18. かいとり の きんがく
よろしくお願いします。
アリサさんをなんとかなだめた後僕は、僕が戻ったことに気付いた騎士さん達の「メシ作ってくれぇ~」というひだる神のごとき要求を必死にかわして部屋に逃げ込んで、そのまま布団を被って寝た。
翌朝目を覚ますと、隣のベッドにいたポールさんから「夜半くらいまで俺達の部屋のドアに騎士達が5人ほど、ゾンビのようにベタッと張り付いていた」という話を聞いた。
恐ろしい。
朝一からホラーな体験談を聞かされて、げんなりしながら朝食を食べに食堂に行くと、アリサさんが笑いながら話しかけてきた。
「昨夜はお楽しみでしたね」
「冗談でもやめて下さい……」
「そうか?私の部屋にも聞こえてきたが『メシ作ってくれぇ~』『こんな時間に食べたら体に悪いです!』『軽い物でいいから~』『ダメ!良い子は寝る時間です!』『お前の料理が食えるなら俺達は悪い子でいい~』『向こう脛かっぱらうぞこの野郎!』とか、もういっそ楽しそうだったぞ?」
「確かに自分が落語の登場人物になったような気は少ししてましたけども……」
「ほらみろ、楽しかったんじゃないか」
「なんか釈然としない……」
とまあそんな調子で、アリサさんにからかわれながら朝食を終えた僕。
彼女に日中は外出することと今夜から夕食を作ることを伝え、ついでに今日から調理の助手とレシピを教えるのを兼ねて、ここに常駐の騎士さんを日替りで付けてほしいということをお願いした。
騎士さん達も自分で料理が出来るようになった方が絶対に良い。
というか昨晩の惨状を見れば、料理の1つも教えておかないことにはいずれ僕がこの町を旅立った後、食事の時間の度にゾンビが大量発生することになりかねない。
なにせまだ死んでなくて新鮮だから、さぞかし走るし速いし強いだろう。
そうしたら、ここの屋上に女性騎士さん達が立て籠ってスコップで戦うんだろうか?
この建物に屋上なんか無いけれど。
食器の片付けを済ませて、食堂を出ようとしたところにアリサさんが声をかけてきた。
「コタロウ、昨日は取り乱してすまなかったな。見苦しいものを見せた」
「ああ大丈夫です。あれはモノがモノですから仕方ないですよ。僕ももう少し上手く伝えられれば良かったんですが」
今後は気をつけます、と僕は彼女に笑みを返した。
今日行くのは1週間前に訪問した魔物素材の問屋さん。
前回頼んでいたシャドウタイガーの素材の査定がそろそろ終わる頃だと思うので、ちょっと顔を出してみようと思っている。
僕は宿舎の庭先でククリの素振りとボウガンの抜き撃ちの軽いトレーニングを済ませてから、そのまま宿舎を出た。
まだ少し早い時間だったので、朝市を1時間程ひやかしてから組合へ向かう。
組合の中に入ると、前はアントニオさんが座っていた席に今日は柔和な顔で小太りの中年の男性が座っていた。
彼に前回もらった素材の預りと査定の証明書を見せてアントニオさんへの取り次ぎを頼むと、前回も通された高額取引用の部屋に案内される。
にしても、いつもアントニオさんがあの席に座ってるわけじゃないんだな。
まあ当然といえば当然か。
「少々お待ち下さい」と言って中年男性が出て行って、これも前回と同じように職員の人が持ってきたお茶を飲みながら待っていると、15分程してアントニオさんが部屋に入ってきた。
「いらっしゃい、先日はどうも」
声をかけてきたアントニオさんに僕が挨拶を返すと、彼は僕の正面の席に座ってお盆に乗せて持って来ていた書類をテーブルの上に広げた。
「まずは買い取りの依頼を受けたシャドウタイガーの素材の査定は完了した。1週間も待たせてすまなかったが、何分貴重な2級モンスターの素材ということで査定が慎重を要するものになったことと、金額が非常に高額になるので現金の用意に時間がかかったということで、理解してもらえると助かる」
「ええ、問題ありません」
アントニオさんの説明に僕は頷いて、差し出された契約書に目を通す。
契約書の内容はワイバーンとシャドウタイガー素材の買い取り額とその内訳。
買い取りの総額は……わぁ、白金貨2枚に大金貨4枚だって。
また凄い金額が出たものだ。
まあ前回の大金貨で多少は慣れたから、今回はそこまで驚かずに済んだけども。
僕がそうして契約書の買い取り額の内訳を見ていると、アントニオさんは同じくお盆に乗っていた袋から大金貨を4枚と、それとは別の大きな金貨を2枚取り出して僕の目の前に置いた。
これが白金貨か。
大金貨と似ているけどもう少し大きく、表面の彫刻も違う。
また名前とは違って白くはない。
僕も見たのは初めてだ。
もちろんこの買い取り額で異存は無いので、目の前に置かれた契約書にサインをする。
契約書をアントニオさんに差し出し、2枚共にサインを終えるのを待ってから、僕は彼に話しかけた。
「あのすみません、せっかくなので、ここってマジックバッグって取り扱ってますか?あれば1つ欲しいんですが」
「マジックバッグか?ウチにも確かあったし何なら取り寄せも出来るが、どれくらいの等級の物が良いんだ?」
僕はアントニオさんに先程受け取った白金貨を1枚差し出す。
「これで買える1番等級の高い物」
「これならマジックバッグでもそこそこ上の物が買えるが……随分と思い切りがいいな?」
「自分の命を預ける物はケチったらいけないと思ってますので」
僕の言葉にアントニオさんはニヤリと笑い「良い考えだと思うぞ」と言った。
「それじゃ、今から在庫を確認して来る。悪いがもう少し待っててくれ。あと、高額の取引になるのでこれも契約書が必要になる。それもよろしく頼む」
アントニオさんの言葉に頷いて、僕は椅子に座り直した。
マジックバッグをもう1つというのは、実はこれも前から考えていたこと。
ロホスさんからもらったバッグはもちろん今後も大事に使うつもりだけど、何分等級の低い物なので入る量に限度がある。
今は僕の旅用品と火炎ビンその他の武器類、そして先日のオブシウスドラゴンのウロコなどまだ手元にある素材で、かなり容量が心許なくなってきてるのだ。
この町に来る途中のワイバーンの時だって素材が全部入りきらなかったし。
またあんなことがあるかどうかはわからないけど、全く無いとも言い切れない。
せっかく大金が手に入ったんだし、用意などは出来る時にしておきたい。
しばらくの間待っていると、アントニオさんが肩掛けの鞄を1つ持って戻って来た。
アントニオさんは先程と同じように椅子に座り、鞄と契約書をテーブルの上に出す。
「これが今ウチに1つだけあったマジックバッグだ。最高級とまではいかないが、そうだな……荷物を積んだ大型の幌付き荷馬車4、5台分くらいの量が入る。中での時間の流れは実際の10分の1程だ。これで値段は白金貨1枚でちょうどになる。他のも見るなら取り寄せになるが……」
「いえ、これにします」
凄い高性能。
大型の幌付き荷馬車と荷物を合わせてとなると、どれくらいの重さになるだろう……荷馬車の重さなんて測ったこと無いからな。
大体総量で1トン~2トンくらいかな?
それくらいの荷物が入るということになる。
これだけの物なら十分だ、むしろこれ以上を望むのは贅沢というものだろう。
この世界で最高のマジックバッグは、収納量が無限で中に入れた物は時間が流れないというもの。
ラネット神聖皇国の皇城である『ルミナス城』に国宝として保管されているそうな。
そんな話はともかく、僕はテーブルの上に広げられた契約書2枚にサインをしてアントニオさんに渡す。
彼も契約書にサインをして、「毎度あり」と頷いた。
僕がマジックバッグと契約書の控えを受け取って立ち上がると、アントニオさんが「お前さんは今後この町で暮らすのかい?」と尋ねてきた。
「いえ、もうしばらく滞在したらまた他所を見に行こうと思ってます」
「そうか、まあ他所から来たお前さんにとっては、この町の冒険者ギルドは居心地が悪かろう。そういえば最近、ギルドマスターが若手の冒険者にやり込められたと聞いたが……もしかしてそれもお前さんか?」
「はてなんのことやら」
僕の答えにアントニオさんは「そうかい」と察したように笑い「またこの町に来ることがあったらウチにも来てくれよ」と言って右手を差し出してきた。
「その時はまたよろしくお願いします」と僕達は握手を交わし、そうして僕は組合を後にした。
ちなみに「大型の幌付き荷馬車に荷物を満載すれば大体3トン~4トン、場合によっては5トンを超える重さになる」ということを僕が知るのはだいぶ後になってからの話。
新しいマジックバッグを手に入れた僕。
後は仕立てを頼んだシャドウタイガーの服が出来上がってくるまで、特にこれといった予定は無い。
とりあえず今日は、この新バッグの改造と装備関係の調整をすることにして商店街へ向かう。
まずは壺屋で例によって失敗作の瓶。次に油屋で燃えやすい種類の油。
それからふと思い付いたことがあったので、錬金術ギルドに行ってちょっとした薬品と、魔石店で火の魔石をいくつか買った。
この属性持ちの魔石というのは、魔物の体内に有るものとは少し違って自然の中から発見されるもの。
例えば火属性の魔石であれば火山の近くや温泉から、水属性の魔石であれば川や湖、海などから採集される。
魔物の魔石と同じく魔導具の材料や動力などに使われるけど、こちらは属性によって向き不向きがある、といった具合。
採集に関しては冒険者ギルドに依頼が出されることもあるし、これの採集を専門の仕事にしている人もいる。
魔力の結晶体ということは解ってるので、魔法を使って人工的に作れないかと試した人も昔いたみたいだけど、どういう理由か上手くいかなかったらしい。
まあこの魔石についてはちょっと試してみたいことがあるのだけど、町中では試せないことでもあるのでこれについてはいずれ機会がある時に。
その他には魔石店で、弓矢をメインに扱う武器屋を教えてもらってその店を訪ねる。
店員さんに頼み込んで手の空いている職人さんに会わせてもらい、僕のボウガンを見てもらった。
相手をしてくれたのは、ルッツという名のまだ若い男性の職人さん。
彼に手作り品なのだけどやっぱり専門の職人の人の目からチェックして出来れば作ってほしいことや、狙い撃ちよりも、牽制や咄嗟の反撃手段としての使い途を想定しているといったことなどを説明。
矢を装填した状態での戦闘行動をしたいので威力は多少劣ってもいいからサイズはなるべく小さめで、振動や衝撃や何かの弾みで引き金が引かれても発射されないように出来る仕組みは何かないか。
それから出来れば設定と解除が簡単に出来るようにしてほしいこと、あとメンテナンスのことを考えて構造はなるべく単純に、統一規格とまではいわないがなるべく他所でも手に入りやすい素材と部品で作ってほしいことなどの要望を伝えた。
話を聞いているうちに、だんだんと顔がひきつってきていたみたいだったルッツさん。
でも僕の言う、いわゆる安全装置については興味を引かれたらしい。
「女性の護身用を想定した小さくて軽めのボウガンが今店にあるので、それを改良する形で考えてみたい。とりあえず2週間程したらもう一度店に来てほしい」という返事をしてくれたので、前金として銀貨2枚を渡して店を後にした。
さて今日の用事はこんなもんかな。後は帰ってまたマジックバッグの改造と火炎ビンの作成と夕食の準備だ。今晩は何を作ろうかな。
◇
「なんですか?この大量のキャベツ」
「安かったんでまとめ買いして来た」
「キャベツねえ……軽く茹でて、剥いて、叩いた肉を葉っぱで包んでスープで煮る、これでいきましょう」
「最後の方肉が足りねえな」
「キャベツの芯でも包んどいて下さい、大当たりってことで」
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