうした?コタロウ」
「すみませんが1時間程待っててもらえますか。あの腐れギルマス、今からちょっと噛み殺してきますから」
「おいおいおいおい!?」
珍しく慌てるアリサさん。
「と、とりあえず落ち着けコタロウ!まだ話の途中だ。まずは最後まで聞いて、それからどうするか考えよう。ていうかなんだそのハチマキに蝋燭を2本立てて顔を白塗りにして服をたすき掛けにして刀とボウガンを構えたその姿は!?いつの間に着替えたんだ!?」
「そうだよ、怒ってくれるのは嬉しいけど落ち着いて。ほら座って、お茶飲む?」
「はあ……わかりました」
2人がかりで宥められて、僕は椅子に座り直す。
「……あっさり引き下がられるのもなんか複雑だね。それにまたいつの間に元の格好に戻ったの?まあいいや。いつ目を付けられたかはわからないし、最初は「目をかけてくれてるんだな」くらいに思ってたんだけど、態度があからさまになってきたのはここ半年くらいかな。依頼完了後にわざわざ奥から出て来て誘われたりしてね」
実はなんとユーナさんの冒険者ランク3級も、ギルドマスターが手を回したものらしい。
ある日ギルドマスターからいきなり「3級にしてやる」って言われたユーナさん。
「まだ力不足だから」って断ったのだけど、数日後には3級のギルド証を無理矢理渡されたとユーナさんは言った。
ちなみに冒険者ギルドのランクは、3級までなら各支部のギルドマスターが認めれば昇級出来る。
これが2級以上になると本部の承認が必要になる。
色々と身の危険を感じる状況になってきてたので、ユーナさんはここしばらくは長期間町から離れる依頼を中心に受けたりして、なるべくギルドには行かなくていいように心がけていた。
ただそれでもどうしても顔を出さなければならない時はあり、仕方なくギルドに行くとその度に手を握られたり肩を抱かれたりと、そんな日々だったらしい。
それでもギルドマスターと2人になるような状況はなんとか避けていたのだけれど、つい先日とうとう、
「告られたと」
「告られたっていう言い方はちょっとなあ。まあ要は『お前も分かってるんだろう?いつまで待たせるんだ?』みたいなことを言われてね。私としてはそんなつもりは無いし、そういうのは困るって言ったんだけど聞いてくれなくて、結局その場は逃げた。まあそんなわけで、正直途方に暮れてたらなんだか無性にアリサとコタロウに会いたくなったんだ」
ごめんね、こんな話聞かせてとユーナさんは困ったように笑った。
でも、笑える話じゃないよなあ。
ここはやっぱり噛み殺して……
「それでユーナはどうするか、何か考えはあるのか?」
僕がまた物騒な方向に考えを向けていると、先にアリサさんが尋ねた。
「うん、ここに来る途中にちょっと思いついたことがあるんだ。アリサがシンカに帰る時、それに付いて一緒に行けないかなって」
「え、じゃあこの町を出るってこと?」
我に返った僕の問いに、ユーナさんは頷く。
「うん、生まれ育った町だし寂しい気持ちもあるけど、もう家族もいないし、父さんの店も手離しちゃったし。それにこの間、コタロウが他の土地の話してくれたよね。やっぱり楽しそうだなって思ったんだ、まだ見たことない場所を見に行くの。アリサも近いうちにお嬢様とシンカに帰るんでしょ?良い機会かなって思うんだ」
「付いて行ってもいいよね?迷惑はかけないからさ」とユーナさんがアリサさんに目を向ける。
彼女があの変なギルドマスターに付き纏われなくなるなら、僕もそれに賛成だ。
でもそれに対して、アリサさんはなぜか苦い顔をしている。
首をかしげる僕達に彼女は「いや、それが……そうもいかなくてな……」と歯切れの悪い答え。
「もしかして、お嬢様はもうずっとこの町に滞在されるとか?」
僕の問いに、アリサさんは首を横に振る。
「いや、お嬢様は10日後にコモテを立ってシンカに戻られる予定だ。ただ……私はここに残ることになるかもしれない。というより、なりそうだ」
「どういうこと?お嬢様が帰るのに護衛隊長が残るって」
ユーナさんに訊かれたアリサさんは言い難そうにしている。
彼女がこんな様子なのは珍しい。
少しの間迷っていた風のアリサさんだったけど、やがて僕達を見てゆっくりと口を開いた。
「実は……私もなんだ」
◇
「今日は白菜とボア肉が安かったから……ざく切りにした白菜に薄切りボア肉を挟んで鍋にぎゅうぎゅうに詰め込んで、上からスープをたらたら塩パラパラして火にかけるだけ」
「ほー、こりゃ簡単でいいな」
「スープは余るだろうから、水足して味付けし直して翌日の料理に使います」
「いや、皆鍋に残ったスープも全部飲み干してるぞ?」
「えぇ!?」
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猫は化けるし祟るのです。




