エピローグ
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ドルフ王国新国王ベルマ・グレイード・ドルフの名の下に行われた隣国アト王国への侵攻は、ドルフ王国側の大敗という結果に終わった。
ルシアン領領都ウェイジャン近郊で行われた戦いにて大打撃を受けたドルフ王国軍。
這々の体でルトリュー川を渡り、ベリアン侯爵領の領都ベラガルにて休息を取っていたところを、密かに渡河に成功したルシアン勢1500のさらなる奇襲を受けて阿鼻叫喚の有様となった。
ドルフ王国軍と、アト王国より寝返ったベリアン侯爵家の軍は文字通り潰滅。
十数日後、アト王国と領地を接するドルフ王国貴族ルードック伯爵の領地にたどり着いた将兵の数は、2千人を切る程であったという。
ドルフ王国軍5万のうち、半数は戦場に斃れ、残りの半数は山野に逃げ散ったものと思われる。
アト王国からドルフ王国に寝返ったベリアン侯爵家もまた、戦いに負けたことでアト王国内の全領土を失陥。
当然アト王国への帰参も認められずドルフ王国への亡命扱いとなり、ベルマ王の庇護の下で、領地を持たない名誉貴族として年に大金貨5枚の年金が支給され、今後の生き方を模索していくこととなった。
この戦いにおいて大量の将兵を喪失したドルフ王国は、その影響力を大きく減退した。
南北西の防衛線からも兵力を割いての強引な出兵の末国民男子に未曾有の大損害を出し、国としての心の拠り所であった守護竜イルドアをも失い、さらにはアト王国との停戦協定にて莫大な額の賠償金および捕虜返還のための身代金を支払うことにもなったことで、ベルマ国王には国民からの批判が殺到。
ドルフ王国政府は「ドルフ王国軍人にあるまじき愚行を行い全軍の士気の低下を招いた」として、戦中にアト王国内で略奪や虐殺を行った部隊の隊長を責任を取らせる形で処刑したものの、そのようなことでは国民ならびに国内貴族達からの信頼を取り戻すには程遠く。
「5万の兵力をもって攻め込みながら、たった3千の敵軍に惨敗した」という軍事国家には致命的な悪評と合わせて、国王ひいては政権の、大幅な権力低下へとつながっていくこととなる。
なお、生き残った将兵の証言によれば、ドルフ王国軍がルシアン伯爵領内へ侵攻の最中、陣中にて夜毎奇怪な現象が多発していたとのこと。
その真偽や、仮に事実だったとして原因などは不明のままであるが、ドルフ王国内には帰還兵達から「略奪行為により恨みを呑んで殺された者達の呪いである」との噂がまことしやかに広がった。
そしていつしかこの戦は『祟り戦役』と呼ばれるようになり、「カプーラから祟りが来る」と言えば、泣く子も黙ると言われるほどに恐れられることとなったのだった。
一方でアト王国においては、ルシアン伯爵勝利の知らせがアト王国中央軍および王都トラネオ周辺の貴族の軍、合わせて1万5千を率いてルシアン領へ向け出陣していた総大将フィンクス・ザラ・アゴル将軍に届き、次いで王都トラネオのリチャード・ジェイル・アトス国王へと報ぜられた。
リチャード王ならびにフィンクス将軍の両者共に、この圧倒的に不利な状況を一手で覆したという報告をにわかには信じることが出来ず、幾度も使者に報告の真否を確かめていたという。
出陣した中央軍はそのまま状況確認と戦後処理のためルシアン伯爵領へ赴き、一方で王宮ではルシアン伯爵の処遇をめぐって激しい議論が交わされることになった。
後日、ルシアン伯爵が王宮へと召喚され、自らの口にて直接戦の次第を報告することとなったが、その場にても「いかにアト王国名門貴族たるルシアン伯爵と言えど、この度の戦でのあまりにも大き過ぎる戦果は逆に不審。ルシアン伯爵はドルフ王国と何か密約を交わしていたか、あるいは内通をしていたのではないか?」などと口さがなく主張する貴族も中にはいた。
これに対してルシアン伯爵は「戦の勝敗は時の運。攻め込んで来た敵から我が領地を守るため、考えつく限りの手を尽くして戦うのは当然のことであり、この度はその結果が良いようになっただけのこと。貴公らは自らの領地が侵略されても、死に物狂いにはならぬのですか?」
と反論し、一同は返す言葉を失くしたという。
また、戦場に突如現れドルフ王国の守護竜イルドアを撃退したという黒いドラゴンについても「ドラゴンが貴公らの軍に味方をし敵の守護竜イルドアを撃退したとのことだが、貴公とその黒いドラゴンとはどのような関係か?よもやそのドラゴンの力を利用して、アト王国に良からぬことを企ててなどとおるまいな?」などと詰問があった。
しかしこれにもルシアン伯爵は「あの黒いドラゴンは我々の味方をしたのではなく、黒いドラゴンがイルドアを襲撃したのがたまたまウェイジャンの上空だったという、ただそれだけのこと。つまりは我々は単にドラゴン同士の戦いに巻き込まれただけであると考える。そもそも、ドラゴンを使役する人間の話など私は聞いたこともないのだが、貴公はそのような傑物をご存知なのか?」と反論し、相手の貴族を黙らせている。
実際、黒いドラゴンの出現およびイルドア襲撃の理由などは一切不明のままであり、またドラゴンは人の手に御せるような存在ではないことは、この世の誰もに共通した認識である。
この件については貴族達が何を言おうと、難癖以上のものにはならなかったのが実情であった。
なお謁見の直前、ルシアン伯爵が王城廊下の柱の陰で、何やら手紙のような紙を熱心に読んでいたことが使用人達に目撃されているが、その紙に書かれていた内容については謎のままである。
結論として、5万にも及ぶドルフ王国軍の侵攻を、自軍と近隣領主の小勢のみで撃退したというあまりにも大きな功績を見過ごすことは出来ず、ルシアン伯爵および戦に参加した領主達には、多額の褒賞金に加えて、アト王国から追放の措置となった旧ベリアン侯爵領が分割されて与えられることと決まった。
こうしてルシアン伯爵家は、下賜された領地に加えて共に戦った貴族や騎士達の尊敬と忠誠を一身に集めることになり、アト王国西部における領地の3分の1を支配する大領主に成長。
新たに国境の警戒ならびに防衛という重責を担うこととなったものの、交易および食文化の発達に力を入れた伯爵の統治は、質素な生活と苛烈な軍役に慣らされた旧ベリアン領の領民達にも概ね好意的に受け入れられ、ルシアン伯爵家はアト王国貴族の中でも筆頭たる地位を確立していくこととなるのであった。
最後に、黒いドラゴンの背から降りてきたという、小柄で、黒と銀の虎縞の服を着た少年について。
戦場にて、実際にその姿を見たルシアン側の兵達からは、あれはルシアン伯爵家の二男、リーオ・ヒル・ルシアンであるとの声が多数上がった。
しかし、ドラゴンの背に乗るなどというのは古の伝説に登場する英雄のごとき所業であり、また少年本人もドラゴンも戦いの中で行方不明となっているため、真偽の程は不明となっている。
戦の後、ルシアン領の人々はリーオ・ヒル・ルシアンの行方を探した。
家を出て、冒険者として旅に出たという彼だったが、その足取りは、ルフス公国の公都エレストアに入ったところで途切れている。
その後程なくして、旅の吟遊詩人から1つの噂がもたらされた。
それは遥か南の大国、グランエクスト帝国の海沿いに流れるおかしな話。
海の近くを通る街道沿いの町や村に現れて、その地の魚料理を食い尽くしていくという小柄な少年の噂話。
それを聞いたルシアン領の人々の脳裏に浮かんだのは、魚こそ生き甲斐と公言し、海魚が食べたいと日々騒いでいた領主の息子の笑顔。
そうか、あのきかんたれの二男坊、夢を叶えたんだなと、人々は噂し合ったそうである。
◇
「父上……!父上……!」
「……!?リー……!お前、なぜこんな所に……!」
「しーっ……!父上これ読んどいてください……!」
「何だこれは、手紙か?」
「ドラゴンの件ですドラゴンの。陛下からドラゴンのこと何か訊かれたらそう言っといてくださーい……!それじゃお元気で〜……」
「……なんだあいつは?」
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残り、最終章5話をもちまして、本作は一旦終了となります。
最終章につきましては、プロローグはありません。
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