20. もうひとつ の ひらい
7日目その3
三人称視点です。
よろしくお願いします。
展開を終えたベリアン軍の頭上に滞空し、ウェイジャン市を見据えていた守護竜イルドアが何かに気づいたように顔を上げ、そして目を見開いた。
晴れた空、その雲海の彼方から何かが来る。
天を仰いだ騎士の、そしてイルドアの視線に気づいた地上の兵達が、そのを視線を沿って見上げた先には、高速で接近して来る黒い影。
その影がみるみるうちに大きくなり、やがて形がはっきりと視認出来た時、ベリアン軍側は戸惑いに、そしてルシアン軍側はさらなる絶望に包まれることとなった。
巨大な翼を広げ、新たに戦地に舞い降りた漆黒の姿。
「ドラゴン……?」
「なんで……なんでドラゴンが2体も……」
イルドアよりも一回り大きな体躯で、黒く濡れ羽色のウロコに覆われたそれは、紛れもなく、ドラゴン。
ルシアン軍の者達が最初、それを敵だと思ったのも無理からぬ話ではあった。
イルドアが仲間を呼び寄せたのだと。
この2頭のドラゴンの力をもって、ドルフ王国はアト王国を完膚無きまで滅ぼし尽くすつもりなのかと。
しかしイルドアの仲間であるのならば、そのドラゴンがウェイジャン市にではなく、イルドアに対して向き直るのはどういうわけか。
「なんだ……あれ……」
「黒い、ドラゴンなんて……」
「イルドア様が、呼んだのか……?」
新たに現れた黒い巨竜の姿に、ドルフ王国軍の兵達も戸惑いの声を上げている。
呆気にとられ、そして固唾を呑んで2頭を見守る一同。
するとその眼前、黒い方のドラゴンの背から、前脚を伝って降りてくる1つの小さな影が現れた。
遠目に見えるそれは、どうやら人。
小柄な体躯に黒と銀の虎縞模様の服を着た、ダークブラウンの髪色をした少年が、軽い身のこなしで地面に降り立つ。
その少年を見たルシアン軍の兵士の中から「リーオ様……?」という声が上がった。
「そうだ、リーオ様だ……」
「オレ、会って、話しかけてもらったことある。リーオ様だ!」
「家を、出られたんじゃなかったのか?」
「ていうか今、ドラゴンの上から降りてこなかったか?」
「なんで、ドラゴンに乗ってるんだよ……!?」
兵卒達の間に、口々に声が広がってゆく。
その少年は、ルシアン伯爵家の二男。
貴族でありながら、パトロールと称して領内を積極的に視察に回り、誰に対しても笑顔で話しかける、美味い食べ物と日向ぼっこ、そして何よりも魚が大好きなきかん坊。
問題行動を起こして追放されたと噂は流れたものの、誰もそれを信じることが無かった人気者。
新たなドラゴン出現の知らせを聞いて防壁に上がっていたルシアン伯爵やカールからも「リーオ……?」という言葉が漏れた。
その場にいる全員の注目が集まる中少年はウェイジャン市に一度目を向けると、次いで頭上の黒いドラゴンを見上げる。
黒いドラゴンは少年に一瞥を返すと、すぐに視線をイルドアへ戻す。
眼差しに浮かぶ色は、明確に、怒り。
その視線に一瞬狼狽えた様子を見せるも、すぐさま表情を戻したイルドアが咆哮を放つ。
対し、イルドアのそれを上回る声と威圧で怒号を返す黒いドラゴン。
巨竜同士の咆哮が中央で激突し、嵐とも見紛わんばかりの衝撃波となってその場にいる者達をなぎ倒す。
次の瞬間、2頭の巨竜は再度の怒号を上げつつ、相対した相手に向かい突進して行った。
お読みいただきありがとうございます。
また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。




