12. やみ の よびごえ
3日目(移動とその他色々で1日経過)
本話から、しばらく三人称視点となります。
また、ホラー展開が続きます。
よろしくお願いします。
アト王国への侵攻を開始し、現在はルシアン伯爵領のルトリュー川付近まで隊を進めているドルフ王国軍。
ルシアン伯爵軍の小勢による奇襲が繰り返されたことにより1日程の遅れが生じたものの、ルシアン側が本来防衛線とすると見込まれていた大河へ、特に大きな被害を出すこともなく到達した。
この川を越えれば、ルシアン伯爵領領のウェイジャン市へは1日弱程の距離となる。
そんなルトリュー川の沿岸に布陣したドルフ王国軍の陣地に異常な現象が起こり始めたのは、対岸にて迎撃の構えを見せるルシアン伯爵軍への一斉攻撃を控えた、その前夜のことだった。
事は夕食時、多数の兵卒達が配られた雑炊に異様な味と、異物の混入を訴えたことから始まった。
ことに戦場では兵糧の穀物などに多少の砂や埃が混ざることなど珍しいものでもなく、単なる調理番の不注意かとも思われたが、調べたところ大鍋の雑炊には大量の焼け焦げた木片が混ざり込んでおり、さすがにここまでの異物を見落とすことなどあるものだろうかと、関係者は一様に首を傾げることとなった。
結局この件については、その日の調理番が軽い処罰を受けるということで決着した。
続いては夜半。
翌日の総攻撃に向けて休息を取るドルフ王国軍の陣地の中で、夜番の見張りに付いていた兵士が不審な女を目撃した。
女は真白いワンピースのような服を身にまとい、黒い髪を背中に流し、かがり火の灯りで薄暗く照らし出された道を裸足で、滑るような足取りでゆっくりと歩いていたという。
こんな所に女がいるわけがない。
ドルフ王国では女が軍に入ることは認められていないので兵卒や騎士などではないし、第一軍人ならそんな無防備な格好で出歩きなどしない。
兵の慰安のために娼婦を陣地に招くというのもあることではあるが、明日にも戦いが始まるという時にそんなものを呼んでいるはずもなく。
奇妙に思った見回りの兵士が後を追ったものの、その女は天幕の陰に入って視界から外れたところで忽然と消えてしまったとのこと。
周囲には隠れられるような場所などは無かったらしい。
ただし、女が姿を消した将校の天幕の前には、まるで血のような真っ赤な色の裸足の足跡が1つだけ、ぽつんと残されていたという。
女を目撃した2人の兵士は当然仲間にこのことを話し上官にも報告を上げたものの、そんなことが信じられるわけがない見間違いだと叱咤された上に、確かに見たはずの赤い足跡もいつの間にか消えており、周囲に不穏な噂を流し士気低迷を誘ったとして処罰を受けることとなってしまったのだった。
3つ目の異変は翌早朝、陣地内に建てられた簡易の厩舎につながれていた将校用の軍馬及び騎獣が、一斉に体調を崩しているのが発覚したというもの。
馬達はこぞって腹痛のような症状を見せており、複数頭の急な発症ということで伝染病もしくは何者かの仕業というものも疑われたが、戦地ということもあり精密な検査は行うことが出来ずに終わった。
一方で馬達の容態は重くはなかったものの、将校の馬や騎獣が多数動けなくなったことと、その中には侵攻軍の第二軍司令官たるキャバリアス将軍の乗騎も含まれていたこと、合わせてこの地までの急行により先頭と後尾との間が大きく開いてしまっていたこと、兵卒にも疲労が見られたことなどにより、もう1日この地で様子を見ることが軍議にて決定された。
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