19. ぜつぼう の ひらい
7日目その2
三人称視点です。
よろしくお願いします。
天に向かって響き渡る高唱。
「イルドア様……?」「ドルフの守護竜……?」などと、ベルマとルシアン双方に土困惑の声がざわめく中、皆が固唾を呑んで見上げる空の彼方に、1つの影が現れた。
この世に在るどの騎獣も上回る高速で接近してきたその姿は、遠目にも20m近くはあろうかという巨体に、朝日に照らされる新雪よりも白く輝くウロコを身にまとう。
ドルフ王国守護竜イルドア。
その身体を覆い尽くさんばかりの翼を広げ、大いなる力の化身が戦場へと舞い降りる。
「ドラ……ゴン……」
「そんな……」
「嘘だろ……」
ルシアン側の兵士達が愕然と声を漏らす中、ドルフ軍の上空へ降下してきたイルドアは、ウェイジャン市を一瞥すると次の瞬間、町に向かい地を揺るがさんばかりの咆哮を上げた。
「……っ!」
「う、わ……っ!」
至近距離で大爆発でも起きたかと見紛わん程の轟砲。
「そんな……ドラゴンなんて……」
「無理だ……こんなの……」
その凄まじさに、ルシアン軍の兵達の顔からは次々と士気が落ち、中には武器を取り落とす者まで現れ出す。
そしてそれは、本陣の総司令官も同様だった。
「閣下!あのようなものが来るなどとは聞いておりませぬぞ!」
「ドラゴンが相手では、我々に勝ち目はありませぬ!」
「いや、ドラゴンは確かに脅威。しかし大きな味方を得たことで、敵勢には油断が生まれておりましょう。ここで乾坤一擲全軍にて打って出れば、あるいはドルフ王を狙える可能性も……!」
「バカな!ブレス一発での全滅がオチだ!それに万に一つドルフ王の首を取れたとして、その後はどうする!あのドラゴンを怒らせたら最後、負けるどころかウェイジャン、いやアト王国がこの世から消えるぞ!」
「閣下、ご裁断を!」
「うむ……」
周辺領地の貴族達に詰め寄られ、ルシアン伯爵は嘆息し、やがて顔を上げて口を開いた。
「事ここに至っては是非も無し。我々はこれより降伏、私の一命をもって兵と市民、並びに各々方の助命をドルフ王に嘆願する。ローレンス、直ちに白旗と、ドルフ軍への使者の用意をせよ」
「フリードリヒ様!」
「2度言わせるな、急げ」
「…………ハハッ!」
駆け出して行った騎士を見送り、後に残るのは沈痛な面持ちのみ。
やがてその中の1人の貴族が、ルシアン伯爵に顔を向けた。
「……閣下、この戦、今後はどのように相成りましょうか」
「……ドラゴンが出てきたとなれば、アト王国本軍をもってしても容易に撃退は難しかろう。この侵攻によってアト王国の領土が大きく変わるか……あるいは、王国そのものが無くなることもあるかもしれん。貴公らも、そのつもりで覚悟を決めておくのが良かろう、フォレスト卿」
「……無念にございます」
防壁の外からは、守護竜イルドアの姿を見て勢いづいたドルフ軍兵士達の大歓声が上がっている。
そんな敵兵達を見下ろしながら、ルシアン伯爵の命を受けた騎士が城壁に登る。
悔しい。
数では圧倒的に不利ながら、それでもこれまでなんとか善戦を保ってきた。
たとえ5万の軍に攻め寄せられても、このウェイジャンに立てこもってならば数日は持ち堪えられる自信があった。
そうして時を稼いでいるうちに、アト王国の本軍が救援に来てくれるはずだった。
あのドラゴンさえ来なければ……
出来ることならば、今すぐにでも手に持っている旗を叩き折りたい……が、どうしようもない。
騎士は下命の通りに白旗を掲げようとして空を見上げ、そして、はたとその手が止まった。
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